第18話
トリスタンとメリザンドは囲むようにして、デボラのハーフアップだがそうは見えないハーフアップを確認してからカサンドラへと視線を向けた。
「では話しを進めるわ。ホルスト公、ノーラが外出中に行方不明になっと考えられた理由は、外泊届けが提出され、門番の外出台帳にも記載があったから……で、間違いないのよね?」
二人が頷き、カサンドラに視線を向けてきたのを合図に話を再開した――週末に自宅に帰る際、生徒はまず外泊届けを提出する決まりだ。
外泊届けは職員室前のボックスに入れるようになっている。
「そうだ。外泊届けは自筆で間違いない」
「外泊届けは時間があるときに書き貯める人が多いらしいわ。だから、ノーラが書いたものであっても、ノーラが外出直前に書いたという証拠にはならないわね。門番の外出台帳はどう?」
記入前の外泊届けは寮監室の前に置かれており、複数枚持って帰り日付以外を記入するのが賢いやり方だと――カサンドラは寮の案内のさいに教えてもらい、話を聞いた庶民たちも同じようにしていることも聞いた。
「ノーラの字ではなかった」
外出台帳は当人以外が書くのが一般的――大体は門衛が記入する。
「ええ。そして証言した当番の門衛は、外出するノーラを見ていない」
「なぜ、そう言い切れる?」
「先ほどフンメル夫人が入室した際、反応を観察したけれど、皆、随分と驚いていたわ」
収まりが悪く癖が強くてボリュームがある髪をまとめていないデボラの、いきなりの入室はカサンドラにとって大事な実験だった――驚くかどうかを目で見て確認したかったのだ。
「それがどうかしたのかね?」
頭の傷を覆っていた包帯が取れたホルスト卿の問いに、ノーラのバレッタを一つ手に取って捧げるようにし続けた。
「髪を結っていないノーラを見かけた門番が”いつもと変わったところはなかった”と証言すると思う?なにより、ハーフアップにしていないと、学園からは出られないのよ」
ノーラの髪は目立つ。それは本人も随分と気にしていた。
「ノーラが居なくなったあの日は、雨も振っていた。フンメル夫人、湿度が高い雨の日に、髪をまとめずに出歩く?」
「絶対に嫌ね」
「ノーラもそうよね」
「ええ、ノーラは気にしていたわ」
女性たち――ノーラと同じ髪質のデボラが嫌い、ノーラの母親のコジマが気にしていたと言う。
「
室内に異様な緊張が走る――カサンドラたちは知らないが、後日、雨の日にホルスト親子はデボラのもとを訪れ、湿気の高い窓際に立ってもらい、その髪の膨らみ具合に納得した。
「親が知らないバレッタを購入したとかは?」
そんな緊張感を感じていないかのように、メリザンドが口を開く。カサンドラはいきなり話し掛けてきた
きっとトリスタンと同じタイプなのだろうと――
「言ったでしょう? 特注品だって。でもノーラは裕福だったから、その可能性がないとも言えないから、調べて……」
「その必要はない。ノーラ・アルノワがバレッタを注文した形跡はない」
カサンドラの言葉が終わるより先に、ホルスト公が否定する。
「そう。じゃあ、ますますおかしいわよね」
”ノーラ・アルノワはテシュロン学園の敷地から出ていないのでは?”と誰もが思ったが、言葉にはしなかった。
行方不明期間が一週間程度ならば、急いだかも知れないが、すでに一年が過ぎている。学内にいるとしたら――最悪の考えが頭を過ぎり、口に出してしまえば、それが現実になりそうで、声にすることができなかったのだ。
トリスタンとメリザンドは、彼らとは違う意味で言葉にしなかった――この場で彼らだけが、学園内に若い女性の死体が埋められていることを知っている。
「門衛が言う”変わったところはなかった”が虚偽とは考えなかった」
ホルスト公のジローが唸るように呟く。証言をした門衛とノーラやコジマに、なんの関係もなかったので、証言自体を疑わなかった。
「門衛に直接問うのは、少し待ちなさい。門衛が偽証したのは分かるけれど、偽証に至るまでは分からないのよ。下手に接触して、殺害されたりしたら困るから。全部が出揃ったら、好きにしていいわ」
「身辺を探るのは?」
ホルスト公は「ノーラが門衛に監禁されている」可能性を考慮し――
「直接聞かないなら、なんでもいいわ。そっちの調査で、なにか新しいものが見つかったら、すぐに教えて。その男がすぐにわたくしに届けるから」
カサンドラに指差されたトリスタンは、自分で自分を指差し、隣のメリザンドも楽しげにトリスタンを指差す。
「俺が?」
「そうよ。なにか文句でもあるの?」
「いえいえ、光栄にございます、姫さま」
「あとお前たち頑張ったから、褒美として月窓につれていってあげるわ。誰もいない深夜の百貨店で、貸し切りよ。それではなにか分かったら、知らせるので。そちらはそちらで、お願いするわ。フンメル夫人、ご協力感謝するわ。行くわよ、お前たち」
カサンドラはそう告げて、二人を伴いフンメル邸をあとにした。
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