第14話

「これで全部なの?」


 自宅に到着したカサンドラは、制服からワンピースに着替え、離れへと向かった――ハンス・シュミットことトリスタンを通したバルナバスは、会合のために外出している。


 カサンドラは離れのテーブルに並べられた軽食をつまみながら、トリスタンが集めて並べたノーラ・アルノワが残した品を眺める。


「寮に残されていたのは、これだけだそうだ」


 並べられていたのは、筆記用具に教科書やノートや鞄といった学習用品一式と、


「ブーツ一足とブラウス四枚に、バレッタ七個、これだけ?」


 黒のレースアップブーツと、半袖ブラウスにバレッタだけ。

 寮内に残されていた品は、カサンドラからすると随分少なく感じられた。


「そう。一応他に何を持ち込んでいたか、聞いてきた」

「あら、仕事のできる男ね」

「お褒めに与り光栄です、姫さま」


 トリスタンはメモ帳を取り出し――ワイン片手に語ったのは、ノーラが寮に持ち込んだ私物は、夏用の制服一式が二セット、ブラウスは六枚。下着類などは十着ずつに、実技服とパジャマが一着ずつ。


「レースアップブーツは二足とのこと」

「ふーん。制服を含む着衣がないのは、洗濯のために持ち帰った……と判断されたのかしら。予備も全て」

「ジローもそう言っていた」

「ジローって誰?」

「現ホルスト公の名前。総監の」

「そういえば、そうだったわね」


 カサンドラはハンガーに掛けられた半袖のブラウスに触れる――テシュロン学園は貴族と平民が混ざって学ぶが、身分差ははっきりと存在しており、身分差が一目で分かるよう制服にも差がある。

 女子生徒の制服の差は、スカートの長さとブラウスの袖口。

 スカートの丈は貴族階級はミモレ丈で、平民はミディ丈。貴族階級のブラウスは、袖口にカフスがつく。


「……」

「どうした? 姫さま」

「これって、全てノーラの母親の手元にあったの?」

「いや、洋服の類いは母親に、それ以外の品は父親であるホルスト卿が所有していた」

「そう」

「それとノーラ・アルノワの似顔絵。一緒に来たアナ・ホフマンメリザンドが似顔絵を描くのが得意で良かった」


 トリスタンがスケッチブックを開き、カサンドラに手渡す。

 そこに描かれていたのはホルスト卿の娘デボラと、血縁だろうなと一目で分かる少女――顔の造作で目を引くのは太めの眉だが、ノーラと相対した人はおそらく眉には意識は向かないだろうなと思うほどの、厚く存在感ボリュームがある髪。


「これ、似てるの?」


 似顔絵は正面だけではなく、左右両方の横顔まで描かれていた。


「コジマ……ノーラの母親の名だが、見せたらそっくりだって驚いていたから、間違いはない」

「そう……ところで、どうして似顔絵上手と一緒に来たの?」

「偶々似顔絵が上手だっただけ。ちなみにアナ・ホフマンメリザンドも偽名だ」

「でしょうね」


 カサンドラは寮に残されていた品をじっくりと眺め、


「来週の土曜日にフンメル公爵邸で、分かったことを彼らに説明するわ」

「フンメル公爵邸?」

「ホルスト卿の娘デボラが嫁いだ先よ。フンメル公は要らないけれど、フンメル夫人デボラは絶対に必要」

「分かった」

「その時に、この荷物を全て運び込んで」


 カサンドラは当たり前のように、トリスタンに用意を調えろと命じていた。


「分かりました、姫さま。ところで、俺も話を聞かせてくれるんだよね」

「ええ、いいわよ」


 カサンドラはソファーに腰を下ろし、背伸びをする。空になったワイングラスを置いたトリスタンが隣に座り、当たり前のようにカサンドラの肩に手を置く。


「帝国では、どういう意味があるの?」

「世界各国と変わらないよ」


 トリスタンは恋人のようにカサンドラの肩を抱き、顔を近づけてくる。


「お前はなにが望みなの」

「姫さま」

「ストレートでいいわ」


 カサンドラは肩に乗せられたトリスタンの手の甲を軽くつまむ。


「嫌われていないと思っているんだが」

「ええ、そうね。兄も嫌っていないと判断したから、この離れに通したのでしょう」

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