第13話

 金曜日はメアリ。


「エーリヒ王子には取り巻きもいませんでしたし、目立ちませんでした」

「そう。そんなものなのかしらね。エーリヒとハルトヴィンの間に緊張感が漂っていた……と聞いたのだけど、あなたもそういうの、感じた?」

「出来る限り、王子たちと距離を置いていたので、ちょっと分かりません。済みません」


 平民のメアリは王子たちを極力避けていた。


「いいのよ。むしろ、賢い判断だわ」

「そう言っていただけて、なによりです。あと昨日、身支度をさせていただいたルーリエへの、ご配慮ありがとうございます」


 メアリはルーリエと同じ村の出身。

 本来ならばフレデリカの小間使いなり、メイドなりになる筈だったのだが――幸いメアリは、蚕の授業で平気だったこともあり、ニヴェーバで生活の基盤を築くことが決まっていた。


「まだどこにも話を通していないから、感謝されるほどではないわ」

「いえ、話を通してくれると言って下さるだけで」


 鏡越しの真剣な表情のメアリと目が合うと、深々と頭を下げられた。

 廃村になった村の若者たちが、どれほど将来を不安に思っていたのかが分かるというもの。


「そう」


 顔を上げたメアリは、カサンドラの髪を梳き――髪を結い終えてから少し躊躇いがちに口を開いた。


「あの、カサンドラさま」

「なに?」

「一年のラモワン男爵令嬢が、不作法にもハルトヴィン殿下に何度も話し掛けているのです」

「あのラモワンの養女とかいうの」

「はい。わたしが見ただけで二回ほど、いきなりハルトヴィン殿下に声を掛けて、ギヌメールさまに叱られているのです」

「ギヌメール……ジョスラン・ギヌメールね」


 ハルトヴィン第二王子の側近の一人、ジョスラン・ギヌメール――宰相家の養子で成績優秀。

 ただし武芸は苦手で、体格はひょろりとしている――カサンドラも名前は知っていたが、本人を見たのは学園に通うようになってから。


「わたしが言うのもおかしいのですが、不興を買ったりしたら……」


 メアリは本心からラモワン男爵令嬢ナディアを心配し、女子新入生を取りまとめるカサンドラ――明確に選出されるわけではなく”なんとなく、この人だろうな”という、ようなものだが。

 二年はロザリアで、三年女子を取りまとめているのは、普通ならば王太子の婚約者フレデリカなのだが、彼女がなにもしないのでオデットがその立場にある。


「感謝するわ。貴族のことはわたくしたちに、任せておきなさい。他にも気になっている人がいても”そういうものだ”と思って過ごすよう、こっそりと伝えておいて」

「ありがとうございます」


(男爵家の養子といっていた、あの女ね……あの女、すこし気になるのよねえ)


**********


 学園が休みになる土日――カサンドラは金曜日の授業が終わると、王都の邸へと戻る。


「カサンドラさま、準備が整いました」

「そう」


 カサンドラの部屋で荷物をまとめていた二年と三年の女子生徒――カサンドラの実家の領地から来ている生徒で、卒業後はカサンドラに仕えることになっている二人。

 その一人が寮のドアを開け、もう一人が荷物を持つ。

 廊下にはカサンドラの実家の領民――トラプゾン領の者たちが立っており、頭を下げてからカサンドラと共に、生徒玄関へと向かう。


 生徒玄関前には多くの馬車が停まっており――カサンドラの姿を見つけた男性領民たちが、一列になり頭を下げる。

 領民たちは王都の邸に帰る貴族を、全員で見送る。

 領主一族に敬意を払い、領主が領民に庇護を与える場でもあった。


「お待ちしておりました、姫」


 カサンドラに声を掛けてきたのは、実家の執事。


「あら、無蓋馬車なの」

「天気がよろしかったので」


 カサンドラの外泊届けを領民から受け取った執事が門衛に提出し、男子生徒たちは迎えの馬車と共にやってきた、大きめな幌馬車から食料を受け取る。


 テシュロン学園は土日は休み。寮の食事は月曜日の朝から、金曜日の朝まで――本日の夕食から日曜日の夕食まで賄われないので、領主の一族は学園に通っている領民たちに、食事を提供するのが暗黙の了解だった。


 約二日分、男女合わせて十五人分の食料を提供し、彼らに見送られ日傘を差したカサンドラは帰途についた。


「姫、ハンス・シュミットが来ております」


 馬車が走り出し、学園の敷地を出ると、執事が口を開く。


「荷物は持ってきた?」

「はい。バルナバスさまのご命令で、離れに通しました」


 カサンドラは頷き、日傘が作る影の元、目を閉じた。

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