第12話

 木曜日の朝、やって来たのはルーリエ。彼女は挨拶を終えヘアブラシを手に取ると、かなり真剣な面持ちで聞いてきた。


「カサンドラさま。トラブゾン地方に移り住だ場合、女性の仕事はなにがありますか?」


(ロザリアやオデットから聞いていたけれど……これほど、エーリヒに触れないで来るとは、思わなかった……まあ、面白いからいいけれど)


 このルーリエに関して、オデットやロザリアから事前に話を聞いていたので、驚かないつもりだったカサンドラだが、想像以上に前のめりで、薄らと驚いてしまった。


「ロザリアやオデットから聞いたのだけれど、あなたが住んでいた村、廃村になったそうね」

「そうなんです! 二十年前の飢饉で大打撃を受けて、必死に足掻いたんですけど、五年前にまた花害が! 二十三年前の花害とは比較にならないほど小さなものだったんですが、余力がなくて。援助を求めたのですが、ティミショアラ公が閉村を決定されて。わたしたち、フレデリカさまの取り巻きになれる年齢の若者は、テシュロン学園に入れて下さった……ことは、感謝しているのですが…………」


(そこから先は、フレデリカが差配するものなのだけれど、なにもしていなくて、オデットやロザリアも困ったと。逢瀬を重ねている暇があったら、対処すればいいのに。ほんと、脳内が花害お花畑だこと)


「とりあえず、自力で就職先を見つけたいということね」


 フレデリカの伯父、ティミショアラ公も将来王妃になる姪のために、大勢の領民を送り込んだ筈なのだが――フレデリカは彼らを有効に使えていなかった。


「はい! 出来れば家族も呼び寄せて、暮らしたいなと」

「欲張りは、嫌いじゃないわ」

「ありがとうございます!」

「聞いたけれど、ロザリアの嫁ぎ先は無理だったみたいね」


 領主から就職先を斡旋してもらえないのであれば、自分で見つけるしかない――廃村になった村民たちは、学園で人を雇う余裕がある貴族たちに積極的にアプローチをした。


「ニヴェーバの養蚕は稼げるし、採用してもらえると聞いていたのですが、蚕が無理で」


 ロザリアの嫁ぎ先は養蚕で有名なニヴェーバ。

 その富を生み出す蚕という生き物が、どんなものなのか? ニヴェーバの領民でなければ知らない。

 テシュロン学園では蚕がどのような生き物なのか、実際に見せる――これで、ニヴェーバの養蚕を諦める生徒もでる。

 蚕が生理的に合わないのは仕方のない。


「分かるわ。わたくしも、初めて見たとき、変な声が零れたもの」


 カサンドラはテシュロン学園に入学する前に、貴族として蚕を見ている。もっとも散歩が趣味なので、虫を見たり触れたりする機会は多いので「ふふふふ」で済んだ。


「さすがカサンドラさま、貴族らしい。わたしなんて”ぎぃえう゛う゛う゛!”と、声にならないような叫びを上げて倒れて、気を失いました」


 庶民のルーリエの方が虫に慣れていそうなものだが、彼女は高地出身――高地にはあまり虫がいなかったため、大量の蚕は堪えた。


「ここで無責任に、任せなさいとは言えないけれど、今週末の休みに実家に帰って、お兄さまに話しておくわ。結果が出るまで、三ヶ月くらいは待つようにね」

「ありがとうございます! そしてお願いします!」


 ちなみにルーリエの髪を結う技術は、なかなかのものだった。これならば、貴族の小間使いになれるのだが、カサンドラのような貴族の小間使いは、領主に忠誠を誓う領民を採用するのが慣わし。

 なのでルーリエを採用できるのは、フレデリカだけ。


 女子全員を王宮で採用するよう働きかけるなり、王宮に勤められる技術を得られるよう手配するなり――貴族として、やらなくてはならないことなのだが、フレデリカは全くしない。


(忍ぶ恋に浸っている場合じゃないと思うのだけれど……腹心の侍女や侍従ができて、トーマス王とフランチェスカのように駆け落ちの手伝いをされたら困ると思っているのかもしれないけれど……でもティミショアラって……)

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