第9話
新入生全員が入寮すると、在校生との交流会が開かれ――全員が寮の集会室に集まって、簡単な自己紹介をする。
「新入生の子爵の娘、モニカ・フロージアです……ニヴェーバ領に隣接する小さな土地を治めている、小領主の娘です。えーと、読書好きです! 本は何でも読みますが、神話と推理小説が大好きです。宜しくお願いします」
「三年のフレデリカ・ティミショアラです……公爵の姪です」
「新入生のナディア・ラモワン、男爵の娘です。ニヴェーバ出身ですが、一年前にロトジット地方のラモワン家の養子となりました」
「ザーナベ伯爵の娘、二年のロザリア・ホイスよ」
「ライヒシュタイン伯爵の娘、カサンドラ・ゼータ、新入生よ。兄が居るのだけれど、二十年前の飢餓事件で生まれたエーリヒ・バースクレイズを引き取るために、わたくしが当主になることがきまったの。そういう理由で、エーリヒ・バースクレイズの学園での評判を知りたくて。二、三年生の庶民全員に来て貰うのは、目くらましのようなものよ。不満がある人だけにしたら、わたくしの所に来た上級生は、全員エーリヒへの不満を抱えているって、バレてしまうでしょう? あれでもまだ王族だから、少しは配慮をしないとね」
カサンドラの言葉に、庶民たちは唖然とし、
「配慮、ねえ」
「ええ、配慮よ。とくに、わたくしやあなた、そしてロザリアの領民は、当事者ではないから、教えないと問題を起こす可能性があるから」
「そうねえ」
事情を理解している貴族たちは、一人をのぞいて、とくにおどろきはしなかった。
**********
ロザリア・ホイスは在学している自領地の民、男女全員を学舎の開放型サロンに集めた。
「王子と聞けば、勘違いする人も多そうだから、しっかりと説明しておくわ」
ロザリアはカサンドラやオデットと共に、エーリヒ王子の婚約者候補に挙げられた一人。
「エーリヒ王子は、カサンドラが学園を卒業すると同時に婿入りするの。婿入りする際に、王族の特権は全て放棄で、財産も一切なし。身一つでゼータ家に転がり込んで、養って貰うことになるの」
エーリヒを富裕層と勘違いして、金を貸したり、愛人になろうとすると困る――カサンドラは困りはしないが、他の領民がエーリヒと関わり合いを持たれると、その領主が困る可能性が出てくる。
「身一つ……ですか」
「そうよ。カサンドラとの結婚後、ライヒシュタイン伯爵の地位を継ぐけれど、ライヒシュタイン伯爵なんて、ゼータ家にとってはバースクレイズが渡してきたモノ程度。我がホイス家にとってのザーナベ伯爵位と同じようなもの」
古くからその土地を治めているゼータ家やホイス家と争わず――古くから続く家は、血筋を守るのを第一にしているので、同盟をもちかけられた場合、すんなりと関係を結ぶ。
苦労して関係を結ばない分、関係解除もあっさりとしたものだが。
「エーリヒ王子の生活費は、すべてゼータ側が持つから、自由になる金なんてないわ。使わせないわけではないけれど、愛人を囲う費用は出す気はないって、カサンドラがはっきりと言っていたわ」
「護衛として雇う……という誘いは?」
男子生徒が尋ねる。ロザリアは”よく気付いたわね”といった表情で――
「エーリヒ王子が個人的に雇うことはできないわ。エーリヒ王子に死を厭わない従者なんて、付けられないというのが、元老院の決定よ。父親と同じことをされたら、元老院が困るのよ」
「王家ではなく?」
「エーリヒ王子とカサンドラの結婚は、元老院の決定ですもの。大体、あのトーマス王が決めたことなんて、誰が聞き入れるというの? ゼータ家が聞き入れるわけないわ。我がホイス家も同じですけれど。勘違いすると、あなたたちが不幸になるから、ちゃんと覚えておきなさい。エーリヒ王子に近づけば不幸になる。カサンドラがわざわざ、わたくしたちに説明を依頼したということは、そういうことなのよ」
ロザリアの説明をしっかりと聞いた彼らは、エーリヒに肩入れすることなく――
**********
オデットもロザリアと同じように、自領の者を集めて説明をした。
「エーリヒの婿入り先の候補に挙がったのは、わたくしとロザリア、そしてカサンドラの三名。わたくしたちに共通するのは、二十年前の飢饉の際、さほど被害を受けなかった地方の領主の娘であること。飢餓で苦しんだ領に、その原因を婿入りさせるのは、到底できないからよ」
バースクレイズ王国のみならず、この世界ならばどこでも起こる【花害】――神代が滅んだ原因とされる異常事態。
神代が滅んで数千年経っても、毎年どこかの国で極地的に発生している。
二十三年前は運悪くバースクレイズ王国領内の各所で発生した。
花害とは主要穀物の畑が花に浸食され、収穫ができなくなるというもの。
この神代から続く花害――起こる原因や、条件はいまだ判明していないが、必ず起こることは分かっているので、どの国も穀物の備蓄は怠らない。
だが二十三年前にバースクレイズ王国を襲った花害は、通常ならば一年で終わるのだが、この時は予想外に長く続き――三年目で国家の備蓄が尽きた。
ただバースクレイズ王国全土が、壊滅的な花害を被ったわけではなく、食糧難が起こらなかった領地が幾つかあった。
カサンドラ、ロザリア、オデット、この三人の一族が治める領地は、花害が起こらなかったり、起こってもすぐに収まり、領主一族のみならず庶民も飢饉とはほぼ無縁だった。
「わたくしの実家の領やロザリアの実家の領は、二十年前の飢饉でさほど被害を受けていないので、領民もエーリヒに対してそれほど嫌悪感を持っていないから、騙される可能性も高いのでは……とね」
三年に渡る花害からの飢餓だが、本来ならば回避することができた。
なにせ神代を終わらせた最悪の天災【花害】。それが人の世になっても起こり――神代は終焉を迎えたが、人々は乗り越えてきた。
起こる周期もわからなければ、終わらせる手立てなど見当もつかないので、どの国も他国との食糧援助協定を結んでおり、これを反故にすることはなかった――エーリヒの父親、トーマス王は「真実の愛」などとほざき、この協定を破った初めての男だった。
協定違反者に食糧を支援する必要はない。
援助国から持ち込まれた食糧は、配られず――食糧が目の前にあるのに、庶民は次々と餓死していった。
トーマス王の父、先代国王は国民に王家の責任を明言し謝罪し、必死の思いで援助国に頭を下げて、食糧を手に入れた。
援助された食糧は余った――到着後、すぐに配られていたら、足りなかったかもしれない量だったが、トーマス王の愚行により、多くの人が死に余剰ができてしまったのだ。
それも人々の怒りを買った――むしろ、食糧が配られなかった時よりも、その怒りは大きかった。
「エーリヒと仲良くしているだけで、狙われる可能性もあるから、気を付けなさい」
オデットの言葉に領民たちは顔を、真面目な表情で頷いた。
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