第8話
(わたくしがノーラ・アルノワについて、知っていることは、ホルスト卿と妾の間にできた子どもで、裕福な平民として過ごしていること。六月の最終週の金曜日から行方不明なことだけ……ノーラ・アルノワ本人について、詳しく調べることにしましょう。学園内に、思わぬ知り合いがいたり、もしかしたら駆け落ちという可能性も……いや、ホルスト公が調査しているでしょうから、その辺りはないわね)
庭に面した二階のバルコニーの手すりに寄りかかり、空を仰ぎながら、ノーラ・アルノワの情報をどうやって集めようか思案していた。
しばらく青空を眺め――考えをまとめたカサンドラは既に学園に通っている、知り合いの貴族令嬢たちに「お願い」をしたためた手紙を送った。
むろんノーラ・アルノワのことを教えてなどという、直接的なことは書いていない――貴族であるカサンドラが、領民ですらない平民のことに触れたら、不審がられて集まるものも集まらない。
なので別の方向から――
カサンドラから手紙を受け取った令嬢たちは、
「まあ、大事ねえ」
「面倒だけれど、そのくらいは付き合ってあげないとね」
「そうね」
各々、意図を察して引き受ける旨を返信した。
返信に目をとおしたカサンドラは、
「別にエーリヒのことなど、どうでもいいのですが。思えば、初めてエーリヒがわたくしの役に立ったわ」
せっかく察してもらった意図だが、カサンドラにとってエーリヒのことは隠れ蓑でしかない。
**********
テシュロン学園は全寮制。
一週間のうち二日は授業が休みで、外泊も許されている。
そして入学式の一週間前までに、新入生は入寮を済ませなくてはならない。王都から遠いところの者たちは、不慮の事態を考えて早めに出発するので、早くに入寮している。カサンドラも領地そのものは王都から遠いが、王都に邸を持っている貴族らしく、期限ぎりぎりの一週間前に入寮した。
「入学おめでとう、カサンドラ」
「ありがとう、オデット」
入寮した貴族は前もって約束を取り付けていた知り合いに案内してもらい、サロンやクラブに顔を出し、他の貴族に紹介してもらうことが多い。
庶民に関しては貴族が責任を持って、交流なり生活の責任を持つ。対する庶民は、領主貴族の小間使いを務める――寮には使用人を連れてくることができない決まりになっているからだ。
これはテシュロン学園に進学した庶民たちと、上流階級に接点を持たせるためには、大事なことだった。
ここで使用人見習いのように貴族の身の回りの世話をし、その出来により雇われたり、案内状を書いてもらったり――人生のステップアップに繋がる仕組みになっている。
既に仕えている使用人だけ身の回りを固めていては、先細るだけというもの。新しい者を見いだし機会を与えるのも貴族の責務。
カサンドラはオデット・ベーシュデルツ――ノーラ・アルノワと同学年の貴族令嬢の案内で寮を見てまわった。
「手紙の件、わたくしの領民には話しておいたわ」
「感謝する」
カサンドラが知り合いの女性貴族たちに依頼したのは「庶民に在学中のエーリヒについて聞きたいので、二、三年の庶民女生徒全員を、日替わりで身支度手伝いとして寄越して欲しい」というもの。
「学園では大人しく過ごしていたように見えたのだけれど」
学園に含みを持たせてオデットが笑う。
意味が分かっているカサンドラも、ふんわりと笑い返す。
「学園では《・》大人しかったとは思うわ。わたくしが知りたいのは、庶民がどの程度、エーリヒを嫌っているか。なんたって、|ノエルの大敵の愛息ですもの」
「そうね。そういえば、エモニエの新作は読んだ?」
「読んだわ。相変わらず痛快ね」
「一作に一度は、国王が懲らしめられるものね」
「モデルは現国王ですもの、どんな扱いをしても……ねえ」
「ええ」
バースクレイズ王国には「不敬罪」は存在するが、現国王トーマスに対して用いられることはない。
貴族や庶民はもちろん、凶悪犯罪者であろうが、国王トーマスの目の前で馬鹿にしても、誰も罪に問わない――むしろ罪に問えない。
トーマスは誰にも敬われないだけではなく、多くの庶民から見下され蛇蝎の如く嫌われる存在だった。
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