第6話
「お前に聞きたいのだけれど、帝国で一年前にテシュロン学園二年の女子生徒を拐かしたりした?」
ふわふわとした柔らかなスポンジでたっぷりの生クリームを巻いたロールケーキを食べていたハンス・シュミットは――
「いきなりなにを?」
いきなりのことに驚いたが、
「……と、言うわけ。なんの証拠も見つからないから、帝国の仕業かも……と考えたくなったみたいね」
「なるほど…………」
カサンドラの話を聞いているうちに、自分たちがバースクレイズ王国へやってきた理由と、重なっているような気がしたのだが、本当に「なんとなく」なので、言い出すことができなかった。
「なにか知っているの?」
その態度に”知っているのならば、言いなさい”と――
「知っているというか、知らないというか……」
「どちらなの?」
「確証がないから、切り離して調査したほうがいいと思う」
「そう」
カサンドラはすぐに引き下がった――このタイプの人間は、言わないと決めたら言わないことを、カサンドラ自身がよく知っている。
「姫さまは、その人の調査をするんだよな」
「ええ。だから、お前も協力なさい」
「え、俺も?」
「そうよ。この国の調査方法では、何も見つからなかったのだから、別の国の視点で調査してみるべきでしょう?」
「そう言われるとは、期待されているのかな?」
「ええ。わたくしは、わたくしの視点で調べるわ。だから必要なものを集めてきなさい」
「それも俺なの?」
「そうよ。わたくしの役に立てて嬉しいでしょう?」
カサンドラの微笑――軽く嘲りが入った傲慢なその微笑は、神代を経て古の時代から人を支配してきた一族の姫だと、万人が理解させられる完璧なものだった。
「もちろんでございます、姫さま」
カサンドラはハンス・シュミットに、ノーラ・アルノワの容姿の詳細と、証拠品の回収を命じた。
「寮に残っていた私物の全てを見たい?」
「ええ」
「全部か?」
「もちろん」
「それは、依頼主に頼んだほうがいいのではないか?」
昨年行方不明になった、家族がいる女子生徒の私物など、当然実家に返されているのだから、ノーラの実家とすぐに連絡がつくホルスト卿に依頼したほうが早いのでは? と。ハンス・シュミットの意見はもっともなのだが、
「言ったでしょう。依頼主たちは、見つけられていないって。きっとどこかに不備があるのよ。それは彼らに特有の思い込みがあるからではないかと、わたくしは考えているわ」
カサンドラはそこに問題があるのではと考えていた。
「一理あるな……全部だな?」
「ええ、全てよ」
「……分かった」
「急いで揃えなさい」
「畏まりました、姫さま」
そんな話をして、店内を見て周り――
「ところでお前、どこに滞在しているの?」
帰りの馬車を回すよう指示し、正面入り口に立っている時に、カサンドラが尋ね――ハンス・シュミットは高級ホテルの名を挙げた。
「
百貨店専用馬車で迎えに行くので、住所を教えるよう伝えたら、カサンドラの家にやってくるという返事が届き、ハンス・シュミットは今朝門扉の前で待っていたのだが、聞けば拠点と百貨店は目と鼻の間ほど。
「それは、姫さまと長時間、一緒に馬車に乗りたかったから」
「ホテルから馬車に乗って、わたくしの家に来れば良かったでしょう」
「姫さま、もしかして天才?」
「……ええ、天才よ」
全く尻尾を掴ませないハンス・シュミットに、カサンドラは見下した笑みを浮かべて言い返した――
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