第4話
行方が知れなくなったノーラは自分の父親がホルスト卿だとは知らず、父親は既に亡くなっていると聞かされて育った。
だが実際はホルスト卿の娘であり、援助があるので生活は平民の中では裕福。
母親は娘のノーラに、祖父母と父親の遺産で生活していると説明していた。
カサンドラの三つ年上になるノーラは、去年十七歳の誕生日前に姿を消し――以降、なんの足取りも掴めていない。
「学外で行方不明になったのかしら?」
「状況ではそうだ。ノーラは外出中に行方不明になった……というのが、学園側の見解だ」
「本当に外出中に?」
「外出届けを提出していて、門衛の外出台帳にも確かに名前の記載があった。だが学園を出たあとの足取りを、全く追うことができないのだ」
「学園からノーラの自宅まで、治安が悪いような通りはないわよね。貴族街と平民街が入り交じったような区画ですもの。あら? 間違ったかしら?」
「当たっているがなぜ、そう思った」
言った覚えがないのに、すらすらとカサンドラが当てたことに、心からおどろいた。
「ホルスト卿の現役の愛人の家でしょ。関係が途切れているのであれば、遠くてもいいでしょうが」
「すっとそのような答えが出せるあたり、貴女は賢いのだろうな。そうだ、ノーラの自宅は平民街の裕福な区画だ。もちろん、この貴族街ほどではないが、治安は保たれている区画と言っても過言ではない」
話し込んでいたところ、そろそろ休んだほうがいいと侍医がやってきたので、カサンドラはホルスト卿の寝室から出た。
廊下にはホルスト卿と同じく、禿頭の中年男性がおり、応接室へと案内された。
紅茶と焼き菓子で持てなされ、先日、ホルスト卿を助けたことに関する感謝を一通り述べられたあと、
「父がアルノワの娘について調査を依頼したそうだが」
「ええ」
「全く、あの人ときたら」
父の依頼は無視してくれと、先ほどの感謝とは別に頭を下げられた。
「説得するのに、骨が折れるのでは?」
先ほどのホルスト卿の様子を思い出し、カサンドラが言うと公爵は顔を上げ頷く。
「引き受けるわ。わたくしが引き受けなければ、他の誰かに依頼しかねないでしょう。ならばわたくしが、ノーラの同級生たちに、それとなく学園生活を聞き出し伝えてあげるわ……それとは別に確認しておきたいのだけれど、調査のためにはノーラ・アルノワのことを、数名に明らかにする必要があるけれど、それでも構わないかしら?」
カサンドラの脳裏に、先日ハンス・シュミットと名乗った男の姿が過ぎる。
「あまり大々的にして欲しくはないが、調査が行き詰まっているのも事実だ」
「帝国が関わっていると、お思いかしら?」
ホルスト卿がカサンドラに話を持ちかけたのは、王国の調査では行き詰まってしまったので、別の角度から調査をしたいと――外交に強いホルスト公爵家だが、帝国とは私的な交渉のパイプを持っていないので、個人的な依頼を持ちかけることができなかった。
だが先日、思わぬところで帝国の高位将校と接触することができ――ホルスト卿はこの細い縁を逃したくないと動いたのではないかと、カサンドラは読んだ。
カサンドラの読みは当たっていた――ホルスト卿はカサンドラに連絡を入れる前に、ハンス・シュミットへ渡りを付けようとしたが、失敗していた。
帝国の将校は他国の命令を聞かない。皇帝の後継者クラスともなれば他国の人間に命令されたら、それを宣戦布告と見なし攻撃を仕掛けて来る――過去に新興国家だからと、命じて滅ぼされた国が二つほどあったのだ。
「それなのだが、アルノワの娘がいなくなる前に、帝国の者が学園付近をうろついていたという報告があった。そしてアルノワの娘がいなくなった後、その一団は姿を消した……とも。わたしたちの調査の手は、帝国に及ばないのが実情だ」
トラブゾン領は海を挟んだ向こう側が帝国ということもあり、ゼータ家は国内貴族の中では比較できないほど帝国人との接触が多く、帝国側も交易相手と見なしていることもあり、頻繁に交流がある。
「明日、帝国の男に会うのだけれど、聞いてもいいかしら?」
「父はそれをアテにしている。治安維持を担当しているわたしとしても、頼みたいところではある」
「それと、わたくしもあの男に会ったのは、この前が初めてなのだけれど、容赦なく首を突っ込んでくるタイプだと思うのだけれど、大丈夫? わたくしの護衛が言うには大隊以上。墓地で動きを見たけれど、全く捉えることができなかった、いわゆる神兵よ。それも相当な血の濃さの。あんなのは、トラブゾン領でもフラグア海でも見たことがない。毒になる可能性を含んでるけれど、いいのね?」
カサンドラの言葉にホルスト公は表情を強ばらせたが、全く手がかりがない状態なので「それでも、お願いする」と、再び頭を下げた。
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