第3話
ホルスト邸についたカサンドラを出迎えたのは、先日のホルスト卿の頭部とは正反対の、まとめられていても量の多い剛毛だと一目で分かる貴族女性。
彼女がメイドを引き連れて待っていた。
「ご足労いただき、ありがとうございます。ホルストの娘、デボラです」
ホルスト卿の娘デボラ――娘といっても、カサンドラの親世代に近い年齢で、フンメル公爵家に嫁いでいる。
連絡を受けた彼女は父の怪我を心配し、ベッドから立ち上がれるようになるまで、里帰りをしていた。
「初めまして。ライヒシュタイン伯の娘カサンドラよ」
カサンドラはドレスの端を掴み、軽く頭を下げ――デボラの案内でホルスト卿の寝室へ。
ホルスト卿は禿頭に包帯を巻き寝間着にガウンを羽織って、クッションを並べたベッドの天板にもたれ掛かった姿でカサンドラを出迎えた。
「このような恰好で失礼する」
寝室にはカサンドラが伴った護衛のフォルランとメイド、ホルスト卿の娘のデボラもいる。
「構いませんわ。初めまして、ホルスト卿。ゼータの娘よ。王国貴族に対してはエーリヒ・バースクレイズの婚約者、ライヒシュタインが娘と名乗ったほうが、通りは良いかしら?」
カサンドラの夫となるエーリヒ王子はこの伯爵位を継ぎ、ライヒシュタイン伯爵となることが決まっているのだが、この伯爵位はバースクレイズ王家とゼータ家が同盟を結んだ際に、王家側から渡された爵位で、ゼータ家にとっては同盟の証でしかなく、エーリヒ王子に渡してもなんら惜しいものではない。
「いいや、ゼータの姫と呼ばせていただこう」
ゼータ一族だけではなく、古代の一門はどこも伯爵位を重要視していないのは、ホルスト卿も知っているので――呼び出した側のホルスト卿もゼータの姫と呼んだ。
「そうですか。それでホルスト卿。わたくしは、あなたの見舞いに来るつもりはありませんでした。あなたも、それを分かっているから、わたくしを呼んだのでしょう?」
ホルスト卿の枕元に用意された椅子に腰を下ろしたカサンドラは、まくし立てるように話し掛けた。
「頼まれてくれないだろうか」
「トラブゾン領になにか?」
カサンドラの祖父世代で元老院の重鎮が、ゼータ家の次の跡取りではあるが、これといった権力を有するわけでもないカサンドラに頼みごととなれば、彼ら王国貴族の手が及ばない、
「いいや、そうではない。お若い女性に話すのは、いささか恥ずかしいのだが、儂には貴女と同世代の娘がおる。愛人との間に出来た娘で、名をノーラと言う」
いきなり語られた、よくある俗な話に一気に力が抜けた。
「ふーん。ノーラねぇ」
「ノーラ・アルノワという。あなたの三つ年上だ」
「学園に通っているの?」
学園は幾つかあるが「学園」とだけで呼ばれるのはテシュロン学園しかない。
十五歳から十八歳までの富裕層の男女が進学する学園――平民や貴族が、地方では学べない事柄を寮生活を送りながら学ぶ。
学業よりは風土や風習などを重点的に学び、理解を深めるのがメイン。
その地方の常識が、他の地方では失礼に当たることもある。そういった事柄を学び、軋轢や誤解を回避する。もちろん外国の風土や習慣なども、ここで学ぶ。
国内でも両端となれば、まったく異なる習慣もあり――さまざまな兼ね合いで遠くと縁を結ぶことが多い貴族は、余程の事がない限り全員入学して、地方の特色を学ぶ。
庶民は学費を支払える裕福な者と、資金面を貴族が援助して入学する者の二種類がある。庶民の入学だが、こちらも理由は貴族と同じ――
カサンドラもあと三週間ほどで入学する。
「通っていた」
カサンドラの三つ年上で、公爵の愛人の子ということは富裕層……となれば、テシュロン学園に通っているのは、すぐに推察がついた。
「いた? ということは」
三つ年上――十五歳のカサンドラと先輩として在学しているのかと思いきや――
「あなたがこれから通う、テシュロン学園に通っていたのだが去年、十七歳の誕生日を目前に、忽然と姿を消したのだ」
「行方不明ということ?」
「そうじゃ」
「心当たりはない?」
「ああ。手は尽くした。だが解決しなかった。だから、まったく違う面から調べて欲しいのだ」
「違う方面ということは、調査はしたのね?」
「息子は総監の任を拝しておってな」
「総監……捜査を専門とする部署の長のことね」
「そうじゃ」
「では一通りの調査はしたけれど、分からなかったということね」
「そうなのだ」
「調査の専門家がなにも掴めなかったのに、素人のわたくしが、何か情報を掴めるとも思えないけれど……いいわ、聞いてあげる」
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