第45話 またしても何も知らないタイダイテール
会見が始まるまで、3人は静かにテレビを注視した。
まず警視庁長官が挨拶をするようで、カメラがマイクを掴む長官を捉える。
テレビに呼ばれたコメンテーターの一人が、ワイプの中で驚愕しながら眉を顰める表情をしており、事態をアー以上に理解していることが推測できた。
『ん、あ。本日はお集まりありがとうございます』
マイクの位置を直し、短い声でマイクテストをした後、長官は記者団に目礼と挨拶をした。
カメラは警察庁長官をフレーム端に捉えつつも、引き画面で中央の席に座るスコラリス・クレキストをメインに据えている。警察庁高官たちが居並ぶ異常性より、即物的に話題である存在を重視しているかが窺い知れた。
『え~。わたくしなどのご挨拶などより、みなさんは頓(とみ)に話題となっている彼女をお気にされていることでしょう。わたくしは彼女へかかる各種質問への
自分の高い立場と注目度の無さを理解し、話題と視線を逸らすように魔法少女を紹介する。
『改めて、よ、よろしくお願いします! 私はスコラリス・クレキスト……ええっと、魔法少女? そういうのをやっています』
立ち上がって頭をさげるスコラリス・クレキスト。シャッターがきられ、フラッシュを浴びて少しよろめいた。これを助けるように、司会進行役が声を上げる。
『これより記者から代表を選びまして、順番に質問をお受けいたします、まずは……』
よく聞く大手新聞社の社名が、司会進行役の口から上がった。
最前列の席で、若い記者が立ち上がる。
『スコラリス・クレキストさん。魔法少女といいますが、どこからいらっしゃったのですか? この日本の方ですか?』
『魔法少女スコラリス・クレキストはアルファルドの存在です。日本で暮らしてます』
クレキストは微妙な発言をした。
どこから来た、どこの所属である、どこで生まれた。と明言せず、魔法少女スコラリス・クレキストという存在は、アルファルドに属している。という言い方だ。
言葉を扱う記者なので、そこはわかっているはずだが追求しない。
『暮らしているとなると、どちらに? どのような生活をされているのですか?』
『それはちょっと……秘密です』
プライベートな質問がNGというわけではないが、やはり直接正体が露見しかねない質問は答えられない。
「ふむ。どうやら小夏は、MM……いや、ミンチルの語った設定を踏襲するつもりのようじゃな」
ミンチルの話はディスキプリーナの作った設定に過ぎない。スコラリス・クレキストも騙されている立場だ。
つまりスコラリス・クレキストが知っている事実を語ろうと、ミンチルの話から嘘を語ろうと、設定に基づくとすべて真実ではなくなってしまう。悪いのはすべてディスキプリーナである。
テレビでは記者からの質問が続き、タイダルテールについても質問された。
『タイダルテールの目的は詳しく知りません。組織についてもです。わかっているのは、【モニュメント】という【なにか】を破壊することらしいです』
『モニュメント? それはどういったものなのですか?』
『わかりません』
『わからないまま、どう守るおつもりですか?』
詳しくはわからないと謝るスコラリス・クレキストに、一部の記者が不満を抱いていることがテレビの画面から感じ取れた。追求する記者を、警察庁長官が制する。
『えー。この質問はお控えください。タイダルテールは未だモニュメントと呼称される物の情報を正確に得ていないと推測しています。これらの情報が彼女の口から断片的であろうと世間に広がることで、タイダルテールに利する可能性があります』
警察庁長官がわざわざマイクを握り、立ち上がって記者団の質問を遮る。渋々質問を終える記者。
「ほう……。クレキストへの不満を逸らして、警察庁長官自らが憎まれ役を買いましたか」
警察庁長官の言い分は正しくても、記者の質問を一つ潰してしまったことは事実だ。しかしそれにより、スコラリス・クレキストが質問を拒絶したという形にはならなかった。
「政府は本気でスコラリス・クレキストをアシストする気のようですね……」
アーは思案顔で口を閉じた。うるさいと睨むディスキプリーナの反応があったからだが、それ以上に現状が信じられない方向へと進んでいるからだった。
日本は今、法治国家として危険な選択をしている。アーはそう現状を捉えていた。
質問は続いていく。活動内容と目的、魔法という力の使い方などから、魔法についてやスコラリス・クレキストの趣味趣向など、だんだん柔らかい内容へとシフトしていく。クレキストからも緊張した様子が無くなり、時々笑顔を見せるほどだった。
お堅い新聞社の質問はすべて終わり、ほどよく会場から緊張がほぐれてきたころ、大衆雑誌の記者からついにその質問が上がった。
『スコラリス・クレキストさん。その衣装は誰がデザインされたのですか? ご趣味で着られているのですか?』
『え……』
スコラリス・クレキストが笑顔が固まる。
記者団も質問した記者を見て固まる。
画面も固まる。
しばらくそのまま固まっていたかと思うと──
『もうしわけありません。各社、映像が乱れたようです。そろそろ質問をいったん打ち切りまして──』
画面が動きだすが、大幅に記者の位置が入れ替わっていた。
「ど、どうしたのじゃ? 吾輩がデザインした衣装について質問した記者がおらんのじゃ?」
「落ち着いてください。彼女の衣装はなかなかセンシティブですからね。『あの恰好を許すな』と騒いでいる団体もいるのですよ」
アーは困り顔で、騒ぐディスキプリーナをなだめる。
「そうなのか! し、しかしそれならば余計にその団体などへの説明責任があるはずなのじゃが……」
「ネットの中ではスコラリス・クレキストの衣装のことは言わないで発言から、魔法少女としての正装か魔法の行使における条件または契約の問題。もしくは魔法の国での宗教的、慣習的な衣装ではないか。という推測から、触れてはいけないということになってますね。あの記者は会見の取り決めにあっNGとなる質問をしたようです」
「それで追い出されたんスか? いいんスか? 結構、横暴っスよこれ」
「まあ騒ぎにはなるでしょうね」
「吾輩のデザインした衣装が……」
ディスキプリーナは渾身のデザインが、記者会見でアンタッチャブルとなり不満げであった。
一通りの質問が終わり、いったん会場の雰囲気が区切られ、間をはかって警察庁長官が発言をする。
『えー。ここでスコラリス・クレキストくんからのご要望があります。どうか日本国民のみなさん、テレビの前の方々、お聞きいれをお願いいたします。では、クレキストさん。どうぞ』
スコラリス・クレキストはスカートを押さえながら立ち上がり、改めてテレビカメラ──自分を見る人々すべてに頭を下げた。
『今日はどうしても伝えたいことがあって、警察の人に頼んでこの場を用意してもらいました』
ざわりと会場の空気が変わる。
『そうなのですか? 長官』
『はい。彼女のいうとおり、協力いたしました』
突発的な記者からの質問を受け、警察庁長官が肯定する。
ごく一部の記者たちの驚く様子が、テレビの映像からも伝わる。数人は周囲の記者と話を交わし、数人は長官やら周囲の高官の写真を収めていた。
スコラリス・クレキストは警察に頼んだつもりだが、この場にいる者たちはただの警察関係者ではない。警察の上のさらに上である内閣府が動いているとわかる人には理解できた。
これをタイダルテールで理解しているのはアーだけである。
『伝えたいこととはなんでしょう?』
『はい。アングザイエティーズ・キスのことです』
会場がまたもざわついた。
魔女アングザイエティーズ・キスについて、記者たちは質問することが禁じられていたのだろう。驚きの声より、よしやった! 魔女の話を聞けるぞ! という浮ついたざわめきだった。
『クレキストさんは、彼女とご関係があるのですか?』
今まで、記者の質問に少ししどろもどろだったスコラリス・クレキストだったが、今回ばかりは違っていた。必死な言葉が流れ出る。
『直接にはありません。知っているともいいきれません。でも、あの子は仲間かもしれないんです。いえ、きっと仲間なんです。あのタイダルテールに洗脳されて、悪いことをしているだけなんです!』
スコラリス・クレキストの決めつけに、ディスキプリーナはお茶を吹き出した。
「ほぶごぶりんっ! げはっ、がは……なにじゃと! 何をいっておるのじゃ、小夏!」
「個性的な吹き出し方するっスね、総統」
「洗脳ですか。冤罪ですね」
三者三葉の反応を見せる。
むせながらディスキプリーナは立ち上がって周囲を見渡す。
「ごほ、ごはっ! ええい、なのじゃ! 将軍は! こんな時に、志太は何をしているのじゃ!」
「リリカちゃんのリハビリが遅くなったので、送るそうですよ。さっき電話があったっス。ちなみにガーは外出中っス。買い物っス」
「なんなのじゃ! アイツはなんで育成恋愛ゲームみたいな別ゲーをしているのじゃ! あとガーは呼び戻せ」
「でもいいじゃないっスか、総統。どうせ悪の組織なんだし、アングザイエティーズ・キスを洗脳した? とかいう一つや二つの濡れ衣があろうと」
「違うのじゃ!」
冤罪に怒っていると思ったペーは、なんとかなだめようとしたが総統には効果がなかった。
「魔法少女を洗脳して悪堕ちとか、こっちが考えていたシナリオなのじゃ!」
「は?」
「総統、まさか……」
「近くの他校に才能のある子がおったから、その子を洗脳して戦わせ、クレキストたちが心を通わせ、やがて目覚めさせ、正義の道に引き戻すって考えておったのじゃ! それが……それが……。それがもうできないのじゃーっ!」
どうやらシナリオが狂って前倒しし、自ら主導できないことを怒っているようだった。秘密基地の床をごろごろ転がり、「いやじゃー、いやじゃー、吾輩が監督兼脚本家なのじゃー」と泣き叫ぶ。
「え、ええ……。そっちっスか」
「また今度、やればいいじゃないですか」
アーとペーは、クマのぬいぐるみを振り回して泣くディスキプリーナをなだめようと必死だった。
「なにを言うのじゃっ! 二番煎じなどできないのじゃ! よしんばやってもインパクトが薄いのじゃ! 吾輩が先に、吾輩が先に! 吾輩が手すがら悪堕ちをプロデュースするはずだったのじゃーっ!」
だが、ダメ。子供に「また今度」という言い分は通じない。しかもディスキプリーナには面倒なこだわりがあって、なかなか怒りが収まらなかった。
ペーはやや諦め気味だが、真面目なアーはまだなだめようとする。
「諦めて次行きましょう、次」
「次って、どんな作戦なのじゃ!? 洗脳悪堕ちから友情で復活以上のイベントとなると、最初は悪人だった組織の女幹部が、悪の組織で冷遇されて光堕ちするくらいしかないのじゃ!」
女幹部はいない。現在、悪の組織にいる女子はディスキプリーナだけだ。
アーとペーは総統を指差し。
「じゃあ、その光、堕ち? します? 総統が」
「吾輩は総統なのじゃ! 組織のトップなのじゃ! 絶対に光堕ちなどせんのぅじゃ! 洗脳だけに!」
ディスキプリーナは床の上でジタバタジタバタと、わがままいっぱい泣き叫ぶ。
そこへ、またも何も知らない志太が帰宅……帰社? 帰悪組織してきた。
「ただいまー、お? なにどうしたん? なんの騒ぎ……」
「おまえはおまえでーっ! なんなのじゃーっ!」
「え? ぐわーっ!」
ディスキプリーナの八つ当たりパワハラパンチを受け、吹き飛ばされた志太はまだ閉まっていない扉から廊下へと転がり出た。
すーっと閉まる扉。
静かになり、息の荒いパワハラ上司ディスキプリーナが振り返る。
「こ、こうなったらとにかく活動じゃ!」
「何をするんですか?」
「は、破壊活動なのじゃ」
「あんまり破壊活動を連続させるのはやめましょう。解体費が出ないから残ってる建造物とはいえ、破壊したら片付けでやはり費用がかかります。地主や自治体の財源の心配もしましょう」
病院の風力発電機の片付けもやっと終わったところだ。ほかにもいくつか破壊した構築物があり、未だ作業中の場所もある。交通規制なども行われ、警察、消防、警備、解体土木業に負担がかかっている。
「まあ、コネでわしのところの孫の業者に投げてるがの」
いつの間にか買い物から戻ってきたガーが、ちゃっかりお茶を飲みながら、ちゃっかり組織の活動を身内の利益に還元していると言い出した。
これを聞いて、またディスキプリーナが騒ぎだす。
「ずるいのじゃ! ガー! ゆるさないのじゃ! ガーッ!」
「ダイタルテールの活動資金、半分はその業者の裏金を回したわしのじゃぞ」
「すごいのじゃ! もっとやるのじゃ、ガー!」
近頃、悪の組織は自由になる資金が増えている。それらはガーの持つ企業や、親族会社からのダミー会社を通した裏金が大部分である。
お金に関しては、戦闘員ガーに頭の上がらない総統であった。
ディスキプリーナの手の平モーターは高性能。
魔法少女の共犯者 ~マジカルガール/アコンプリス/アグレッサー~ 大恵 @taikei
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