第44話 魔法少女会見
ある日曜の朝、悪の秘密地下基地。
先日、地下基地には広いリビングが追加建設され、ディスキプリーナ姫は最近はここで朝食を取るようにしていた。
「うぬぬぬ……。警察で自重聴取を受ける魔法少女ってどうなのじゃ?」
取調室でくたびれたコートを着た刑事と相対し、電気スタンドのライトを向けられてうつむく魔法少女スコラリス・クレキストを想像してしまい、ディスキプリーナは可愛らしい顔を顰めて、朝刊を閉じて食卓の上に置いた。
置かれた新聞には、スコラリス・クレキストが変身したまま警察に出向き、いろいろと聴取を受けたことが書かれていた。
この件について警察発表は一切なく、新聞は憶測ばかりが書かれているような記事だった。これといった情報はない。あまりにも内容が無いため、しめくくりに書かれた警察への批判の一文が本題なのでは? とディスキプリーナには思えた。
「出頭……というより、これからと今後の話をするため、警察庁を訪れたのかもしれません。まあ、お咎めもなく解放されたわけですからいいでしょう」
朝食を片付けながら、アーが気にするほどではないと声をかける。しかしディスキプリーナ総統は、まだ納得できないでいた。
「じゃが……一体なぜ、小夏は警察になど」
警察官にうまく言質を取られた経緯を知らないディスキプリーナは、小夏の行動を理解できないでいた。朝食の片づけを終えたアーは、席について自分のお茶を注いで飲む。タイダルテールはアットホームな悪の組織です。
「そんなに気になるなら、調べられないのですか? 総統は情報収集に長けていると伺ってますが?」
「無論、我が目を警察庁に忍ばせておいたのじゃ」
そういってディスキプリーナは懐から目玉のようなアイテムを取り出した。途端、透明となってアーの目から見えなくなる。
「これで一部始終、観察しておったのじゃ」
「ああ……見てたんですね」
「じゃが耳を忘れたのじゃ」
「ああ……聞いてなかったんですね」
アーは頭を抱えた。
この総統は、いまいち抜けているところがある。
「では総統。その目で聴取などは読み取れなかったのですか?」
「うむ。どうも文書に残すつもりがなかったようなのじゃ」
「それは……おかしいですね」
元軍人であり戦後いくつかの公職に関わったアーは、役所が文書を重要視することをよく知っている。小さな届け出でも、マニュアルに従った形式ばっている文書を残すはずなので、スコラリス・クレキストへの対応は異常に感じた。
「これは警察……いえ、日本政府もかなり本腰を入れていますね。対象の前で文書を残さない形での聞き取りとなると、公安か内調か……それも通常では表に出ないような部署か──」
推察するアーを、ディスキプリーナは手をかざして止めた。
「そういうのはいいのじゃ」
「いいのですか?」
政府や国家の機関を脅威と考えているアーに対して、ディスキプリーナ総統はまるで歯牙にかけていない。
法律など超越しているはずの魔法少女が、警察に出向いて事情聴取を受けたという事実が不愉快と感じているようだった。
「それよりも小夏が……スコラリス・クレキストが、記者会見でどんなことを話すのか楽しみ……いや、心配なのじゃ」
ワクワクと手を胸の前で握りしめるディスキプリーナ。
警察が何かを発表する予定はないが、スコラリス・クレキストが警察立ち合いの元、本日テレビの前で記者会見を受ける予定となっていた。
会見が日曜の昼前である理由は、少しでも騒動を小さくするため……ではない。おそらくスコラリス・クレキストが……小夏が休日を選んだだけである。
よくある「朝刊や朝のニュースで話題にならないように、日曜朝の報道が大人しいところを狙って土曜の夜に出頭する」という理由ではない。
ディスキプリーナ総統は地上派のみならず、衛星、ネット、他国の回線などすべてチャンネルで録画するつもりで挑んでいた。
「完璧なのじゃ!」
テレビにかぶりつくディスキプリーナ。
「セットしたのはオレなんスけどね」
指令室のデジタル機器の設定を終えたペーが、リビングに戻ってきた。ついでにリビングの録画機器の設定もチェックをし、ネットや他国の放送を録画する準備をすべて終えて椅子に座った。
「このところ、タイダルテールの活動はなく、スコラリス・クレキストはほのぼのニュースの常連となっていたので、会見は会見で楽しみなのじゃ!」
もはや繕わないディスキプリーナであった。ペーは子供の遊び丸出しの総統の背を見て、皮肉を込めて呆れたように肩を竦めた。
「最近、うちらアングザイエティーズ・キスの調査とか、なんか揉めた外国マフィアとの抗争とか、まったく悪の組織らしいことしてないっスもんね」
もはや子供遊び同然の行動を繕わないディスキプリーナに、ペーは呆れたように肩を竦めた。だが、魔法少女の会見が楽しみで仕方ない総統は、彼の皮肉を聞いていなかった。
「しかし……記者会見ですか」
アーは思うところがあるようである。真剣なまなざしで、テレビ画面を見つめている。純粋に楽しみにしているディスキプリーナと違い、どんな情報も取りこぼさないという視線であった。
ディスキプリーナは適当にザッピングして、感覚で一つの民放でリモコンを操作する手を止める。女性アナウンサーが、会見会場に入ってきたスーツ姿の男性たちに反応する。
『あ、始まるようです! 警察庁長官に続いて……ああ、っとクレスちゃん! スコラリス・クレキストさんが一緒に入ってきました!』
「魔法少女と一緒には、ちょっとどうだろうというおっさんがぞろぞろ入ってきたのじゃ。もっとこう若いかっこいい小夏がちょっと心惹かれるような、切れ目の若手エリートとかがいいのじゃ」
テンション下がり、夢小説的な展開を望むディスキプリーナに対し、居並ぶ警察高官たちを見てアーは震えた。
「総監ではなく長官が……。最後に入ってきたのは山城川君は──たしか以前は司法警察職員だったはず。国家公安委員会のバッジをしているということは、委員会入りしたのか。公安が関係していると思ったのですが、内閣府の方でしたか」
会見場に制服姿の警察関係者がおらず、違和感を覚えていたペーがアーの独り言に反応する。
「は? なんとか公安委員会とかも、公安なんでしょ?」
「ん? ああ、国家公安委員会と公安警察は違うものなんです」
「紛らわしいっスね。で、どういうことなんスか?」
「もはや魔法少女の活動に対して通常の警察……行政警察によって証拠を集めるとか調べられる段階ではなく、司法警察によって監督監視を視野にいれた情報集めに入っている可能性がありますね」
「はあ……」
ペーはよくわかっていない。頭が悪いわけではない。予備知識がないのだ。
「警察庁長官を任命するのが国家公安委員会であり、そこが内閣府の外局ということを考えれば自然と目的は……」
「そこ、うるさいのじゃ!」
「え、はい」
アーの真面目な考察は、国家を歯牙にもかけない総統の一声で中止させられた。
人の理に縛らない総統に、アーは感服すると同時に不安と呆れを覚えた。
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