第36話 やむなく新技!
遊覧船ジャックにスコラリス・クレキストが介入して以来、偽タイダルテールの活動が活発化してした。
結局のところ遊覧船ジャックは、酔っ払った若者がタイダルテールだと騒いだだけだった。しかしこれにより、タイダルテールを名乗ればスコラリス・クレキストが来るかもしれないという印象を世間に与えてしまったのだ。
その事件からしばらくして、ある休日の昼下がり。
住宅街にある緑多い公園内で、クレキストは恐竜頭の恐ろしい怪人と悪の組織の幹部風の男と遭遇した。戦闘員も5人おり、待ち構えている。
「……あのー、一応、確認するんだけど、本物?」
すっかり名乗りを上げる前に、本物か偽者か確認するようになったクレキストである。
ただの一般人相手に口上を並べて名乗りポーズを決めるのは、さすがの小夏も、さすがのクレキストもつらいのだ。
今回はクオリティが高いため、念のためクレキストは本物か尋ねる。
反応した人物は、幹部風の男だった。大柄で鎧姿とかなり威圧感がある。
「ク……」
「く?」
笑いだすのかと思った時、幹部風の男は片膝をついて叫んだ。
「クレスちゃんだ!」
幹部風の男に続き、戦闘員たちも膝をつき、クレキストを湛えるように両手を差し出した。なお怪人はバランスが悪いらしく、膝をつこうとして転倒した。
「本物だ!本物のクレスちゃんだ!」
「ずっと好きでした!」
「すっげ、マジパンツじゃん」
「サインください!」
「叩いてください!」
「起こしてください……」
好き勝手にわめき始める偽タイダルテールの男たち。
クレキストは若干引き気味で、スカートを覗かれないように両手で抑えて言い返す。
「ちょっとアンタたち! もしかしてタイダイテールを名乗ればあたしがくると思ってんじゃないの?」
「はい」
「はいじゃない!」
クレキストはダンダン! と公園の舗装を踏んだ。
現在、日本はちょっとした迷惑行動が問題となっていた。
タイダイテールや魔法少女や魔法使いを名乗り、騒動を起こしたりするものがいるのだ。
だいたいはSNSでちょっと目立ちたいから、くらいなので実害がない。せいぜい人気のないところで、身内でごっこ遊びのようなことをしてその映像をネットに上げるくらいだ。
その過程でちゃんと管財人が管理する廃墟に忍び込み無断で撮影してたり、進入禁止である危険な崖に乗り出したり……いや、以前もこの辺はあった。
とにかく件数が増え、表面化し、問題視されている。
今回のオタク集団も、迷惑こそかけているが大人しい方だ。タイダイテールを名乗って公園に現れ、園内を練り歩いた程度である。当初こそ公園を訪れていた人たちを恐怖させたが、すぐに害がないと判断され、遠巻きに眺められている程度だ。
出来のいいコスプレグッズを用意し、戦闘員5人と恐竜の頭に亀の身体の怪人と幹部っぽい黒い鎧にマントたなびかせる男。
揃いも揃って、無駄に出来がいいのがクレキストの癪に障った。
「なんか、本物の怪人よりカッコいいし!」
小夏も戦うなら、こっちの姿をした敵がいいと思うほどだ。
人に与える威圧感より、カッコよさを重視したデザインだ。小さい子がやってきて、悪の幹部に触ろうとして母親に連れ戻されるという光景すら見られた。
「クレスちゃんが褒めてくれたぞ!」
「やったぜ! これで三日はいける」
「本家タイダイテールのクオリティが低いんだよなぁ」
「マジそれな」
「起こして……」
オタクたちは喜ぶ者と、本家タイダイテールのディスる者に分かれた。
「はあ、もう。昨日の人たちよりはマシだけどさぁ……」
クレキストはもう諦めたような溜め息をついた。あとは説得して解散してもらおうと考える。
この愚痴に、オタクたちはのっかった。
「ああ、昨日の人たちはひどかったですね。ネットでもニュースでも見ましたよ」
「そうなの。なんかあたしに挑戦したいっていうか、倒してやるっていうなんだろう」
昨日、渋谷の繁華街に現れた偽タイダルテールは、一種のケンカ自慢の集団だった。「魔法少女とか所詮は女だろ? オレらがわからせてやるぜ!」という言動で、クレキストに挑みかかって一掃された。
「というわけで、昨日の人たちみたいに、僕たちを叩きのめしてください!」
「おしりホールドとか幸せ固めとか!」
「僕は踏んで欲しいです」
オタクたちは豹変して、クレキストを取り囲んだ。
恐竜頭の怪人は、諦めたのか仰向けのままだ。跳刃地背拳だろうか?
「あのケンカ自慢たちより、こっちの方がひどい!」
クレキストは倒れている怪人に、パンツが覗かれないように逃げたが、そっちには幹部風の男が回り込んでいた。
「はぁはぁ……昨日のアレ! すごいエッチな技希望!」
「そんなことしてないよ!」
していたのである。
通常の人間を無力化する際に、ハート・アングルスなどの魔法は使えない。致命傷を与えるような攻撃ではないが、万が一がある。
殴ったり蹴ったりするのも危険だ。肉体が強化されているクレキストの攻撃は、軽く乗用車の衝突に値する。
手加減はできるのだが、やはりこれも万が一がある。
となると関節技や押さえ技が有用だ。
関節技も非常に危険なのだが、圧倒的実力差と能力差があると軽い固め技で無力化できる。
クレキストは感覚で技を出すため、稀にサービスが行き過ぎたような固め技を披露しまう。昨日も三角締めという技を使っていた。
相手の頭と片腕を前から抱えて下半身で巻き込み、股で三角状に固める技は、いろいろと問題なのでテレビのニュースでは流れていない。十三歳の少女に、これで落とされたケンカ自慢の男の体面は守られた。
しかしネットでは流布されている。ケンカ自慢の男の体面は守られていない。
「ぜひともクレスちゃんのお股で、僕を締め落とし……しまった! 鎧を着ていてはクレスちゃんのおパンツとお股を堪能できな……ぐがふっ!」
襲いかかりながら器用に鎧を脱ごうとした幹部風の男を、クレキストは腰のリボンを使って縛り上げた。
「ああ、そんな!」
「新技でやられるのは乙だけど、それだとクレスちゃんのエッチな関節技が!」
「うるさい! この変態!」
クレキストは飾り袖とスカートから抜き出した魔法のリボンで、次々とコスプレ集団を縛り上げていく。
幹部と二人の戦闘員を縛り上げたところで、スカートはすっかりなくなってしまった。
「クレキストちゃんの丸出し!」
「風情はないが、衆人環視の前でこれはこれで!」
戦闘員が迫り、倒れている怪人が擦り擦りと這ってくる。
「ひいい!」
もう縛り上げるための布がない。
魔法で作るとなると集中しなくてはいけない。咄嗟にはできないので、クレキストは考えるより先に身体が動いた。
クレキストの服はリボンのついた飾り袖と、広がるフレアなスカート。そしてセパレートタイプのレオタードなのだが、背中がお尻付近まで大きく抉れていて布地がない。
パンツをリボン化するのは、社会的自殺行為。残るは胸部分だが、これも社会的にマズい。
残るはセパレートしている上下を繋ぐベルトだけである。
右から迫る戦闘員の腕を引っ張って出足を狩る。左下から迫る怪人に、その戦闘員を投げつけた。
そこでベルトを引き抜き、二人の男をしばりあげた。
「おっぱいスカート!」
「くそ! この仮面! 視界が悪い」
縛られながら、必死に下から見上げるコスプレ男たち。
まあもっとも見上げたところで、絶壁にたなびく布地の隙間から彼女の日の出を望むことは難しい。
「これはこれで!」
「ああ! もっとこう、いけない恰好で縛ってください!」
「うるさい! あ、これ借りるね」
クレキストはちゃっかりコスプレ集団の幹部マントを借りて羽織った。
事件は解決した。
魔法少女が半裸から八割裸になった以外に、被害はなかった。だが悪意はなくとも、質が悪い。このオタク集団はしっかり痛い目にあるべきである。
ここでやっと警察がやってきた。
広い公園ということもあり、コスプレ集団がどこにいるか探し回っていたようだ。
「まったくもう。警察に怒られて来なさい!」
コスプレして公園を練り歩く。騒乱罪までは問われないだろう。条例違反くらいで済むかもしれない。
「あ、そうだ。おまわりさん」
「はい。なんでしょう? あー、ちょっと待ってくださいね」
コスプレ集団を確保していた警官が、作業が終わるまで待ってくれと言った。
現状、スコラリス・クレキストは善意の協力者、ということでお目こぼしをしている。適当な法を解釈して対応できなくもないが、率先してそこまで法の運用する気がどこの役所にもないという段階だ。
一方で、「人知を超えた力を持ち、武装した正体不明の存在に配慮するな」という声も大きいが、大きいだけで実数は少なくあしらわれている現状だ。
ハレンチな恰好をしているのけしからんという声も大きい。この意見には多少、賛同するものも多かった。思想的な発言も見受けられたが、大部分は「年頃の子がそれはちょっとやめなさいよ」という親目線に近い人たちが多かった。
幸い、今回は幹部のマントがあったので、今までで一番露出が少ない形である。
警官たちがコスプレ集団を連行し、残った一人がクレキストに応対する。
「なんでしょうか? クレキストさん」
「はい。その……今度、警察に行こうと思うんですが、行く日とかこっちが決めちゃって大丈夫ですか?」
「ええ。そうなってます。一応、本部に確認をとりますね」
警官は警察無線を使って、本部と連絡を取り始めた。少し離れて待っていると、しばらくして警官が戻ってきた。
「クレキストさん。そちらの都合で、いつでもいらしてくださいとのことです」
「はい! 伺います!」
クレキストはそう言い残し、集まってきた野次馬の頭を飛び越え、木々を蹴り跳びながらさっていった。
◇ □ ◇ 人 ◇ □ ◇
帰路の途中。
変身を解いて私服に戻った小夏は、自販機で紅茶のペットボトルを買った。
「終わったね。今回は空振りか」
背中のリュックから、ミンチルが顔を出して言った。
「まあしょうがないけどね。アジトを通って帰ろうか」
先日、ついにアジトは完成した。
まだリビングと水回りに物置だけだが、都内数か所に繋がる瞬間移動装置もある。
これにより、ある程度の離れた場所でも駆け付けることができ、クレキストの移動負担が大きく減ることとなった。
「今回の活躍で、どれくらいお菓子でるかな?」
「コスチュームで縛り上げただけでしょ? クッキーとかそんなものが数枚だよ」
「なんだー。じゃあそれは貯めておいて、前々回の本物の怪人と戦った時の分を使って、シフォンケーキ食べよう」
「それは貯めるって言わないんじゃないかなぁ」
小夏はこのアジトを、休憩に移動と勉強部屋と最大限に活用している。
実はこのアジト。一つだけ問題があった。
地球側と通常の手段で一切の連絡が取れないのだ。携帯電話は無論、いかなる電波も届かない。つまり情報から切り離されてしまう。
時間の流れこそ違うので、一時間も二時間も連絡が取れないということはない。だが今回のようにお茶を飲んでのんびりしてしまうと、十分から二十分ほど世界からクレキストは切り離されてしまう。
だからこんな時、ある事件が起きると即座に対応できなかった。
クレキストがアジトに入る門をくぐり、この世界から一時的に去ったその瞬間。
近くのベンチで仕事をさぼって、ネットを見ていたサラリーマンのスマートフォンに、SNSから新しい呟きが流れてきた。
『新たな魔法少女!? あらわる!?』
────と。
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