第35話 承認欲求の魔法少女


 怪人と蜘蛛を撃退し、海から帰宅した小夏は、姫子から貰ったスカートを脱いで大切にしまった。

 それからいつものように入浴して、いつものように全裸移動して、いつものように下着に着替え、ベッドに寝転がった。


 ミンチルはお気に入りの椅子の上に乗り、小夏にならって一休みした。


 夕方でまだ眠くない小夏は、布団の中でスマートフォンを取り出して、世界最大クラスのSNSのアプリを開く。


 そこには魔法少女の活躍に、未だ熱が冷めない仮想空間があった。


>今度は海に現れたってよ

<海上?

>この場合海岸とかにきまってんだろ

<怪人すげぇな

>泳ぎきりやがった…マジかよ

<オリンピックでろよ

>これは人間じゃないわ…改造されてる

<海と水着のクレキストちゃん!

>これ逆に露出減ってんじゃねぇかな?

<クレスちゃんの挑発可愛い!

>エロい!

<これはわるい女ですわ

>怪人、大激怒

<煽り耐性低すぎだろ

>がんばれクレスちゃん

<がんばれ怪人!脱がせろ!


「ああ~。もう♥ みんなあたしにメロメロだねぇ~」


 小夏はうっとりとした顔で、スマートフォンの中に流れるスコラリス・クレキストの話題を読んでいく。


 小夏も中学生の女の子。承認欲求は人並にある。

 しかも男たちから性的な目で見られていることにも、一種の悦びを感じているようだ。


 すっかり小夏は悪い子である。


 ディスキプリーナがいれば、どうしてこんな子になってしまったんだろうと、思ったことだろう。主に彼女が犯人だが。


 むろんアンチもいる。


>まだ警察に出頭してないんだろ?この犯罪者

<暴行と器物破損と騒乱罪のガキ

>魔法少女とか言って中身はおっさん。これが現代なんだよなぁ

<ビッチ!

>これは警察、クレキストを泳がせてるな……


 これらのほかにも、さらにひどい暴言がならんでいる。

 普通ならばミュートかブロック、最悪口を挟んでしまうところだが、小夏はちょっと変わった子であった。


「はあん、この反応、変わらな過ぎてかわいいねぇ。……世界が変わりつつあるのに、この変わらなさ。あたしの魅力に気が付かないなんてねー」


 現在の彼女は、スコラリス・クレキストという強者である。それは魔法で強化されているという意味だけではない。

 変わる時代の主導権を左右しかねないという強者だ。


 その圧倒的な存在と裏打ちのある力。それらが合わさると多少の暴言や悪口では、ゆるがなくなってしまう。悪い傾向ではある。道を踏み外すようなことがなければよいのだが……。


「ちょっと困ったことになってきたね、小夏」


「そう? こんなのまだまだだと思うよ」


 小夏はネットでの反応について、ミンチルがヤバいと言ったと思った。


「でもまあ、警察に行かないのはまずいよね」


 思わずテレビカメラと野次馬の前で、警察官の口車に乗ってしまった。

 後から「あれはやられたー」と、小夏は頭を抱えたものである。お風呂上りに全裸で。

 しかし、さほど小夏は悪いように思っていない。してやられて悔しいと思っているが、警察に悪い印象は抱いていない。


「してやられたー。って気はするけど、あんまり……なんていうかな。カードはこっちにあるって余裕というかなんというか」


「あちらもお仕事だもんね。ボクからみてもかなり融通してくれている」


 魔法少女だからと、暴漢相手に暴れてよいというものではない。クレキストに非がないとわかっていても、警察は事情聴取をする職務がある。

 対応が甘いとマスコミなどから警察へ非難が集中しているのに、事情聴取を後回しにしてくれるだけでも、かなり破格な扱いだ。

 このため、魔法少女スコラリス・クレキストは日本政府の要人の娘だの、警察官僚の子だの、金持ちだの勲章持ちだのとネットで言う者たちがいる。


「それに偽タイダルテールとか出てきて、警察も忙しそうだし」


 各所で問題を起こすタイダルテール。だが世間ではおおよそ偽者と認知されている。

 そのほとんどが捕まって、背後関係がないと判明しているからだ。

 これらは小夏が対応することもあったが、大部分の騒動は警察が治めてくれている。

 

 最近では外国人の入国も増えており、その中から悪の組織ごっこやヒーローごっこで騒動を起こす者もいた。

 うわさではCIAが来てるなど、まことしやかにネットでささやかれている。


「ところで小夏ちゃん」

「なんですか? ミンチルさんや」


 小夏は昔話のおばあちゃんっぽい返事をした。しかしミンチルは大真面目だ。


「小桜姫子のことなんだけど……」


「うん……」


 聞きたくなかった。という表情が顔に出る。

 その表情を真摯に見つめ、ミンチルは言い含める。


「さっき言った通り、彼女には警戒したほうがいい。蜘蛛の襲撃の直後に、偶然現れた。これだけで疑っては悪いけど、そのあと君の太ももに触って、そこから魔力を吸っていた気配もある」


 偶然、離れた土地で出会う可能性は理解できる。だが、魔力の流れがあったことは、怪しむ理由になる。すると直前の襲撃は、彼女の仕業と思えてしまう。


「少なくても小桜姫子は、魔力の流れを操った。無意識かもしれないけど、そういうことができる子だ」


「あのさ、姫子さんが仲間ってことはないの?」


「少なくても他人から魔力を吸うような子は、仲間するわけにはいかない。意図的にやったならなおさらだ」


「悪いけど信じたくないんだ。友達ってほどじゃないけど、1年間クラスメイトで今でもあたしに優しくしてくれるし」


「でも、彼女は君から魔力を吸い取ってたんだ。ボクがいなかったら、あのまま君は小桜姫子に攫われたり、魔力を吸い尽くされたかもしれないんだよ?」


 姫子はミンチルの存在に気が付いたかどうかまではわからない。しかし、ミンチルが介入することによって、魔力を吸う行為を止めたのは事実だった。


「そうだとしても」


 スマートフォンの画面をスクロールさせながら、小夏は答える。


「敵だとは思いたくないな」


「そうか」


 ミンチルは仕方ないと顔を洗った。


「魔女が君に対して敵意を持っているかどうかまで、ボクにはわからない。蜘蛛を襲わせたのは、あの子だと思うがあくまで状況的にそう思えただけだ。魔力を吸った事実はどうあれ、君の意志を尊重するよ」


「……ミンチル」


「だけど、ボク個人が彼女を警戒するのは別の話だからね」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 黒猫は椅子の上で、誇らしげに胸を張ってみせた。


 と、この時、SNSを見ていた小夏は、ある呟きを見つけた。


>タイダイテールが都内の港に出現!

<人数が多いぞ! 大規模だ!

>船を乗っ取ろうとしてるぞ!


 ネットにあがる情報は散発的で断片的だが、集団で遊覧船に乗り込み、占拠しているようである。

 フェイクかもしれないが、映像付きなので、多少の信ぴょう性はある。映像までフェイクかどうか、時間が現在なのかまでははっきりわからない。

 それでも小夏は身を起こす。


「近い。ちょっと見てくる」


 小夏はベッドから跳ね起きると、部屋から飛び出して……戻ってきた。下着姿だったということを思いだしたようだ。

 ちゃんと服を着てから、再び部屋から出ていく。


「やる気があるのはいいことなんだけど」


 飛び出していったスコラリス・クレキストと、ミンチルはのんびりと追いかけた。


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