第27話 魔法少女と魔女
駅前の騒動が警察の登場により、一応の解決を見せた時。
「きもち悪かったよー」
魔法少女スコラリス・クレスキトは、スカートの裾を抑えて泣いていた。
その足元では乗馬男が幸せそうな顔で、警官二人に組み伏せられて確保されていた。
これはどっちが被害者で加害者かわからない。クレスキトは力を行使したが、正当な理由があるので難癖をつけなければ厳密には加害者ではないだろうし、乗馬男は痛めつけられたとはいえ暴れた側なので被害者とは言えない。
クレキストが泣いていなければ、悩むことではないのだが、そうでないため乗馬男が彼女に危害を加えて警察に取り押さえられたような光景に見える。
ネットでの反応は──
>スコラリス・クレスキトちゃん!敗北!
<泣いちゃってるよ、クレスちゃん
>クレキストちゃんが負けたようにしか見えない
<警察に怒られてるようにも見えてしまう
>乗馬男は負けてただろぉ
<実質、乗馬男は性的に勝利なのでは?
>性的に負けたクレスちゃん
<クレスちゃんが乗馬男に、おしりをぺろぺろされたのだから被害者なのでは?
>それは取り押さえるためだろ!
<おしりホールドしたクレスちゃんが悪いと思います
>暴れてた乗馬男が悪いにきまってんだろ!
<もうこれわかんねぇな
やはりどっちが何をしたのかわからない。
一方、警官の手を借りたクレキストは、立ち去るタイミングを完全に失っていた。
手の空いている年配の警官は、本部と連絡を取りながらクレスキトに声をかけていた。
「人を守って、立派だと思う。簡単には出来ないことだと思う。誰でもできることじゃないし、君のような人がいたから良かったとも思う。だけど手放しで褒められるようなことじゃないと思うんだ。私はね、褒めたいと思うし讃えたいけどね、君が傷ついたらみんなも悲しいと思うんだ」
「はい……はぁぃ」
活躍し、かつ泣いているのにほとんど説教である。
無論、まだ子供であるクレキストを心配してのことだが、泣いているんだからもう少し配慮とか手加減とか……と周囲の人々は思っていた。
「おじさんもね。君と同じくらいの娘がいるけど、その恰好は……」
「違うんです。好きでこうじゃ……こうなっちゃうんです」
警官の追及は、魔法少女のコスチュームにまで及んだ。悪意をもって取れば、セクハラとも取られかねない。
「巡査部長……それ以上は」
「む、そ、そうだな」
まずいと思ったのか、乗馬男を取り押さえていた若い警官が止めた。年配の警官も、周囲の目に気が付いたようである。
やがて応援のパトカーが到着する頃には、クレキストも落ち着きを取り戻し、周囲からの撮影に笑顔を返せるほどになっていた。
応援の警官たちは、てきぱきと現場を整理する。
すでに何が起きて、どうやって解決し、誰が何をすべきか決まっている様子だった。最初に来た三人の警官と違い、かなり洗練された警察官たちだった。
応援の警官たちは、現場にいた人たちと同じくらい現状を正しく理解していた。
これには警察が新しく採用した110番システムにある。
その一つに、通報者がスマートフォンから110番をすると、専用のアプリなど使わずそのまま動画を警察に送れる機能がある。
この110番映像通信機能により、警察は事件の流れをある程度把握していた。
融通が効かせず、厳密に法を運用するならば、尋常ならざる力を使うスコラリス・クレスキトも危険人物だ。
だが、警察の対応はそうはしなかった。
「ご協力感謝します。できればこの後、ご事情など聞かせてもらいたいのですか?」
応援に来た警察官のうち、階級の高そうな人物がクレキストに声をかけてきた。
「あの、ちょっと、用もあるしそういうわけには……」
ヴァイオリン教室もあるし、警察のご厄介になるのはまずいとクレキストは言葉を濁す。それでも警察官が食い下がるようなら、クレキストは逃げるつもりでいた。
だが、警察官はあっさりと引き下がる。
「そうですか。では後日、署でお伺いという形でお願いします」
「あ、はい」
警察官はあっさりとクレキストを解放し、敬礼をすると乗馬男への対応と現場検証の方へと行ってしまった。
残されたクレキストは、ステッキを抱えて立ち尽くす。
思わずテレビと観衆とネット配信の前で、後日、署に出向くことを承諾してしまったクレキスト。
実は警視庁は魔法少女への対応を、たった一晩で組み上げていた。
魔法少女という存在が事実であれば、接触できてもまず聴取は断るだろう。聴取を受けてくれるかもしれないが、そうなればそれでよい。
対策として断られた場合のマニュアルが、都内の警察官に回されていた。
魔法少女スコラリス・クレスキトが超法規的な存在であっても、約束は守るかもしれない。その想定の元、同行を断られた場合は即日の事情聴取を諦め、直後に「また後日」と畳みかけるという作戦だ。
見事にクレスキトは思わず流れで、「はい」と言ってしまった。
テレビや大衆の前で言質を取ったので、約束を守って出頭してくれるかもしれない。対応した警察は、思った以上にうまくいったと考えていた。
警察は……いや、警察庁と警視庁は
「スコラリス・クレスキトさん!」
「ひゃい!」
警察の次はテレビが声をかけてきた。
事件の取材はテレビの十八番──は、今は昔。
警察相手ならば遠慮もするが、テレビはもはや特別ではない。都会の群衆ともなれば、数人の配信者やSNSでのインフルエンサーがいかねない。
一歩下がって撮影だけするものも多いが、一部はテレビクルーを押しのけてまでクレスキトに声をかけるものまでいた。
さすがにアナウンサーは嫌な顔一つしなかったが、テレビクルーは露骨に嫌がる顔を見せた。しかも素人がでしゃばるな、と怒鳴ったりしたため問題となったがそれはまた別の話である。
ここで将来が有望なお天気アナウンサーは、見事なバランス感覚を見せた。
「スコラリス・クレスキトさん! 皆さんの質問にお答え願えますか?」
テレビが優先という形にせず、皆さんに対応できませんかというスタンスで声をかけた。これにより、殺到した人たちの代表という立ち位置を得た。独占はできないが、反感も買わずに主導権をできるだけ取る。見事なバランス感覚である。
「魔法少女って本当なんですか?」
「ええ、たぶん?」
アナウンサーのとっかかりとして無難な質問を皮切りに、次々とクレキストへ質問が飛ぶ。
「ほかに魔法とかできますか?」
若い女性の質問は、みんなも聞きたい質問だった。クレスキトは戸惑いつつも、嬉しそうに答える。
「ええ、お花とか出せます」
「それはマジック……手品じゃなくて?」
「いえ、こんな感じで」
クレキストがステッキを振るうと、周囲の人たちの手に花が現れた。
さすがに全員ではないが、数十人の手に花が現れるという光景は、それらが全員仕込みでなければ疑いようもない超常現象だ。
花ということもあり、驚愕より笑顔が広がった。
質問が続く。
─タイダイテールとはなにか?
「まだわかりません」
─スコラリス・クレスキトのほかに魔法少女はいるのか?
「まだ仲間はいるって聞いたけど」
─誰から?
「……言っていいのかな?」
─ではノーコメントということで、じゃあスコラリス・クレスキトさんの出身地は?
「地球ってことで」
─戦いは怖くないですか?
「どうかな? 夢中でわかんないです」
そんな質問が続くなか、あることについて聞いた者がいた。
「恋人はいますか?」
「えっ? えっ?」
「好きなタイプは?」
「お……」
「お? なんですか? クレスキトさん」
思わず口が滑りそうになったクレスキトは、群衆の向こうに黒猫を見つけた。ミンチルだ。なにやら身振り手振りで、そこから離れろと猫らしくない動きを見せていた。
「ご、ごめんなさい! もう時間なので!」
「それは変身時間って意味ですか?」
「こ、答えられませーん!」
魔法少女スコラリス・クレスキトは、全周囲から撮影されているため上へと逃げた。
一斉にカメラとスマートフォンが上を向き、スコラリス・クレスキトの遠ざかるパンツを撮影してしまった。
クレスキトは自分の姿態に気が付かず、信号機をカンッと蹴り、次々と街灯へ飛び移りながら、ビルの影へと去っていく。
これを追える人間はどこにもいない。
バイクで追おうとしたものもいたが、加速する前にクレスキトが視界から消え去っていた。未練がましく追いかけているが、再び視界に捉えることはできなかった。
◇ □ ◇ 魔 ◇ □ ◇
非日常体験で、浮ついた様子を見せる駅前。
この光景を見下ろす黒い影がいた。
ビルの最上階。看板の上。そこに立つ少女。長い黒髪が風で左右に分かれ、軽やかになびく。
制服姿の小桜姫子だった。
高所特有の風で、スカートがめくれ上がるのも気にしている様子はない。
調査中に偽タイダルテールの活動に気が付いた清水が、すぐに連絡してきたため、姫子は騒動が終わる前に飛んでここに到着できた。
看板に取り付けられたライトが、地上からの視線を防いでいる。
彼女の足元には子犬ほどもある蜘蛛の化け物もいた。
かさかさと動き、愛おしいと思わせる動きで、姫子の太ももに八つの足を絡ませる。姫子はむずかゆいと思いながらも、蜘蛛の動きを拒絶しない。
「やっと会えた仲間……。と思ったのですが。なにか……どうも違うようですね」
困惑と蠱惑の混じる笑みを浮かべ、姫子を舌なめずりをする。
「でも、
魔女は餓えて、求めていた。
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