第26話 クレキストの公開必殺技!


「畏れ慄け! お馬がまかり通る!」


 駅前通りでは、乗馬男が傍若無人の振る舞いをしていた。


 人が集まっているところに、鞭を振り上げ威嚇するように駆け込み、散らばるとまた違う集団を追いかける。

 乗馬男を囲む野次馬の円が、だんだんと大きくなっていく。


「ご覧ください! タイダル……悪の組織を名乗るタイダイテールの怪人が暴れています! 警察は……魔法少女を名乗る彼女は現れないのでしょうか?」


 長い髪の女性アナウンサーが、乗馬男を指し示してカメラに訴えかけている。

 報道番組のお天気レポートのため、駅前にいたテレビクルーたちだ。騒ぎを聞きつけ、急遽、この事件の取材をせんと駆け付けた。

 本格的な機材をもつテレビクルー。それとは別に、なかなか高価そうな機材で撮影する二人組もいた。

 だが、騒動をスマートフォンで撮影する野次馬に埋没し、あまり目立たなかった。


 一方、乗馬男は暴れに暴れていた。


 駅前店舗ののぼり旗を蹴り倒したり、立て看板を横倒しにしている。迷惑行動だがとても破壊活動とは言えない。

 

「走れ! 走れ! 差し込め! 走れ、思いのママ娘!」


 ガードレールにまたがって、支柱を乗馬鞭で叩く乗馬男。

 ただの不審者か、酔っ払いである。


 この光景を見て、野次馬の誰がポツリとつぶやいた。


「つまんねーなぁ、アレ」


 乗馬男の鞭捌きが止まった。


 乗馬男の正体は、再生数の伸びない動画配信者だ。

 煽りとも思える声を、群衆の中から聞き取って乗馬男は逆上した。


「なんだよ! 誰だよ、いまつまんねーって言ったのは!」


 乗馬男がにらみつける先に一団は、一様に目を逸らした。馬マスクの目線がどっちを向いているかわからないが、とりあえず鼻先が向けられている方の一団だ。


「顔見せて言えねぇとかビビりすぎんだろ!」


 お前が言うか。誰もが思った。

 乗馬男も顔は見せていない。

 なんということでしょう。心が巧みにリフォームされ、棚がいっぱいある精神の部屋をお持ちのようである。


 そんな中、一人の眼鏡をかけた女子中学生の目が乗馬男と目……いや乗馬男の覗き穴の中にある目と目がが合ってしまった。


 そして、その少女は弱々しかった。

 赤いリムの眼鏡の少女は、被虐を誘ってしまうそうな子で、大きな胸を隠すように身を捩る。


 乗馬男はが合った少女にをつけた。


「なんだ! この巨乳……いや爆乳め! このムチで叩かれたいのか!」


 マスクで気が大きくなっているのか、それとも暴れたせいで勝手にテンションが上がり、自分を抑えられなくなっているのか。

 乗馬男は少女に向かって、乗馬鞭を振り上げ走りだした。

 少女の周囲に人が多く、すぐには逃げられない。足もすくんでいる。


 少女の目の前までくると、脅すつもりだけだったのか、乗馬男の動きが少し鈍くなった。しかし、周囲の野次馬の悲鳴とも歓声とも言えない微妙な反応に、乗馬男は無駄な覚悟を決めて鞭を振り下ろす──。


「ハート・アングルス!」


 凛とした声と青い閃光が走って、乗馬男の持つ鞭が弾け飛んだ。


 その場にいた全員が弾けた鞭を見て止まった。


 この状況で、青い閃光を放った存在を見つける者は、どのような才能を持った人物なのだろうか?


 気が付いた人物は、鞭で叩かれそうになっていた眼鏡の少女だった。


「あ……スコラリス・クレキスト……」


 近くにいた者、叩こうとしていた乗馬男。だんだんと視線の波が上を向いていく。

 

 視線のすべてが集まる信号機の上に、スラリと立つ青い薄着の少女。


「なんか暴れてるけど無害そうだったからまーいっか、って見てたけど、女の子に手を挙げるっていうなら、このスコラリス・クレキストが許さないからね!」 


 前口上、さざなみ、ざわめき、とどろき、歓声!


 物足りない日常に、乗馬男という物足りない非日常。それらを吹き飛ばす本物の非日常が、駅前に降り立った。

 漫然とテレビカメラを向けるクルー。そこは流石プロと専用機材。スパッと中央にスコラリス・クレキストの映像を捉え、まったくブレてもいない。

 スマートフォンで撮影する一般人は、手が震えてまともな映像で取れている人は少ない。

 次に冷静な行動ができた者は、お天気レポーターだった。 


「ご覧ください! 本物です! 魔法少女を名乗る……いいえ、魔法少女が我々の前に現れました!」


 歓声を抑えるように、身をかがめてマイクを包み、出来る限り聞き取れるようにとアナウンスした。


 一方、現場にいないSNS勢は──。


>クレスちゃん! 見えちゃう!

<登場場所、あってるけどまちがってる(コスチューム的な意味で

>どうやって信号機に登ったんだ?

<ばっかおめー、飛び乗ったとか上から飛び降りてきたに決まってるだろ

>信号機よじ登るクレスちゃんかわいい


 興奮してはいるが、どこか余裕があった。


 そして現場、騒動の中心。乗馬男の反応は、少しクレキストの想定と違っていた。

 ふらふらと信号機の下まで歩いていくと……。


「サ、サインください! クレスちゃん! このマスクに!」


 あろうことかサインをねだった。

 

「はあ? なに言ってんの? この怪人?」


 スコラリス・クレキストは塩対応だった。怪人に恨みはないが、無抵抗な少女を叩こうとした人物に優しくするつもりはなかった。


「バカなこと言ってないで、今すぐ、そのマスクを取って降参するなら」

「サインくれるんですか?」

「しないから!」


 クレキストは憤りをあらわにして、ダンッと信号機の上で地団駄を踏んだ。

 すると──


「あ、白」


 下から見上げていた乗馬男は、自然とクレキストの短いスカートの中を眺めることができた。


「んにゃ!」

 

 スカートを抑え、信号機から飛び降りるクレキスト。

 ぐぬぬと唸りながら、乗馬男に確認を取る。


「……し、白?」


「白かった」


 乗馬男は頷きながら答えた。

 それを聞いて、クレキストは不用心にも背を向けた。


「ええ、なんで? 前、上下同じの薄青だったよね?」


 そっとスカートをめくって、確認してみるクレキスト。


「パンツじゃん! これ!」

 

 スカートを抑えて身を小さくして向き返ると、顔を真っ赤にしてクレキストは叫んだ。


「ここここ、このタイダルテールの変態怪人め!」


 タイダルテールは変態。観衆は覚えた。

 風評被害で、悪の組織タイダルテールは大きなダメージを受けた。

 

 一方、乗馬男は目の前にいたということもあり、クレキストの様子がおかしいことに気が付いた。


 クレキストはパンツと知ってしまったため動きが悪いのだ。足を上げられないどころか、内股気味にジリジリと後退りしている。


 クレキストが萎縮しているの見て、乗馬男は増長した。


「いえーい! これから魔法少女スコ……スコティッシュ・クレスちゃんにおしおきしちゃうね!」


 馬マスクを左右に振り、乗馬男が腕を拡げて迫る。

 クレキストは生理的嫌悪が沸いた。

 

「調子に乗るな!」


 クレキストにセクハラしようと、わきわきとした手を伸ばす乗馬男。

 だが彼女が本気を出したら、そこらの男など敵わない。


 スパッと空を切る音がして、乗馬男の身体がくるりと回った。

 馬のマスクが遠心力で吹き飛ぶ。

 

 髪をシルバーに染めた冴えないたれ目の男が、何が起こったかわからないという顔で空を眺めていた。


 その顔に向け、クレキストの太もも落ちた。


「ぶぶっ!」


 投げ飛ばした乗馬男が地上に落ちる前に、クレキストは関節技を決めて抑え込む。

 頭から地面に落ちることはなかったが、乗馬男はクレキストの右足で顔を抑えられ、身動き取れない形になっている。

 ややうつ伏せぎみの半身に倒れた乗馬男の腕を、クレキストは前からかかええ寄せて関節を極めていた。そして乗馬男の背中を左足で跨ぎ、首に右足を搦め手ふくらはぎと太ももで顔を抑え込むという形だ。

 この関節技を維持するためには、おしりを乗馬男の素顔に押し付けなくてはいけないという問題があった。


 クレキストが考え無しに動いたため、完全なご褒美固めとなっていた。

 

 ネットでは、


>うらやまけしからんうらめしい!

<クレスちゃんのおしり締め!

>ご褒美だろこれ!

<うまくやりやがって!

>死刑にしろ!


 大騒ぎである。


「ふぐ! ふぐ~! むごごー! むぉっとー!」


 腕をねじ上げられ、太ももとふくらはぎとおしりに圧迫され、苦しそうに、だが嬉しそうな顔でもがく乗馬男。その度にクレキストが悲鳴をあげる。


「ひゃ! や、やめっ! んにゃーっ! こ、この! 動くな、変態!」


 クレキストは後悔していた。だが、やってしまったので、もう放せない。

 完全に無力化したのに、逃がしてしまって何かあってはまずい。

 しかも即興の素人関節技であったため、いまいち安定が悪かった。

 懸命に抑え込もうとするたび、乗馬男は半端な腕の痛みでもがく。その反応でおしりを刺激され、またクレキストがビクッと跳ねる。また腕の痛みで乗馬男がもがき、パンツ越しに荒い息を感じ、クレキストが跳ねるという悪循環だった。


「どうしたー!」

「なにをしているーっ!」

「はい、どいてー、みなさんどいてくださいー」


 ようやくここで警官たちがやってきた。


「やーっ! はやくー、おまわりさーん! 助けてー!」


 がっちりと関節技を決めている魔法少女が、警察に助けを求めるという珍しい光景がそこにあった。


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