第16話 コンセプト=ヒーロー


 ウインドミルアッパー男が宣言を放った時、小夏は駐車場でやっとミンチルと合流できた。

 ミンチルは群衆の足元から飛び出して、駐輪場まできた小夏の元に駆け寄る。


「小夏ちゃん!」


「ミンチル! どうしよう!」


 野次馬たちは炎上する車とウインドミルアッパー男の無駄なシャドウボクシングに気を取られ、猫と会話する小夏に気が付かない。

 実のところ、小夏は興奮状態だった。集まる群衆たちがそうであるように、小夏も精神はまだ一般人と変わらない。


「何言ってるの! 小夏ちゃん! 変身だ!」


「え? いやだし」


 まさかの拒否。

 ミンチルは固まった。


「だって、人いっぱいだよ。みんな見てるよ! 知り合いに見られたら……って、リリカが上にいるじゃん!」


「ああ、それを心配しているのか。大丈夫だよ、変身の瞬間さえ見られなければ。髪の色も変わるし、顔を見られても同一人物には思われない。撮影されて拡散されて、人気者になろうと、小夏ちゃんとスコラリス・クレスキトが、同じと思われることはない。そういう風になっている。……絶対じゃないけど」


 最後の一言は小さかった。なによりすでに、変身するところをタイダルテールの戦闘員に見られているのだ。

 今からでも警戒するに越したことはない。ミンチルは対策を考えておこうと決めた。


「そうなんだ。でもさ、あんな恰好であんな恰好のヤツと戦うのはちょっと……。あの恰好、なんとかならない?」


 まさかのコスチューム問題が上がった。

 そうして躊躇している間に、動きがあった。


 ウインドミルアッパー男が風力発電機の柱……タワー部分を殴り始めた。

 響き渡る破壊音、きしむタワー基部、傾く奇怪な音。

 野次馬があげる歓声が悲鳴に代わり、それが小夏の背中を押した。


「あたしがやればいいんでしょ! あの恰好で!」


 覚悟が決まれば早い。小夏は光ながら駆けだした。

 見上げる群衆と逃げる人々の中、小夏はスコラリス・クレスキトへと変身した。


 もしも偶然、SNSにアップ中で撮影していたスマホに捉えられていたら、アウトとなる行為だった。

 しかしもう躊躇はできない。

 タワーから脱落した外壁が、逃げ遅れた二人の子供たちの頭上に迫っていたからだ。


 手を伸ばす母親の悲鳴から生まれて飛び出たかのように、その横から青い少女クレスキトが残光を引きつつ駆け抜けた。


「やべ……。来たか!」


 異常に気が付いたウインドミルアッパー男が振り返り、猛然とクレスキトに向かって駆け出した。そしてがむしゃらとも思えるスイングパンチを繰り出す。

 青い光を残す少女は、その大振りフックを低くかわして、逃げ遅れた二人の子供を抱えてガレキの下を滑り抜ける。


 一瞬、ガレキが空中で止まったように見えたのは気のせいだろうか?


 クレスキトとウインドミルアッパー男が駆け抜け、誰もいなく駐車場の歩道にガレキが墜落した。

 落下音と巻きあがるコンクリートの埃。

 事態が見えていなかった人々の悲鳴と、謎の青い少女とウインドミルアッパー男の交差と救出劇を見た人々の歓声が交じり合う。

 人的被害はなかった。子供を助けるため、屋上で力を行使したディスキプリーナは胸を撫でおろしている。


 群衆たちも被害がなかったことに気が付いた。SNSも大騒ぎだ。

 風力発電機のタワーを破壊する怪人と、巻き込まれそうだった子供たちが助かったことと、少々露出の激しい魔法少女のようなの登場に。


 とあるリアルタイム双方向性のSNSでは──


>嘘だろ…

<魔法少女…だと?

>コスプレはいはいコスプレ

<見たか?今の

>見た

<見えた

>なにが?だよ

<スカートの中

>おまえの目は節穴だ

<そうはいうがな。こんなエロいコスしてるJSだぞ

>JCと見た

<そんなことより今録画してたのスロー再生してるけど速すぎる!

>これもうこんなの出てきたら映画の撮影確定だよ

<いやリアルだって!現場で見てみろ!


 信じていない声も多いが、信じていない者も疑っている者も興奮を隠せていない。興奮の大部分が、クレスキトの煽情的な姿が原因かもしれないが……。


 子供たちを助けて両脇に抱えたクレキストは、スピードそのまま縁石に足を当てて滑り込んだ勢いを立ち上がるエネルギーに変えた。

 かなり不自然な動きだ。

 彼女は自然と魔法を使っている。これに気が付いたのはディスキプリーナだけであった。


「ちょ……あたしが飛び出した瞬間、攻撃してくるとかありえないんだけど! あ、だいじょうぶだった? 僕たち?」


 クレキストはウインドミルアッパー男に文句をつけた後、すぐに冷静になって恐怖で引きつる兄弟の子供を案じる。

 文句をつけられたウインドミルアッパー男は、またもシャドウボクシングをしていた。


「がはははっ! BORN TO KILLだよ! これを避けるとはやるな! 貴様! ほめてやるぞ!」


 内心ウインドミルアッパー男こと志太は、冷や汗をかいていた。

 想像以上にタワーの剛性が弱体化していたため、数撃で崩壊を始めるとは思っていなかった。逃げ遅れた子供を助けるため、急いで駆け出したのだ。しかし、クレキストが駆けつけてくれたのと、ディスキプリーナが力を行使したのを見て、安心して大振り攻撃を放ったのだ。


 手加減したとはいえこれを避け、かつ華麗に子供たちを救ったクレキストに志太は満足していた。


 ひとまず志太は余裕を見せ、クレスキトが兄弟を母親に送り届けるまでシャドウボクシングを行うことにした。

 間が持たないとシャドウボクシング。ウインドミルアッパー男はハイカロリー消費で、なんとなく汗臭い。


「あああありがとうございます」

 

 母親は感謝はしているのだろうが、クレキストに少し警戒している様子だ。

 それもそうだ。助けてくれたとはいえ、異常事態に異常な恰好で出てきた少女。近くないとはいえ、視界内でシャドウボクシングをしているウインドミルアッパー男。崩壊しているタワー。炎上している発電機と車。


 この状態で丁寧なお礼をできるわけがない。


 一方、まだ事態がわかっていない幼い兄弟は、逃げる母親に抱かれながら無邪気にクレキストに手を振っている。

 手を振り返して、クレキストは笑みを解いた。厳しい表情で振り返る。

 視線の先には、シャドウボクシングを止めたウインドミルアッパー男がいる。 


「さて、と。覚悟を決めますか」


 青い光を右手から放ち、魔法のステッキを取り出し振舞わすクレキストは、小さく呟いた。

 そしてステッキを構え直し、まるでホームラン予告のようなポーズで言い放つ。 


「タイダイテール! あんたたちの人様への迷惑っての考えなさいよ! これ以上やるなら、このスコラリス・クレスキトが許さないから!」


 世界は今日、タイダイテールの脅威とスコラリス・クレスキトの存在を知った。


 

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