第15話 風が常識を吹き飛ばす!


「よくわからんが、破壊対象を限定する? でいいのか」


 小夏が病院を訪れる少し前、志太はディスキプリーナからこれからの計画の概要を聞かされていた。志太の納得が浅いと見たアーは、ガーとペーにも周知させるため、それとなく計画を纏める。


「総統。つまりこういうことですね? タイダルテールはモニュメントの破壊が主目的。という設定で、作戦ごとに最低一つのモニュメントと見立てた構築物を破壊。それ以外は極力破壊しない。そういう意味ですね?」


 横でアーがまとめてくれた内容を聞いて、志太とガーとペーはあーっと納得した顔を見せた。

 ディスキプリーナはアーのアシストに満足しつつ、鷹揚に何度も頷く。


「うむうむ、そうじゃ。人的被害がなく、それでいてその脅威が感じられ、ある程度の破壊活動を行う必要があるからな。しかし、壊せばいいというものではない。世間にかける迷惑と被害は少ないほうがいい」


「しかし壊していいものっすか。難しいっすね。怒られません?」


 ペーは誰に怒られるのを気にしているのか?

 ディスキプリーナは少々気になったが、問い詰めるつもりはない。


「悪の組織なのだから、怒られるとかはどうでもよい。破壊対象は吾輩が選ぶ。例えばじゃ。老朽化し負債となった利用されない大型の施設。解体費の出ない巨大煙突。解散した怪しい団体が残していった怪しい彫像。故障したが解体資金が出ぬ風力発電機など。これらを我らが勝手にモニュメントと呼称してし、破壊する」


「そうですか。う~ん……負の資産の破壊も純然たる犯罪ですが、被害を受ける者は最低限、最小化、矮小化させ、かつこちらの都合で選ぶわけですね」


 アーの理解は早い。


「そうじゃ。そしてそれら建造物を容易く破壊できる存在。それを示すことで誰も傷つけず、同時に人々へ恐怖を与える」


「……待て」


 黙って聞いていた志太が、渋面を浮かべて手をあげた。


「壊すのオレ様か? 物理でか? 人力でか? そりゃ昔、南米で麻薬カルテルのボスが突っかかってきたから、そいつの鉄筋コンクリートの家くらいは潰したことはあるが」


「す、素手でですか?」


 アーがたまらず尋ねた。志太はそんなわけねぇだろ、と手をパタパタと振る。


「バカ言うな。途中からコンクリのガレキも使ったよ」


「途中までは素手だったんですね……」


 アーの立ち姿が揺らいだ。常識的なアーは、志太の実力をまだ理解できていない。


「それでもなんだかんだで一時間はかかったぞ。トラックくらいな30秒でいけるが」


「い、いけるんですか。トラックを……」

「秒殺か」

「ストリートファイターいけるっすね」


 実力をそばで見ているアーたちだが、最強の存在から過去の話を聞いて冷や汗を隠せない。 

 言葉を失ったアーたちに代わり、ディスキプリーナが志太の疑問に回答を出す。


「安心せい、志太よ。そこは吾輩がこっそりと、物体の弱体化をしておく」

「不思議な力さまさまだな」


 それはいい。と志太は計画に乗ることにした。


「一回、なんでもいいから世界遺産ってのをぶっ壊してみたかったんだ。いいか?」

「よくないわ。話を聞いておったか?」


 できる限り不要と判断される物を壊すという前提を、志太は忘れているようだった。


「はっはっはっ。冗談だ、冗談だよ。…………でも、なんか壊していい世界遺産とかあるだろ?」


「ないわ! 粛清するぞ!」


 ディスキプリーナ総統は杖を振り上げ、たいへん悪の組織らしいことを叫んだ。



  ◇   □   ◇ 人 ◇   □   ◇



 小夏がリリカの見舞いで病院を訪れていたため、早速、準備しておいた計画が実行された。


 志太は病院から出るなり、ディスキプリーナへ連絡。小夏が見舞いに来ていると伝える。元々、小夏がリリカの病院を訪れていた時の計画があったのだ。

 連絡を受けたディスキプリーナは文字通り飛んで病院の屋上に到着。破壊対象の故障した風力発電機を、脆くなる魔法を使った。

 その間に、志太は扮装をする。

 

 ヘッドギアを改造した仮面とボクシンググローブ。丈の長いボクサーパンツのみというこれまた安普請スタイルだった。またも裸足であるが、これは巨大な風力発電機の上に上るためである。さすがの志太も、ボクサーシューズで登るのは危ないと思ったようだ。


 風力発電機のてっぺんに立った志太は、特殊な呼吸法と発声法で、病院のみならずその周辺まで響き渡る大声で名乗りをあげた。


「オレはウインドミルアッパー男! この発電量の怪しい風力発電機! きっとモニュメントに違いないだろう! がはははぅ!」


 周囲に響き渡る大声にも関わらず、近くの者が耳をふさぐほどではない。ディスキプリーナも驚く不思議な発声法であった。

 人々が何事だ? 変質者か? と集まってきたところ見て、シャドウボクシングをしながら志太は再び声を張り上げた。


「モニュメントの破壊を持って、タイダルテールの世界征服の狼煙のろしとする! 愚民どもよ! よく見ておけ!」


 この異常な事態と突飛な発言のせいで、集まる野次馬たちに事件だと感じる空気はない。

 次々と人が集まり始めて上を見上げる中、1970年代前半に販売された一台の古い軽規格ライトバンが病院の駐車場に入ってきた。50年前の排ガス規制にすら適応できなかった、直列二気筒横置エンジンのドコドコという音がどこか懐かしい……と思える人は、ご年配である。


「ノリノリっすね」


 軽ライトバンを運転してきた黒装束のペーが、狭い車内で首を捻り風力発電機を見上げていった。


「なんでも以前、戦ったことのあるヤツラの真似をしているそうじゃ」

「またどうしてそんなこじれたことを……」


 ガーの説明に、ペーは呆れた。


 変な男が風力発電機の上に登って、おかしなことを叫んでいる。人々が集まり、スマホで撮影しながら、SNSにちらほらとアップされ始めた。


 SNSでは──


>アブねぇ!

<危ない男だ。二重の意味で。

>なにこれリアタイ? 映画のシーン合成?

<同時刻で、いろんな画角の映像あるから違う。

>こういう迷惑なバカがいるからうんぬん……

<あの足場であのシャドウボクシング。ただもんじゃねぇぞ。

>ボクシングトレーナーきました。

<お……おれがコーチしてやるぜ。あ……あしたのために……。


 などと大騒ぎだ。


 そのころを見計らって、ディスキプリーナは志太にゴーサインを送った。

 やっとか。と志太がシャドウボクシングを止めた。

 そして高くジャンプして飛び降りた。


 まさかの飛び降りに、地上では悲鳴が上がり大騒ぎとなった。病院から様子を見ていた医者や看護師たちも、いやな出番が出てしまったと腰を浮かせた。


 だが、群衆たちはわが目を疑い、常識が崩れる光景を目撃した。


「ウインドミルッ! ストレートッ!」


 高くジャンプし、落下を始めたウインドミルアッパー男は、ぐるぐると回していた右腕でストレートを放った。

 風力発電機の本体に拳が直撃。トタン板が落ちるような騒音と、花火がさく裂するかのような轟音が響き渡り、大砲でも命中したかのように発電機部分と折りたたまれたプロペラが吹き飛んだ。


 さきほどまでののような悲鳴ではなく、自分に及びかねない危険を感じたが大きく響き渡った。


 叫び、驚愕する。


 吹き飛んだ風力発電機は、病院の駐車場に長く放置されていた自動車の上に落下し、爆発、炎上した。


 赤い炎と黒煙を背景に、着地したウインドミルアッパー男が立ち上がる。

 緑色のヘッドギアとボクサーグローブが、赤い炎を背景として輝く。反対色であるため、輝いて見えるのだ。

 悲鳴を上げて立ち尽くす者たち。スマホのカメラを向けたまま、SNSにライブで公開しつつ、声を失いつつも興奮する群衆。

 逃げるものをいたが、それは少なくまださざ波のように静かだった。

 

 あの脅威が、こちらに向くと思っていない。どこかという油断がある。


 戦車砲のようなパンチ。風力発電機から飛び降りて無傷の男。振り回す腕から放たれる風圧が、黒煙を打ち払う。


「恐れよ、古い時代の人間たちよ! 今! ここに! タイダルテールが世界へ宣戦布告をする!」


 五月晴れの日曜日、世界は悪の組織タイダルテールの脅威を目の当たりにした。


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