第14話 お見舞いで百合は避けましょう


「せっかくだから、ボクはこの周りを調べてみるよ」

 

 前向きな小夏に感化されたのか、ミンチルも前向きに居残りを有効利用することにした。

 小夏が駐輪場に自転車を止めると、バックから飛び出して気ままな猫の振りをして植え込みから裏手の公園へと向かう。

 目撃者がいたならば、猫が逃げ出したと思えるところだろう。


 公園と病院の境界には、風力発電機が立ち並んでいる。不調な一基を除いた五基がクルクルと風を受けて回っていた。


「1時間くらいで戻るからね、ミンチル!」

 ミンチルを見送ってから病院のロビーを抜け、見舞いの手続きを済ませる。


 五階へと向かうエレベーターの中、ふと小夏は思う。

 変身しなくても魔法が使えるのではないか? などと、余計な発想が浮かんだ。

 

「お見舞いといえば花。花が欲しい。魔法で出せないかな?」


 タキシード姿の男性が持つステッキから、造花が出るイメージ。それは魔法ではなく、ショーマジックなのだが、小夏の持つ魔法のイメージはそんな物だ。 


「出てこい、お花!」


 念じて一発。花のように拡げた手から、小さな花束がふわりと現れた。定番のガーベラで、時期的にもちょうどいい花束である。


「なにこれ! 魔法、最高じゃん!」

 リボンもイメージ通りで、小夏は満足した。

 

 この場にミンチルがいたならば、驚愕したことだろう。

 変身していない状態は、世界規模のシステムロックがかかった状態である。魔法は使えないはずだ。にも関わらず、小夏は魔法少女に先入観がないがゆえに、昨日は魔法が使えたという先入観から成功させてしまった。


 げに恐ろしきは才能である。


 ディスキプリーナが持っているようなヒーローアクションを行う魔法少女のイメージが強ければ、花を出すというささやかで、日常的で、即物的な発想すらなかったことだろう。


 小さな横着。

 システムロックされた隙間を縫う小夏の魔法と才能。

 これを見ていたのは、エレベーターに設置された病院の防犯カメラだけであった──。


 五階にたどり着いた小夏は、花束を片手に入院患者と看護師たちの合間を抜け、案内板を頼りにリリカの部屋を探し出す。

 個室のドアは解放されており、看護師がリリカの体温チェックを終えたところだった。


「こんにちはー」

 

 声をかけると、リリカと看護師が顔を上げて小夏を見た。

 寂しかったリリカは本を置いて、ハグを求めるように両手を上げる。


「こなっちゃーん!」

「リカー!」


 ノリのいい小夏はリリカのハグに応え、とととっと小走りして抱き着いた。


「リカ、結構、元気そうじゃない?」

「お医者さんが言うに、治りがいいらしいんだよねぇ」

「骨折が治るの早いとか、モンスターかな? あと匂いも!」

「うるさい。入院中でお風呂入れないの! こうしてくれる!」

「うぎゃあっ! くるしー! でへへ」


 リリカは匂いで落としてやると言わんばかりに、小夏の小さな身体を強く抱き寄せ胸にうずめた。

 小夏はなぜか嬉しそうに、リリカの胸にうずもれつつ左手でも柔らかさを堪能しているようである。


 バイタルチェックを終えた看護師は、「てぇてぇ……ごゆっくりぃ~」と言いながら退出していった。

  

「……こなっちゃん? なんか髪とか切った? ん? 軽くなった?」

「別に~。なんにも~」


 異変に気が付いたリリカは、真顔になって胸の中で遊ぶ小夏の姿を見つめる。

 一方、小夏は「おっぱいの遊園地じゃ~」と満喫していて、リリカが異変に気が付いていることに気が付かない。


 ディスキプリーナが目をつけているだけあって、リリカも魔法の才能がある。傷の治りが早いのも、タイダルテールが裏で手を回しているのもあるが、大部分は余剰魔力のおかげだ。

 小夏の変化は一目ではわからないだろう。しかし、こうしてじゃれ合うと気が付いてしまうのだ。だが、もちろん世界のシステムロックを外して、魔法少女になっていると疑うなど埒外らちがいの発想にはいたらない。


 あくまで女の子のちょっとした変化、そういう常識的な気が付きに考えが至る。


 いぶかしがりながらもるリリカと、それに甘えて堪能している小夏。

 その百合百合しい空間を、不埒にも引き裂く許しがたい『悪』が現れた。


「おーい、ドアが開いてるから入るぞ。……なんだ、お前もいんのか」


 中学生の姿になっている出杉志太こと、適菜志太だった。


「出杉くん、死んで。病院だからどうぞ」

「なにが、なんで、どうしてだよ」


 リリカは渡さないぞ、という顔でリリカに抱き着いたまま志太を睨みつけた。

 察せない志太は、文句をありそうな顔で入室してきた。


「なに勝手に入ってきてるのかな? プリン先生に任されてるからって、勝手に入るとかないから」


 小夏は別に志太を嫌っているわけではない。男子が苦手とか嫌いとかいうわけではない。むしろ男子生徒と分け隔てなく仲良くできて、そのせいで勘違いされるタイプだ。

 リリカのおっぱい楽園から現実に引き戻されたせいで、怒っているのである。


「月曜の提出物を受け取りに来たんだよ。なんだよ、なんなら岸。お前がやるか?」


「やる。……ごめん、やっぱなしで」


 やる気はあった。しかしモニュメント捜索とタイダルテールとの戦いや、普段の習い事でそんな暇はない、と気が付いた小夏は慌てて断った。


「だろう? 面倒くさいからな」

「ごめんねー。こういうのもタブレットで記入できればいいのねー」


 志太に申し訳ないと頭を下げながら、リリカは提出物を渡す。デジタル時代なのだから、ネットで済ませらればいいのに、という意見を志太はあまり理解していない。中身が七十歳だからだ。

 


「邪魔したようだし、連絡もないからオレ様は帰る」

「ごめんねー。ありがとう」

「かえれーかえれー」


 頭を下げるリリカに、頭をうずめる小夏。

 呆れかえる顔で、志太はその場を後にした。


「じゃ、リリカ。このまま1時間ほど寝るね」

「なんでじゃ!」


 見舞いの小夏が胸の中で寝ると言い出し、入院患者であるリリカが小突いた。

 そうしてリリカが引き離すまで、胸を堪能した小夏であった。


「こなっちゃん、学校じゃやめてよねぇ」

「はいはーい」

 

 懲りてない様子の小夏。それを見ていたリリカの笑顔が引きつった。

 小夏は拒絶されたのかと思った。しかし、すぐに彼女の視線が背後の窓の外に向けられていることに気が付く。

 振り返るとそこには、日常的ではない光景があった。


 窓の外。故障して止まっている風力発電機の上で、ウインドミルトゥータッチをワンツーワンツーと繰り返すボクサーパンツ一丁の覆面の男がいたのである。

 またも裸足だ。


「オレはウインドミルアッパー男! この発電量の怪しい風力発電機! きっとモニュメントに違いないだろう! がはははぅ!」


 窓を閉めていても聞こえる大声で、ウインドミルアッパー男を名乗る怪人がシャドウボクシングを始めていた。

 高所で危険ということもあり、病院の駐車場と公園では人々が騒ぎ始めていた。


「まさか、タイダルテールの怪人? ごめん、リリカ! すぐ戻るから!」

「え? こなっちゃん! 行っちゃった……」


 小夏は思わずタイダルテールの怪人などという単語を口走り、花束を水も入れてない花瓶に突き刺して飛び出していった。

 風力発電機の上に乗った男と、小夏が出て行ったドアを交互に見やりリリカは呟く。


「なんか……こなっちゃん、関係あるの? アレに?」


 魔法少女候補となるだけ、リリカも勘の鋭い子であった。

 

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