第13話 トマソンではないモニュメント


 小夏が報酬という言葉に釣られ、それほど深く考えないで、悪の組織タイダルテールとの戦いを承諾した翌日の日曜日。

 

 見回りを兼ねて、小夏は地元をあちこち自転車で移動していた。動きやすいようにオーバーサイズ気味のスポーティーなウェアと、下にはスパッツにスニーカーという軽装だ。

 

「久々に近所をのんびり走るけど、たまにいいもんねー」


 小学校時代は行動範囲が狭かった。中学生になり、電車も利用する頻度が多くなっていた。

 小さい頃に遊んだ公園や、小さな文具店の前を走っで懐かしむ。


「ねえ。ミンチル。この街のあいつらが捜してるものがあるの?」


 休憩を兼ね線路沿線に自転車を止めた小夏は、ペットボトルの水を飲みながら自転車カゴのバッグに入ったミンチルに尋ねる。


「うん。モニュメントと呼ばれるものがどこかにあるはずなんだ」


 小夏は水をミンチルにも分けようとした。しかし、ミンチルはカゴに乗っていたため喉は渇いていないので、口をつけようとはしない。


「モニュメントねぇ。それどんな形してるの?」


「ごめん。それがわからないんだ……」


「探しようがないじゃん~」


 ダメじゃーん、疲れただけー、と小夏は自転車のハンドルに突っ伏した。

 ここまで協力的だった小夏が、サボタージュしかねないとミンチルは慌てた。


「で、でもタイダルテールも知らないんだ。ボクはモニュメントが『役に立たない建造物なのに、そこにあることを周囲にいる人が受け入れている』と知ってるんだ。その分、有利だよ!」


「なんだかわからない建造物って、結構あるよね」


 小夏は沿線の家を見た。偶然、その家はミンチルの言うモニュメントの条件に合う構築物があった。

 家の脇に謎の古びた階段があり、テラスになっているのかと思えばまた降りる階段がある。意図がわからない。


「ねえ、ミンチル。アレみたいなの?」


「いや、そうだけど、そういう超芸術トマソン的なものじゃなくて」

「なに? トマソン?」


 どう説明したらいいのだろう。と、ミンチルは唸った。


「とにかく~。そんなに広くない街とはいえ一人じゃ無理ぃ」


「とにかく仲間がいるね」


「仲間? ……ああ、あたしだけそーいう才能があるってわけじゃないよね。他にもいるんだ? そっち探して人手を増やした方がよくない?」


「それもいい手だと思う」


「でしょー」

 

 小夏はミンチルの耳を突きながら、あたしってば天才でしょーと自画自賛する。


「だけど……タイダルテールの怪人と戦えるほどとなると、あんまりいないとは思う」


 耳をパタパタとさせながら、ミンチルは残念な事実を伝えた。小夏はまたテンションが下がった。


「仲間。仲間……ねぇ」


 小夏が急に寂しそうな表情を見せた。ミンチルがどうしたのか、と尋ねようとしたとき、脇の線路を電車が通過して行きタイミングを逃す。


 小夏は小学生時代に仲の良かった少女を思いだす。

 眼鏡をかけ、あちこち成長著しい大人しい女の子だ。

 中学生になってクラスが別になってから、疎遠になってしまったが、彼女のような気の合う仲間ができればいいのに、などと考える。


 電車が走り去ると、ミンチルが口を開く前に小夏が提案する。


「あのさ。モニュメント探すにしても、あたしとか立ち入りできないところとかあるじゃん。それに今の時代、どこにでも防犯カメラがあって、人の目に付いたらスマホで撮影されちゃうし危なくない? 魔法でそういうのもなんとかできるの?」

 

 小夏は慎重だった。

 直感で動くタイプではあるが、思慮がないわけではない。ミンチルはそんな彼女に信頼感を持つ。


「小夏がどういう魔法が得意で不得意化、わからないけど練習さえすればできると思うよ。いますぐには無理だけど、秘密のアジトを用意できれば、そこで練習できる」


「アジト? アジトって普通悪役の方じゃない?」


 小夏は休憩は終わりと、自転車を漕ぎ始めた。

 ミンチルはバッグの中に隠れ、隙間から覗きながら会話を続ける。


「イメージ的にはそうだけど、安全なエリアって必要でしょ? 仲間が集まったら、集合したり会議する場所だっている。ファミレスなんかで『悪の組織が』とか『魔法が』とかできないでしょ?」


「会話のそれはアニメやゲームの話かと思われると思うけど……。いや、敵に気が付かれるとか正体がバレる可能性があるのか」


 反論しようとした小夏だったが、すぐにリスクに気が付いた。

 アジトってどんな風になるんだろう、と余計なことを考えながら小夏は自転車を漕ぐ。


 やがて総合病院の前を通りかかった。

 車の出入りが激しく、小夏は信号に引っかかった。 

 事故でリリカが入院している病院だと思い出す。


「あ、そうだ。ついでにお見舞いしていこっかな」


 信号が青になると、横断歩道を渡って病院へと自転車を走らせた。

 駐車場に入ると、駐輪場までは自転車を押して歩く。状況に気が付いて、ミンチルは辺りを見回して戸惑った。

 

「え? 病院? ボク入れるの?」


「入れないねぇ」


 小夏の思いつきで、可哀そうにミンチルはお留守番となった。

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