第12話 アルファルドのミンチル

 

 岸小夏は魔法少女スコラリス・クレスキトの姿を裏路地で解除し、黒猫のような不思議な存在を抱えて帰宅した。


「ただいまー」


 細長く見える間口の家で、奥行きが長い。

 岸家は一般的な家庭である。両親は共働きであるが、母はクリエイティブな仕事をしているため、比較的時間の自由度が高い。

 今日は仕事の打ち合わせで、不在のようである。


 ひとまず黒猫? の説明をしなくて済むと安堵して、小夏は二階の自室へと上がった。


 快活な中学二年生という人柄に似合わず、彼女の部屋は地味目の空間だった。

 白を基調とした淡い色合いの家具で統一され、余計な物や嵩張る荷物が見えない。

 小夏の腕から降りたMMは、床の上のクッションに乗って見回す。


「へえ、綺麗な部屋だね」

「さっぱりしてるでしょー? 掃除が面倒だから荷物とか増やしたくないの。これなら掃除も、カカカッてできるんだ。荷物は三階に詰まってるよー」


 制服を脱ぎながら答える小夏。脱いだ制服はたたみもせず、ハンガーにかけるでもなくクッションの上へ投げ出している。


 几帳面というより、ずぼらな自分の性格をよく理解して、環境を律しているタイプのようである。黒猫は彼女の人となりを知った。


 下着姿になると、小夏は身体を捻ってぶつけた肩を確認する。


 痛めたはずの肩は、変身の後になるとまるで痛みがなかった。

 大したことがなかったのか、不思議なことが起こったのか、肩を撫でながら首を捻っていると、黒猫のMMが小夏を見上げていた。


「傷なら変身をしたとき、多少なら治ってしまうんだよ」


「へえ、そうなんだ……って、ちょっと。なにジーっと見てんの?」


 進んで脱いだ小夏が、まったくない胸を包むスポーツブラを隠し、身を捩って黒猫の視線を責める。

 黒猫はなんでそんなこと言うの? という表情を見せたあと、何かを察して答えた。


「ボク、女の子だよ」

「ならばヨシ」


 MMはボクっ娘のようである。小夏は見てもいいぞ、と言わんばかりに胸を開放し腰に腕を当てた。


「で、あんた。なんなわけ?」


 やっと事情を聞けると、少し憮然な態度で椅子に腰を下ろした。まだ下着姿だ。

 MMも人間と感覚が違うため、それを気にする様子はない。


「ボクの名前はミンチル・ミンチル。いわゆる、こちらからすれば異世界……魔法の世界ウラノグラフィアのアルファルドという国からやってきた」


「ミンチルって名前なんだね。ウラノ……なんとかとかアルファード?」

「アルファルド」

「それとか、いまいち信じられないけど……まあ、あたしが実際にあんなことできたわけだから、ある程度信じるけど」


 小夏の疑いは間違っていない。大部分は創られたカバーストーリーなのだから。

 椅子の上で胡坐を組み、「続けて」と言って耳を傾ける。


「あいつらは世界征服を狙うタイダルテール。今日、君が倒した相手は格闘怪人、というらしいんだけど、これに関してはボクはそれほど詳しくない。たぶん改造とか言ってるから、この世界の格闘家というものを改造しているんだとは思うけど」


 ミンチルのこの推測は外れている。まさか世界最強の人類が、あの手この手で手加減しているなどと思わない。

 しかし、ディスキプリーナが作った設定には、正解に惜しいところまで近づいていた。


「あれ、ただの変態じゃなかったんだ……」


 自分の頭上を、軽々と飛び越えて行った怪人を思い出して身震いする。 


「たしかさあ、第一号とか言ってたよね、十字切り男ってヤツ。あんな動きができる人間がいるわけないし、改造とか異常なのは本当なんだ」


 知らないところで志太は人間扱いをされなかった。可哀想に。

 小夏は自分の手を眺め、戦いの感覚を思い起こす。


「とはいえ、あたしも変身? それしたらすごい力が出たけど何なの? ミンチルの力?」


「ボクは鍵を開けただけ。あれは君の本来の力なのさ」


 ミンチルの返答に小夏は困惑した。


「なにそれ? あたしって普通の人間じゃないの?」


「言いようによっては、そうとも言える。だけど、気分を悪くしないでほしい。君の力を説明するには、この世界は封じられたシステムを知ってもらわないといけない」


「システム?」


「本来、この世界にも魔法はあったんだ。でも先人が暴走や争いを恐れて、魔法のシステムをロックしてしまったんだよ」


「ロック? あー、ミンチルがあたしにかかってたそのロックを開けてくれたわけ?」


 理解が早い小夏を、ミンチルは頼もしく思った。小さな情報を繋ぎ合わせるこの頭の回転の速さ。

 魔法の力より貴重だ。


「そう。でも魔力のある人間も意外と多いんだ。キミもその一人さ」

「はー? 信じられないんですけどー」


 これらは事実である。

 ディスキプリーナが目をつけた通り、彼女は類いまれなる魔力を秘めている。

 通常ならば世界ごと彼女の魔力はロックされているため、余剰魔力の影響により人より健康体でいられる程度の恩恵しかない。


「今回は成り行きで巻き込んでしまったわけだけど、君さえ良ければ、タイダルテールの活動を阻止するため協力してほしい」


「うーん。人助けかぁ」


 背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。

 危険があるため、ミンチルも強くは勧誘できない。だからこその取り引きがあった。


「もちろん報酬だってあるよ」

「試験採用とか、お試し期間とかある? 報酬って現物? 概念?」


 生臭い話を聞き、急に前向きになる小夏。

 これはこれでいいのだろうか、と不安を覚えるミンチルであった。

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