第11話 魔法少女スコラリス・クレキスト誕生!


 小夏は辛うじて、十字切り男の脇を駆け抜けた。だが危機はまだ去っていない。


 引きつる笑みを浮かべて逃げる小夏を見上げ、MMは湧きあがる感情と運命を感じた。それはプログラムされたものなのだが、作られたMMにはわからない。

 

「この子なら……もしかして……きっと!」


 運命を確信した時、植え付けられたプログラムの始動が始まった。

 同タイミングで、ディスキプリーナがビルの屋上からMMに力を融通する。

 MMは突然溢れた力に困惑した。


 その力を誰かのために使わなければいけない。

 どこかに仕組まれたプログラム……思いがそうさせる。


 懸命に逃げる少女を助けるためには!

 彼女を戦いの中に投げ込まなければならないと!


「受け取って! 勇気と知恵ある者よ!」

「え? なにを?」


 うむを言わせる時間はない。しかし、成功すれば確実にこの危機を脱することができる。MMのプログラムされた思考が、そんな答えを出す。だが、間違ってはいない。

 必ず危機から脱するように、仕組まれているのだから。


「ひっ……なにこれ?」 

 何が起こっているかわからないまま、小夏の周囲が輝きだした。不安で悲鳴が途切れるほどだ。

 それを見下ろすビルの屋上で、ディスキプリーナがつぶやく。


「大丈夫じゃ。お前が勝つ。──今はまだな」


 光を払おうとした小夏が、より強く輝いた。光によって引き上げられるように、少女の身体が浮かび上がる。


「ぬう! なにごとだ」


 なにごとかわかっているが、十字切り男は閃光をから目をかばいながら叫んだ。


「ま、まさか! まさか貴様がそうだというのか?」


 光の中から現れた少女を見て、十字切り男はうろたえて見せた。その後ろで、戦闘員ぺーが肩を竦める。


「ノリノリだな。この最強男」

 

「やめてさしあげなさい。ペー」


 それ以上はダメだ。と、戦闘員アーはペーの肩に手を置いて首を振る。


 光の中から現れ、未だ光を纏う少女は、魔法少女スコラリス・クレキスト。

 どこまでも強くなれる才能を持った魔法少女だった。


 制服が消え去った小夏の華奢な身体を、繊維が走ってぴっちり覆い、水色のレオタードが現れる。膨らみの少ない身体だが、あばらの線がほのかに浮いているところ見れば、生地が薄く伸びていることがわかる。

 濃い青の箱ひだプリーツが広がり、跳ね上がるスカート。その裾に光が走り、フリルが形成されていく。満載。

 プリーツを拡げずまっすぐでソリッドな素材であれば、充分に足を隠せる長さなのに、ふんわりと跳ね上がってるせいで股下ぎりぎりの際どいスタイルとなっていた。


 小夏ことスコラリス・クレスキトは、着地のポーズを解いたあとに、まず自分の頼りない衣装をまさぐった。肩から手首の飾り袖まで剥き出し。足も小さなブーツまで生足だ。

 最後に自分のスカートを抑え、きわどいところをきわどく隠した。後ろから見たら、突き出したお尻が見えるだろう。

 栗色だった髪が、淡い青色に変わっていることはまだ気が付いていない。


「な、なにこの恰好! 変態じゃん! あの変態と変わんないよ!」


 クレスキトは自分のコスチュームを変態と断じた。

 衣装デザインをした誰かが、ビルの上で杖を取り落として膝をついているかもしれない。

 総統に初めてダメージを与えた魔法少女は、覚醒したてのクレキストであった。

 初変身直後の初撃で、ラスボスにダメージを与えるとは快挙である。


 スカートを抑えるクレキストの隣に、MMが着地した。


「やった! 成功だ! やっぱりキミは才能があるんだよ」


「猫ちゃん!」


 小夏はいつの間にか握りしめていた杖を、不安混じりに抱き寄せる。


「大丈夫、今のキミはスコラリス・クレキスト。あんな怪人なんて一撃で倒せるようになったんだよ」

「それってつまり……た、戦えってことなの?」


 察しはいいが、納得して決心はできない。頭の回転と行動の早い小夏だが、さすがにすぐに戦えと言われてできるわけがない。


「怪人たちが怯えてるうちに、いまだよ! 杖を突きつけて叫ぶんだ! ハート・アングルスって!」


「ハ……ハート・アングルス?」


 小夏は意外と素直だった。猫がしゃべるという異常事態と、自分の服がいつの間にか恥ずかしい恰好になっているにも関わらず、素直だった。

 素直な彼女の杖の先から、ハート型の魔力が放出された。


 彼女の性格を表しているかのように、まっすぐ十字切り男に向かっていく。


「なんだと! 必殺十字切り!」


 慌てて十字切り男はハート形魔力を切り落とした。

 魔力が爆ぜて、青い光が飛び散った。驚きながら、一歩下がる演技も忘れない。

 退けば、攻撃が通じると小夏──クレキストは気が付く。それを狙ってのことだ。

 案の定、クレキストは初めて出した必殺技に頼って、連発を始めた。


「ハート・アングルス……。ハート・アングルス、ハート・アングルス、ハート・アングルス!」


「無駄だ! 十字切り! 十字切り、十字切り十字切りッ!」


 さらに一歩退き、放たれた無数のハート型魔力を懸命に叩き落とす。攻撃が通じそうで通じない、そんな状況でクレキストは戦法を即座に変えた。


 叩き落すことに専念する十字切り男の顔に、数発のハート・アングルスを叩きこむ。

 これを連続で叩き落す十字切り男。必然と眼前が青い光と、十字切り男が放つ剣戟が埋め尽くす。

 目くらましだ。


 クレキストは自分にあふれる不思議な力を信じて、一気に距離を詰めた。

 十字切り男の十字切りは、十字を描くパターンが毎回同じである。上から下、右上に跳ね右から左に薙ぐ。その繰り返しである。


 そのパターンを見切って、クレキストのは剣が振り上げられ瞬間に十字男の左脇に滑り込む。


「十字切キャンセル面ッ!」


 読んでいた、という態度で十字切り男の竹刀がクレキストの顔を捉え……なかった。

 さらに読んでいたクレキストは、攻撃する振りをして杖を掲げ両手で竹刀を受け止める。

 

 竹刀が爆ぜとんだ!


 ハート・アングルスを数度叩き落したとき、竹刀がダメージを受けているとクレキストは見抜いていたのだ。彼女は恐ろしく目がいい。

 さらに続けてハート・アングルスを叩き落した竹刀は、ついに魔法少女の杖に打ち負けたのだ。


 クレキストの狙った通りだった!

 そして十字切り男こと志太の狙った通りだった!


 なんの変哲もない竹刀を使っていた理由は、まさにこのためである。ここぞというときに、わざと竹刀を叩き折って、劣勢を演じるためだ。

 折れた竹刀を見つめ、震える十字切り男。


「ば……ばかな! 吾輩の大般若だいはんにゃ竹光たけみつが折れるなどと」


長光ながみつが怒りますよ」


 折れてからアドリブで竹刀を名付けた十字切り男へ対し、刀に詳しいアーがツッコミを入れた。

 二人はアドリブとツッコミという隙を見せた。これを逃すクレキストではなかった。


 クレキストは地面に左足を。防御に使った魔法のステッキを絞るように持ち直し、突き刺した左足へ流れるに重心を移動しつつ、右足から全身を捻っていく。


「バスターホームランッ!」


 受け太刀気味の体勢から、一気に逆転狙いの動きを見せるバスターホームランという技を放った。

 いにしえではプッシュ打法と言われていた技だ。

 小夏はきっと野球ファンである。


「ぐわーーっ! 魔法じゃねぇっぞ、これ!!」


 負け惜しみを残した十字切り男と戦闘員アーは薙ぎ払われ、公園の上空へと舞い上がった。

 むろん十字切り男にダメージはない。衝撃を受け流しつつその力を利用し、半分は自分で飛び上がったようなものである。

 戦闘員アーも巻き込まれているようで、吹き飛ばされるふりをした十字切り男がキャッチしただけである。


「総統閣下ぁばんざぁーーーーい!」


 そして目くらましの爆発がさく裂し、怪人と戦闘員アーは黒焦げで落下していく。


「……回収!」

「ヘーイ!」


 戦闘員ガーとペーは逃げ出しながら、黒焦げで転がるやられた振りの怪人とアーと回収していった。


「……なんだったの?」


 勝ったことより、事態がまだ呑み込めない小夏だった。

 クレキストは事態を察して脳が最適解を出し、余計なことを考えず迷わず行動するタイプのようである。


 まっすぐで迷わない。

 眩しいほど立派な魔法少女の誕生、総統ディスキプリーナは「尊い……」と泣いた。

 

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