第10話 一人目の合格者
「じゃって……剣道具一式、高いんじゃ」
ビルの上で小夏の悲鳴を聞いたディスキプリーナは、苦しそうに胸を抑えながら飛んでいったお給金に思いを馳せていた。
なにしろ地下基地などは、侵略拠点の流用だ。現地通貨は与えられた裁量で、ディスキプリーナが確保しなくてはならない。
それは異次元から持ち込んだ物品の転売や、使用して利得などなど、価値利用から、最悪犯罪まで視野に入れた裁量である。
この世界を守りたいと思っているディスキプリーナは、犯罪に抵抗があった。
この時、初めて侵略資金の横領が、ディスキプリーナの脳裏によぎった。
古巣への背任。犯罪である。
さて一方、地上では今まで素晴らしい行動を見せていた小夏が、ついに動きを止めてしまった。
原因は変態──いや、怪人十字切り男こと志太が原因であった。
志太こと十字切り男は竹刀を片手に持ち、剣道の面だけを被った短パンにランニングの不審者スタイルである。
なお肉体は20歳ほどのやや成長した段階にしており、大柄なため中学生志太とはまったく別人の体格だ。
「そ、そんなにおかしいか?」
想定とは違う怯え方をする小夏を見て、志太こと怪人十字切り男は自分を顧みた。小夏と志太、双方、うろたえているうちに、戦闘員が追いついた。
「なあ、お前ら。この恰好、やっぱ変か?」
追いついた戦闘員アーとガーに、自分の姿がどう見えるか確認する。
「はあはあ……最初は、面当てにふんどし一丁……という姿だったからのぉ。はあはあ、相対的にマシに見えてたが、変だわな。ふう、はあはあ……」
戦闘員ガーが息も絶え絶え答えた。
顔は隠さないといけない。そして剣道スタイルの怪人だからと、胴当てなどつけてしまうと防御力が上がってしまう。
袴を穿いては足の動きを隠してしまうので、手加減しようとも素人相手には志太の挙動がまったくわからなくなってしまう。
いろいろ考えたうえ、主に予算と相談した結果、怪人十字切り男はこのような変態スタイルとなってしまったのだ。
「まあ、とりあえずヨシじゃ。まずは進行を優先するんじゃよ」
「お、おう」
ガーに促され、怪人十字切り男は竹刀を振り上げ、大上段に構えた。
「小娘よ、その三か月分……じゃねぇや。その抱えたもの、こちらに渡してもらおうか?」
「え? このヴァイオリンを?」
「それではない。猫みたいなそいつだ」
確かに小夏はヴァイオリンケースも抱えている。ふざけているわけではない。混乱しているようだ。
そうこうしているうちに、要領のいいぺーがゆっくりと駆けつけ……歩きついた。
「すげぇっすね。俺たち見ても怯まなかった娘さんが、怪人見たら一発でこれっすか? さすがっすね」
「うるせえ! 三段素振り小手返し面喰らわすぞ」
どうも怪人の恰好に怯えているようなので、ペーの感心する姿は皮肉を言っている姿にしか見えなかった。
不審者たちが寸劇を始めても、小夏は怯えていた。
彼女の硬直を止めたのは、抱えていた黒猫……MMだった。
抜け出そうと身を捩り、押さえつけようとする小夏を真っすぐ見て──。
「早くボクを放すんだ!」
「え! しゃべ……った?」
MMが言葉を放ち、小夏は怪人の登場以上の衝撃を受けた。
驚く小夏の腕の中で身を捩り、怪人に向けて
「ダイタルテールの怪人め! ボクはこれ以上抵抗しないから、彼女を見逃してほしい」
「わわ、しゃべってるよ! これ、夢じゃない?」
「そうはいかない。この閉鎖空間に入って無事でいる人間は危険だ」
「しゃべってるっ! ねえ、しゃべってるよ! 猫ちゃんが!」
「……どうしても彼女を逃がしてくれないなのか?」
「ねえ、ねえねえ猫ちゃん! 動画取っていい?」
「どうだろうな。まずは総統閣下の判断がいる──」
「総統閣下? その人の許可ないと動画取れないの?」
「ちょっと黙っててもらえるかな、娘さん」
MMとの会話を遮られ、
小夏は恐怖と混乱のあまり、正常な判断ができないでいた。これ以上、緊張を与えては、精神に変調を来たしかねない。
志太は面当て越しに無線を数度叩いて、ディスキプリーナに緊急の信号を送った。
同時に、周囲一帯を包んでいた暗雲が不気味にうごめき、空の一点に穴が開いた。そこから一筋の光が漏れ、十字切り男と小夏の間を照らす。
「こ、これは! いかん! 時間をかけすぎて総統閣下のお力が弱まっている!」
十字切り男はわざとらしくうろたえ、オーバーアクションで周囲を見回す。戦闘員たちもそれにならって、大きな隙を見せて周囲を見回す。
通信を受け、ディスキプリーナがわざと作った隙である。
この作られた隙を見て、MMが動いた。
「ボクを置いて逃げて!」
MMは自己犠牲の言葉を放ちつつ、隙を見せた怪人十字切り男へ光の矢を放った。
「必殺十じどりゃっ!」
怪人十字切り男はMMの光の矢を、竹刀で文字通り十字に切り裂き叩き落とした。
しかし意外と忙しかったため、「必殺十字切り」を完全に発声することができなかった。
「発動機でしかない貴様が、この十字切り男をどうにかできると思ったか?」
じりり、とすり足で進む十字切り男。
猫がしゃべるという異常事態を越える光の矢と、尋常ならざる怪人の竹刀捌き。
スマホも繋がらず、大声は誰にも届かない。
そんな状況で小夏は決断する。
その意図を瞬時に、志太とディスキプリーナ総統は見抜いた。
だが、あえて気が付かない振りをした。
「お願い! 助けて……。この猫ちゃん、わ、渡せばいいんでしょ! ほ、ほらっ!」
小夏は懐に隠していたMMを投げ渡す──ふりをして、ヴァイオリンケースを十字切り男に投げ渡した。
「そうそう、素直な娘は嫌いではない、ぞ……なんだとっ!」
志太は騙されたふりをする。
投げつけられたヴァイオリンケースを頭上で掴んで見せ、眼前に持ってきてから大げさに驚いてみせた。
「ばかな!」
「なんだと!」
戦闘員たちも、ヴァイオリンケースに釘付けだ。
この隙に、小夏はMMを抱えて逃げ出した。
あえて十字切り男の右脇を。
上に投げ、竹刀を右手に持つ十字切り男に左手を使わせる。自然と視線はそちらに。
そして危険な武器を持つ右手側を走り抜ける。
世界最強の格闘家である志太ならば十分に反応できた。
「おのえ! 猪口才な!」
だが上と左右に視線を揺さぶる小夏の行動に感心し、あえて見過ごした。
ビルの屋上で経緯を見守っていたディスキプリーナは、喜びのあまりぴょんぴょんと跳ね飛んでいた。
「合格じゃ! いや、それ以上じゃ、スコラーリス!」
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