第9話 恐怖! 怪人十字切り男!


 岸 小夏は慣れた帰り道が、いつもと違うことに気が付いた。彼女は自覚していないが、かなり勘が鋭い少女である。僅かな日常の違いや、変化に気が付く才能を持つ。

 駅から自宅の間は、商店街のエリアと住宅街のエリアが続く。住宅街の中央には、緑の多い公園があるのだが、そこへ差し掛かったとき変化に気が付いた。

 時間はまだ遅くない。それなのに人の行き来が皆無となって、暗くなり始めるのが早かった。センサーが過剰反応し、LED街灯が灯りを灯し始めた。


 道を変えようとかと思ったが、どういうわけか他の道が思いつかない。


 雲を装った暗黒が空を進み、ヴァイオリン教室帰りの小夏に影を落とす。 


「遅くなっちゃったなぁ。やーだー。雨降りそう!」


 声に出したのは、不気味な空模様から受ける不安を払おうとしたためだろう。

 小夏はヴァイオリンケースを抱え、普段は安全である公園脇の小道を進む。


 果たして小夏の勘通り、今日は違っていた。

 作られた危険が迫っていた。

 

 ディスキプリーナ総統が不思議な力を使って、小夏以外の人が寄り付かない領域が周囲に広がっている。さらに人の目線も通らない。小夏が他の帰り道が思いつかなかった理由も、ディスキプリーナの不思議な力のせいだ。


 小夏だけが走る小道の先に、ディスキプリーナ総統のお給料三か月分の黒猫が飛び出した。


「猫ちゃん? 違う!」


 ──ほう。と、状況を上から見守っていたディスキプリーナ総統は感心した。

 給料三か月分のマスコットマシンは、一見すると猫に見えるが細部が違う。だがそれは本当に些細な差異だ。それに一瞬で気が付く小夏は、目と観察力が高い。

 ディスキプリーナ総統は満足げだ。


 猫ではない何かが目の前に現れたため、小夏は警戒して立ち止まる。可愛い黒猫のようなモノと見つめあった時、黒い影が小夏と猫の前後に現れた。

 黒ずくめの三人の男たちは顔をグルグルマークの黒いマスクで隠し、目元しか見えない。前の二人は長い棒とスコップを持ち、背後の男は鞘に収めた日本刀らしき凶器を持っている。

 猫は毛を逆立て振り返り、小夏の前方にいる二人の男を威嚇する。

 異常事態に、小夏は顔を引きつらせた。 


「なんですか、あなたたち……」


 問われて男たちは顔を見合わせる。

 動いたのは、小夏の後ろに現れた男。戦闘員アーだった。 


「見られたか。総統閣下がお作りになったこの空間に入ってこれるとなると……総統閣下にお知らせするために、総統閣下の元へ連れて行くほかないな」


 アーはディスキプリーナの書いたシナリオ通りの思わせぶりなセリフを吐く。

 記念すべき第一のセリフだが、実は間違えている。総統閣下という単語が、そうとう出てしまっていた。本当は「あの方」と濁すべきだったし、連呼するところでもなかった。

 戦闘員アーは有能だが、決して万能ではない。役者の才能などないのだ。


 アーもセリフがおかしいと気が付いたが、やり直しは聞かないのでシナリオ通り鯉口を切って身構える──前に、黒猫が小夏の足元を駆け抜け、後方の戦闘員アーに飛び掛かった。

 小夏の影から飛び出し、ジャンプしてまっすぐ飛び掛かる! ふりをして着地し、フェイントを加えて低い位置から飛び掛かる。


 ガーやぺー相手ならば、もしかしたら突破できたかもしれない。

 しかし戦闘員アーは志太ほどでないにしろ、近接戦闘に長けていた。咄嗟に膝を付き、低い位置から飛び掛かろうとした黒猫MMを刀の柄尻で突く。


「ぎゅあっん!」


「猫ちゃん!」


 突き飛ばされた猫が、小夏の足元に転がった。思わず小夏は、苦しむ猫を助け上げる。


 普通ならば逃げ出すだろう。悪ければ固まって何もできない。志太はそう思っていた。男三人に囲まれ、猫を気遣うような子はそうそういないと。

 しかし小夏は違った。

 抱きかかえ上げてしまった時点で、一人で逃げ出す可能性はもうない。


「ほう。素人のわりにいい体幹だ」


 ディスキプリーナ総統の後方。暗がりから隠れて映像を見ていた志太は、小夏の立ち姿に感心してみせた。


「わかるのか? 確かにいつでも戦闘できそうじゃな……」


「いや違う」


 ディスキプリーナの評価と、志太の見立ては違っていた。


「小夏とかいうヤツ。半身に構えてファイティングポーズに見えるが、それとなく重心は前に出している右足にかけている。そうは見えないがな。あれならいつでも踵(きびす)を返し、右足で地面を蹴って逃げられる。格闘経験も修羅場慣れもしてない子が、あの立ち方ができるなど才能というほかない」


「戦うように身構えて実は逃げる体勢。というわけか。プラス10点じゃ」


 人類最強の格闘家の説明を聞き、ディスキプリーナ総統は、小夏のさらに評価を上げた。


「まあ、もっとも」


 志太は嗤う。


「後ろに回り込んでいるペーに気が付かないようでは、まだまだだがな」


 小夏は戦闘員アーを警戒しすぎて、忍び寄ってきた戦闘員ぺーに気が付くのが遅かった。

 ぺーの接近にやっと気が付いた小夏は、恐怖のあまり身を竦めて悲鳴も上げられない。戦闘員の手が黒猫を掴み、無力な少女を突き飛ばす。

 ──その時、黒猫が強く輝いた。


「うおっ! いってぇっ!」


 ぺーは光の放出を腕に受け、大げさに飛びのき、縁石に足を取られて転んだ。

 ディスキプリーナがMMに追加した電気ショック攻撃だ。紫外線を照射して電子の動きを誘導する仕掛けで、近距離ならばちょっとしたスタンガンに近い効果が得られる。極端紫外線ではないため、誘導しきれない電子が拡散し、黒猫が光って見えてしまう不完全な仕掛けだ。


 MMは怯んだ戦闘員を蹴り、トンボを切る。


 何が起きたかわかるはずのない小夏だが、光のせいで男が転んだ隙を逃さなかった。

 バイオリンケースと一緒に中空にいる黒猫を抱え、公園の柵と植え込みを飛び越えた。


 判断が早い。早すぎる。


 植え込みと柵の高さは、80センチメートルほどある。頭から飛び越えるという危険な方法で、着地に失敗して肩から落ちて痛めているが、それも想定済みという勢いだった。


 いくら不審者から逃げるのに必死でも、ここまでの動きができる女子はそうそういないだろう、

 ディスキプリーナは逸材を見つけたという喜びと、ここまでさせるほど追い詰めてよかったのかと複雑な気分となった。


「判断が遅い!」


 判断の遅いディスキプリーナを怒鳴って、志太が即座に動いた。

 なにしろ小夏は肩の痛みを耐えて、障害物と死角の多い公園を逃げ出し始めている。戦闘員たちを引き離し、逃げ切ってしまうかもしれない。


 志太は屋上の暗がりから飛び出して、ビルから飛び降りた。

 ビルの一階一階で、ベランダの手摺に手をかけて速度を減じつつ落下する。四階で壁を蹴って道路の上を飛び越し、公園の木々を越え、逃げる小夏の前に着地した。


 なんと小夏は頭上を通過する志太を

 一瞬、街灯の灯りをよぎって影を落とした存在に、視線を向けて捉えたのだ。逃げる最中に、周囲の異変を察知する驚くべき才能である。

 

「な、なんなのよ! アンタ!」


 着地の衝撃を吸収するため小さく丸まった乱入者に向け、小夏は震えつつも誰何すいかの声を出した。肩の痛みと追われる恐怖に加え、短距離疾走の後にそれができる胆力がある証拠だった。

 志太は育てがいのある娘だと喜びながら立ち上がり、竹刀を翳して名乗りを上げる。


「吾輩は世界征服を狙うダイタルテールの改造格闘怪人の栄えある第一号! 怪人、十字切り男ッ!!」


 怪人十字切り男!

 それは! 長尺の竹刀を持った改造(改造されているとは言ってない)怪人である。その姿は恐ろしいことに、剣道の面当てに、ランニングシャツと短パン! 以上! 裸足!


「変態だーっ!」

 

 小夏の悲鳴ともツッコミともつかない声が木霊した。

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