第3話 悩んでる声
夏実さんは少し言い淀んでいたが、小さく息を吐いて下げていた頭を上げて僕の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「あのっ!いつもRCCに来てますよね!?そっち関係のお仕事されてるのでしょうか……!?」
「…………」
「えっと、あの……。プ、プロの方から見て私の番組はどんな風に見えますかっ!?」
「……ぁ、ぁの……」
「他の学生の番組と比較して何か足りないところとか、改善点があれば教えて下さい!!」
僕はどこから訂正すればいいのかわからず固まってしまった。
そんな僕のことなどお構いなしに夏実さんは話を進めていく。
「急にこんな事を聞いてしまって失礼だとは思ったのですが、今日の
「ぁ、ぇっと……」
「それとも、もっとマニアックな話題を提供して、『女子大生のイメージ』とのギャップを演出したほうが良いのでしょうか?」
「ぁ、あの!えっと……ごめんなさい」
「え……全部ダメでした……?」
夏実さんの表情がみるみる曇っていく。
僕は両手を顔の前で思いっきりバタバタと振って、慌てて訂正する。
「違う、違う!えっと……そうではなくてですね……」
僕はしがない普通のサラリーマンで、放送関係の業種ではないこと。
プロではないので番組に関してアドバイスなどは出来ないこと。
でも、
一リスナーとして、これからも楽しみにしていること。
夏実さんが早とちりしないように、ひとつずつ説明した。
僕の説明を聞いているうちに段々と夏実さんが椅子の背もたれにもたれ、背中が丸くなる。
最後まで僕の話を聞いた夏実さんは、両手で顔を隠しながら天を仰ぎ「ぐぁ〜マジかぁ〜……超恥ずかしぃ〜……」と呟いた。
2,3分ほどそのままだっただろうか。
両手で顔を隠していた夏実さんが、今度は両手を膝の上に力なく置いて少しうつむき加減で、さっき僕に色々聞いてきた理由を教えてくれた。
さっきのことが恥ずかしかったのか、少し顔が赤くなっている。
「私、今大学3年生で進路というか……就職をどうしようか悩んでまして……」
「あぁ、そっか……そんな時期になるんですね」
「はい……それで、このまま頑張って放送業界に挑戦すべきか、どうしようか迷っていて……」
「あーなるほど……」
「でも、正直、他のサークルさんで面白いDJをやる人とかたくさんいるし、競争率が高いから私なんかが挑戦したところでその業界へ入れるような未来も見えなくて」
僕は夏実さんのDJしかちゃんと見てないので、他の人がどんなDJをやっているのか全く認識していなかった。
夏実さんのDJは十分楽しいし、ほっこりするような良いDJだと思うんだけどなぁ。
「なんか、学部の友達と話しているとやりたいことを明確にしていて、就職も目標があって……それを聞いてると私、こんなふわふわしてていいのかなって。まずいんじゃないかって、不安になるんです」
僕はカツカレーを食べる手を止めて、夏実さんの話を聞く。
本格的に就職活動が始まる前の、誰が動き出すのかを水面下で鋭く観察、牽制しながらも我先に動こうとする抜け駆けの画策。
僕が就職活動していた5年前は、就職氷河期と言われていたが振り返るとその年から年々求人倍率は下がっているので夏実さんの世代も就職活動は厳しいとスマホのニュースに出ていたっけ。
しかし僕は夏実さんのようにキラキラと充実した大学生活を送ってこなかった人間なので、夏実さんへ就職のアドバイスなど出来そうにもない。
そんな僕がこうして夏実さんの話を聞いていていいのだろうか。
もっと卒業した先輩に相談するとか有意義な時間の使い方をしたほうがいいのではないだろうか。
面接時には夏実さんのやっているサークル活動などが、絶好のアピールポイントになるはずだ。
ましてや、大手企業がバックアップしているのだ。悩まなくても、就職活動には有利だと思う。
「僕みたいな人間のアドバイスなんて何の参考にもならないけど、僕だって大学生の時は何も考えてなかったし、そ、そんなに焦ることないと思うよ」
手持ち無沙汰になっていた手で頭の後ろをポリポリと掻きながら、役に立たないアドバイスをする。
社会人になって4年も経つのに、こんなことしか言えないのか……。
気のせいか、夏実さんも困ったような表情でこちらを見ている。
夏実さんの目線が僕の顔から下の方へと移動する。
やっぱり、僕へ相談したのが間違いだったと後悔しているのだろうか。
「あ、あの!……こんな時にごめんなさい……。シャツにカレーがついちゃってます……」
「ぇえっ!」
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