第10話 誘拐と悪魔

ロッドは孤児院を歩いて出たので人目があるところで〔瞬間移動テレポート〕で消える訳にもいかず、宿屋までは通りをそのまま歩いて行く事にした。


孤児院付近を歩く事を懐かしく思い、ふとラクスは何処にいるんだろうと思い出し、超能力の訓練がてら探してみる事にした。


遠隔知覚テレパス〕をアクティブに使い、記憶にあるラクスの顔を思い浮かべ自分を中心に検索半径を徐々に拡大してゆく。


街中なので少し負荷が高かったが、なんとか大通り沿いの〈龍の翼亭〉近くの一軒家の中に複数の人間と一緒にいる事が分かった。


ロッドがつづけて〔遠隔視リモートビューイング〕と〔透視クレアボヤンス〕を組み合わせて遠くから状態を確認してみると、ラクスは手と足を縛られ声も出せないように口も封じられている様であった。


目は見えるようだが涙目になっている。

傍には人相の悪い連中が4、5人ほどおり、その中にはなんとディックも入っていた。


(あいつ…いつの間にか脱獄したのかよ…)

ロッドは少しだけ感心したが、これからどうするか思案する。


このまま突っ込んでも良いがラクスや街の人に色々知られるのは困る…


そして考えた末、ロッドは指輪で赤い燕尾服えんびふくと目などの空いてない仮面を取寄せ、人気ひとけの無いところで着替えて面をつけた。


目の空いていない面をつけても呼吸は出来るし、〔透視クレアボヤンス〕で目もバッチリ見える。


透視ができない普通の人から見るとかなり不気味だろうと考えた。


・赤いロング燕尾服(20,000P)

・ジーンズ黒(10,000P)

・白い仮面(目、鼻、口の穴なし)(5,000P)


そして〔肉体変化メタモルフォーゼ〕を使用して髪の色を金色から銀色に一時的に変更した。これでロッドだとバレないはずだと考えたのだ。


ロッドが呑気に変装しているうちに状況が動く。

なんとディック達がラクスを横に抱えて宿屋に突入していたのだ。


ロッドは急いで宿屋の2階に〔瞬間移動テレポート〕で移動した。



ーーーーーー


ジュリアン達は宿屋の1Fロビー奥にある吹き抜けとなっている食堂で夕食を食べていた。


ジュリアン、ジョアンナ、リーンステア、アイリスで1卓、侍女2名で1卓と別れ、侍女はジュリアンとジョアンナを適宜給仕しながら食事する事となった。


ジョアンナは夕食にロッドがいないのはなぜか?とジュリアンとリーンステアを問い詰め、二人を困らせていた。


その後、ジョアンナはつまらなそうに食事をし、アイリスは最小限の動作で静かに食事を続けている。


リーンステアはロッドに言われていた事もあり、不審な者がいないか辺りを気を付けて見ていた。


客はまばらで目に付いた別の大卓には冒険者パーティーだと思われる一行が酒盛りをしていた。


この宿屋に泊まるくらいなら高ランクパーティーなのだろう。


そろそろ食事も終わりかけた頃、宿屋の入口で小さい叫び声が上がり、次いで黒ずくめの怪しい連中が押し入ってきた。


帯剣していたリーンステアは立ち上がって剣を抜き、ジュリアンとジョアンナを守るように前に出る。


アイリスも杖を手にリーンステアの横に並ぶ。


続いて入口から現れたのはディックと子供を横抱きにした男だった。


「ディック!貴様なぜここにいる!」

驚愕してリーンステアが叫ぶ。ディックは牢にいるはずなのだ。


ディックはリーンステアを見てニヤリとし後ろの男に、やれ!と合図をする。


するとディックの後ろから子供を連れて出てきた男の一人が、何やら人形のような物を無理やり子供に持たせる。


「あの人形は危険です!」

大卓にいたパーティーの綺麗な女性が叫ぶ。


ディックが子供の首に短剣をあてた。

誰も何も出来ない。


ディックが短剣を勢い良く横に薙いだ。

誰もが子供は死んだと思った。


だが、ディックの前には誰もいなかった。

ただ気味の悪い人形が落ちているだけである。


ディックが慌てて辺りを見回すと、宿屋の2階にさっきまで目の前にいた子供を横抱きにした仮面の男がいつの間にか立っていた。


男は赤い燕尾服に黒ズボン、銀髪で目も鼻も口も無い真っ白な仮面を被っていた。ロッドをよく知るジュリアン達もロッドとは思っていない。


ロッドはアイリスだけに〔精神感応テレパシー〕で伝える。


(アイリス。変装しているが俺だ。すぐに戻るが一旦、この子を孤児院に戻してくる。その間は任せた。『承知しました』)


伝え終わるとロッドは〔瞬間移動テレポート〕で消える。

いきなり現れ子供を救い、またいきなり消えた仮面の男に驚愕する一同!


ディックは怯える。

まさかあの男だったのか?


事前に掴んでいた情報ではここにはいないという事だったのに!


だが服装も髪色も違った。

焦燥で汗を大量に流すディック。


計画だと悪魔を召喚して殺害を指示した後、速やかに撤収する手筈だった。

だが肝心の悪魔が先ほどの仮面の男に生け贄を攫われたので召喚出来ない。


ディックは振り向き、人形を黒ずくめの男の一人に渡すと流れるような動作でその男の首を斬った。


男はまさか!と驚愕した顔で首から勢い良く血を吹き出して倒れる。


少しして異様な気配が男から立ち昇り、人形が宙に浮かび床下に魔法陣が描かれる。


そして男の死体と共に人形が魔法陣に沈み、完全に没した後すぐに異形の悪魔が現れた。


一目で高位と分かる悪魔であり、高濃度の何か瘴気のような物を纏っている。


体長は3mほどで山羊の頭で物凄く筋肉質な体をしており、腕が左右2本ずつ計4本もある。


「あれは悪魔!それも上級悪魔グレーターデーモンだ!」


大卓にいる冒険者の一人が叫んだ。

食堂にいる一同は悪魔の登場に驚く。


その声で驚きから覚めたディックが悪魔に指示を行なう。

ジュリアンを必死で指差し、叫ぶ。


「悪魔よ!あそこにいる金髪の小僧を殺せ!そしてここにいる全員も殺せ!」

「グオーーーッ!」


グレーターデーモンがまるで承知したとでも言うように大音量で叫ぶ。


そしてまずは近くからとでも言うように、黒ずくめの男達を左右の拳を振るい叩き潰す。


ディックだけはターゲット外のようだ。


「馬鹿!!それは味方だ!くそっ、扱いが難しい!」


どうやら上級悪魔グレーターデーモンは指示された相手を殺す以外、敵味方の区別もつかないようだった。


大卓にいたパーティーは優秀で上級悪魔グレーターデーモンを見るとすぐ床に置いてあったそれぞれの武器、防具を身に付け戦闘態勢に入っていた。


大盾ラージシールドの戦士が一番前に出て盾を構え、左右に長剣ロングソード円盾ラウンドシールド戦斧バトルアックスを持った戦士がそれぞれ並ぶ。


その後ろには魔法使いらしい男女が並び、それぞれ呪文を詠唱する。

一番後ろに軽装で短弓ショートボウを装備した女性もいた。


炎の矢ファイヤーボルト


大卓のパーティーメンバーの男性魔法使いが上級悪魔グレーターデーモンに杖を向け魔法を放つ。


炎の矢が3本現れて上級悪魔グレーターデーモンに向う。

そして上級悪魔グレーターデーモンに当たる!と思った瞬間、かき消える。


「なんて耐性だ!魔法がかき消されたぞ」

魔法を放った男が叫ぶ。


妖精の祝福フェアリーブレス


女性魔法使いが魔法を発動した。

支援魔法で前衛の3人の各種耐性が上がる。


リーダーらしき長剣ロングソードの男が叫ぶ。


「俺たちは銀級シルバーランクパーティーの〈精霊の扉〉だ!皆裏口から避難しろ!出来れば冒険者ギルドに応援を頼んでくれ!」


冒険者パーティーとジュリアン達以外はそれを聞き、パニック状態で裏口の方へ殺到した。


リーンステアも彼らに任せて逃げようと思ったが、ジュリアンが少し動くと上級悪魔グレーターデーモンの顔が向く。


どうやら逃してはくれないらしい。

諦めてジュリアンを守るため前に立つリーンステア。


「狙われているのは僕だ。アイリスさん、ジョアンナを連れて逃げて!」

ジュリアンがアイリスに頼む。アイリスは一瞬だけ悩んで了承した。


「そんな!お兄様、嫌っ!」

アイリスに手を引かれるが抵抗するジョアンナ。


しかしジョアンナの耳にアイリスが何事か囁くと、2階の方を一瞬見た後おとなしく裏口に去って行った。


ーー


精霊の扉パーティーと上級悪魔グレーターデーモンの本格的な戦いが始まった。


盾使いが前に立ち、上級悪魔グレーターデーモンを挑発する。


上級悪魔グレーターデーモンが盾使いを叩こうと両手を振り上げると、左右から長剣ロングソード戦斧バトルアックスの斬撃が襲う。


連撃ダブル・アタック〛〚強撃ストロング・ブロウ


が、皮膚が硬く少し削れただけで大したダメージを与えられていない。


斬撃後、後ろから放たれた矢の一撃が上級悪魔グレーターデーモンの顔に当たり跳ね返る。


上級悪魔グレーターデーモンは斬撃や矢の攻撃にも構わず、盾使いに思い切り両腕を叩き付ける。


盾使いはそれを大盾ラージシールドで受け止めるが、もの凄いパワーの一撃で踏ん張り切れず、態勢が崩れて5mほど後ろに吹き飛ばされた。直接打撃を受けた盾もかなり変形している。


その間に次の詠唱を終えた男性魔法使いが合図し、近寄った長剣ロングソードの男の武器に魔法を付与する。


武器火属性付与エンチャントファイヤーウエポン


長剣ロングソードの男は火属性が一時的に付与された燃え盛る剣で、自己の最大の剣技を放ち、上級悪魔グレーターデーモンの腕と脚を斬りつける。


三連撃トリプル・アタック


男が持つ長剣ロングソード+2(30%向上)の剣にファイヤーウエポンの火炎ダメージが乗り、瞬間的に3回も斬撃を与えるが、皮膚の防御力と魔法耐性が高いため大したダメージは与えられていない。


それどころか、さきほど付けた傷も無くなっていた。


戦斧バトルアックスの男はこの間ずっと溜めていた力を、上級悪魔グレーターデーモンの背後から解き放つ。


渾身の一撃オールアウト・ブロウ


だが、上級悪魔グレーターデーモンの背中には少し擦れた跡が残っただけだ。


驚愕して戦斧バトルアックスの男が叫ぶ。


「げえ!背後攻撃バックアタックが成功したのに、攻撃力が高い俺の戦斧バトルアックスの全力でも全然攻撃が効いてない!」


「グオーッ!」


長剣ロングソードの男へ上級悪魔グレーターデーモンが拳を振るう。

長剣ロングソードの男は盾で受けるのは無理だと判断し、床を回転して避ける。


光の精霊召喚コール=ウィル・オ・ウィスプ

女性魔法使いの魔法で精霊が召喚される。


召喚された光の精霊ウィル・オ・ウィスプはピカピカした光を発し、何か聞き取れない言葉の様な音を発しながら上級悪魔グレーターデーモンに向かってゆく。


時折、光の精霊ウィル・オ・ウィスプから発した青白い光が上級悪魔グレーターデーモンまで届き、少量のダメージを与えているようだ。


「グオォ!グオオォーーッ」

上級悪魔グレーターデーモンが凄い勢いで叫ぶ。


すると周囲に8つの魔法陣が現れ、それぞの魔法陣から翼の生えた悪魔が現れる。


「まずいぞ!下級悪魔レッサーデーモンを召喚しやがった!しかもこんなに!」

長剣ロングソードの男が叫ぶ。


下級悪魔レッサーデーモンは翼を持ち体長1.5mほどで鋭い爪と牙を有している。


意志の疎通が出来ているのか暗黙のうちにリーンステア、長剣ロングソードの男、男性魔法使い、女性魔法使いにそれぞれ2体組で襲いかかる。


光の精霊ウィル・オ・ウィスプは術者の危機を察し守るため引き返す。


吹き飛ばされていた盾使いは戻って来て、長剣ロングソードの男と男性魔法使いの前に立ち、盾で守る。


その時、急に上級悪魔グレーターデーモンが低姿勢になったかと思うと、振り向きざまに戦斧バトルアックスの男の脇腹に角を付き入れ、持ち上げた。


「ぐあああっ!!」

男は痛みで苦悶の声を上げる。


上級悪魔グレーターデーモンはそのまま頭を激しく振り、戦斧バトルアックスの男を吹き飛ばした。


男は2mほど転がると傷口から血を流しながら気絶した。



ーーーーー


リーンステアはジュリアンを必死に守る。

(ロッド殿が来てくれるまで私が何とかするしか無い!)


最初悪魔が姿を現した時は絶望的な状況だったが、銀級シルバーランクパーティーが運よく近くにいたので助かった。


しかし、先ほどの2階にいた仮面の男はロッド殿ではなかったのか?

髪色が違うし直ぐに消えてしまったのだが…


リーンステアが思考しているうちに、銀級シルバーランクパーティーと上級悪魔グレーターデーモンとの激しい戦闘になる。


魔法使いもいるパーティーは最初善戦していたが、さらなる下級悪魔レッサーデーモンがたくさん召喚されるとすぐに劣勢になった。


下級悪魔レッサーデーモンはリーンステアにも向かって来る。


戦斧バトルアックス使いが倒され、下級悪魔レッサーデーモンがパーティーを翻弄しているうちに長剣ロングソードの男も上級悪魔グレーターデーモンに吹き飛ばされて死んだように動かなくなった。


腕と脚が変な方向に曲がっている。


男性魔法使いは杖で応戦していたが、下級悪魔レッサーデーモンに噛みつかれ毒を受け倒れた。


弓使いはリーンステアを盾にして援護するように短弓ショートボウから矢を放つ。

リーンステアも連携するように二人の守りに徹する。


光の精霊ウィル・オ・ウィスプは複数の下級悪魔レッサーデーモンから女性魔法使いを守りやがて短く明滅すると力尽きて消えていった。


盾使いは上級悪魔グレーターデーモンに今度は腕ごと盾を真上から潰されて倒れた。


そして上級悪魔グレーターデーモンが片手を女性魔法使いの頭上に振りあげる。


「エスティア!」

弓使いが女性の名を叫ぶ。


上級悪魔グレーターデーモンは、女性魔法使いに向かって体重を乗せた体勢で、全力で拳を振り降ろす。


女性魔法使い=エスティアは目を固く瞑り来るであろう苦痛に備える。


若しくはあの打撃では苦痛も感じないのだろうか?エスティアは極限の状態でそんな事を考えた。


が、いつまで経っても何も感じない。


こわごわと目をあけると、そこには青白い光を纏う人物がいて、片方の手のひらで上級悪魔グレーターデーモンの打撃を受け止めていた。


光を纏う人物は、赤い燕尾服を着て白い仮面を付けていた。


それは少し前、上級悪魔グレーターデーモンが召喚される前に少女を助けた人物だった。

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