第9話 女神と孤児

「辺境伯への手紙はもう出したのか?」

ロッドが宿屋に向う途中で歩きながらジュリアンに尋ねる。


「はい。宿屋で書いて配達の手配もしてもらいました。数日あれば届くと思います。これでブランドル伯爵の企みも潰えると良いのですが」

ジュリアンが少し暗い顔で答える。


「しかし、暗殺を請け負っていたのがディック個人でなければ、他に仕掛けてくる奴がいるかもしれない。街中でも注意した方がいいだろうな」

ロッドはジュリアンとリーンステアに注意するよう促した。


ジュリアン達が確保した宿はこの街では有名な〈龍の翼亭〉であった。


貴族専用ではないがこの街の宿屋の中では高級な部類に入る。

警備員も常駐しているため防犯上も問題無さそうだった。


部屋は侍女以外は各自1室ずつ与えられた。


ジョアンナと侍女2名は隣部屋、ジュリアンとロッドも隣部屋とし、全員2階の部屋でリーンステアの部屋の前を通らないと、他の部屋には行けないような配置にしてもらった。


ロッドは2人の侍女から荷馬車に置いてあった荷物で宿泊に必要な物を聞き出し、それをストレージ内操作で取り出して侍女の部屋に纏めて置いておく。


さらに自分の与えられた部屋に入ると、ハム美とピーちゃんを降ろし、おうちや止まり木セットを出して各自に水と餌とおやつを与えた後ロビーに行く。


丁度そこにいたリーンステアとジュリアンにこれから3時間ほど外出する旨と夕食も不要である事を伝えた。


また、防犯はしっかりしている様だがいざという時はアイリスを頼れと言っておいた。

既にアイリスには話してあるがこれから少し行くところがあるのだ。


ロッドは部屋に戻って目を瞑りこれから行く場所を思い浮かべながら超能力を発動した。

瞬間移動テレポート



ーーーーー


ロッドは久しぶりに街の教会に来ていた。

だが教会には入らず、手慣れたように裏にまわって孤児院の扉の前に立つ。


数ヶ月前まではずっとここで暮らしていたのだ。


ロッドは孤児である。

赤ん坊の頃に教会前で捨てられ泣いているところを前代のシスターに拾われて以来ずっとここの孤児院で育てられていた。


15歳で孤児院を出なければならない決まりがあるため、ギルド登録した後は無料のギルド宿泊所などを利用していたが、お金が無くてどうしてもお腹が空いた時などはここに来て少しパンを分けて貰ったりしていた。


「ロッドにいちゃん!」

小さな子がロッドを見つけて走り飛び付く。


「おお。元気だったか。シスターはいるか?」

ロッドはその子の頭を撫でながら話しかける。


「いるよ。入って!」

小さな子がロッドの腕を引っ張りながら孤児院に入ってゆく。


孤児院の食堂に行くと中年の痩せたシスターが夕食の準備をしていた。

背後からロッドが挨拶する。

「ただいま。シスター」


シスターが振り向いて驚く。

「まあロッド!生きていたの!良かったわ!」


シスターが少し涙目でロッドとの再会を喜んだ。

ロッドはシスターに猪頭人オーク狩りに行って問題が出た事、ギルドで起こった事などを簡単に説明し、恐らく明日はまた旅立つ事も伝える。


そしてあらかじめ指輪で取り寄せてあった大量のパンと肉が入った袋を手渡した。


・バターロール30個入り10袋(15,000P)

・クロワッサン30個入り10袋(25,000P)

・ウインナー1kg20袋(18,000P)


「これは孤児院の皆にお土産だよ。ギルドからのお詫びで貰ったパンと肉だ。いっぱいあるから全部皆で食べて欲しい」


中身を見て驚くシスター。

「まあまあ、こんなにたくさん!これだけあれば全員に何日もお腹一杯食べさせられるわ!」


「「「「やったー!」」」」

既に近くで聞いていた子供達が嬉しさで歓声をあげた。


その後シスターにウインナーをたくさん焼いてもらい、大皿にパンを山盛りにしてスープと合わせて皆で食事をする事になった。


「おいし〜!ふわふわだよこのパン(もぐもぐ)」

「こっちのくるっとしたパンもあまくておいしい〜!」

「このおにくもおいしい!こんなのたべたことないや!」


孤児達は満足そうに笑い叫びながらパンやウインナーをモリモリ食べ、シスターも時折目を丸くしながら美味しそうにニコニコして頬張っていた。


だがロッドは1人孤児が足りない事に気づいた。

「そういえばラクスは何処にいる?」


ラクスはロッドの2歳ぐらい年下の少女で血は繋がっていないがロッドは妹のように思っていた。


ラクスもロッドの事を「ロッドにい」と言って慕い、ロッドが力があまり無い事に気づくと「私が代わりに戦う!」と力を身につけるために毎日欠かさずトレーニングをしているほどであった。


「そういえばいないわね。ラクスは最近少し帰りが遅くなる事も多くて…ラクスの分は後でまた焼くわね。先に小さい子達を食べさせちゃいましょう」


ラクスは来年この孤児院を出る事もありちょくちょく外に出て、出店の手伝いなどで小銭を稼いでいるようだった。


シスターがそう言うのでロッドもそういう物かと食事を続け、食べ終わると最後に孤児院の皆に別れを告げて宿屋に帰るのであった。



ーーーーー


闇の女神教団という教団がある。

女神ベラドナを信仰する教団である。


ベラドナはこの世界では200年ほど前から死と闇を司る女神として一部の者に熱心に信仰されていた。


闇の女神ベラドナは強大な悪魔を何柱も配下とし、信仰する者は死後に闇の力で永遠の安寧を与えてくれると教えられていた。


いずれ訪れる世界の最後に闇の女神が地上に顕現し、信仰する全ての者に救いをもたらす。


その救いを得る為自他問わず全てを犠牲にしなければならない。

闇の女神教以外の信仰は悪であり、教義に従う死は救いである。


闇の女神教は排他的で過激な信仰であり、既存の教会が信仰対象とする光の創造神イクティスを否定していた為、王侯貴族には敬遠され主に生活の貧しい民衆の間で信仰された。


最初こそ貧しい一般民衆が信仰していたが、その貧しい民衆が罪を犯す事も多く、教義の性質からも闇に生きる者に好まれた結果、暗殺者ギルドを代表とする暗殺組織や各種の犯罪組織の者に多く信仰されるようになっていた。


闇の女神教には闇の巫女という存在がおり、闇の女神の声を直接聞ける存在として神の唯一の代弁者となり、12人の大司教と共に教団の実権を握っていた。


教団は年月を重ねるに連れ先述した暗殺組織、犯罪組織を下部組織として多く抱える存在となっていた。


現在は国境なく多くの国を跨り〈闇の女神教団〉として存在していた。



ーーーーー


ランデルス王国でも表立った教会こそ無いが〈闇の女神教団〉の者が少なからず存在していた。


ここオルストの街にも〈闇の女神教団〉に連なる者がいる。


暗殺者ギルドのオルスト支部長に昼頃、部下から重要な報告があがった。


常日頃から金でろう絡してある街の衛兵からの連絡で、本日昼前にロードスター辺境伯の嫡男が長女と騎士1名、その他4名と共に街に入った。その際、双剣のディックが拘束されていたとの事。


暗殺者ギルドはブランドル伯爵から代理人を通じて、今回のロードスター辺境伯の嫡男襲撃を請け負っており、そのためディックと数名の部下に野盗を大量に雇わせ、野盗集団の仕業に見せかけた形での襲撃を計画していた。


その際、ブランドル伯爵の意向で同行している長女のディアンナには傷一つ付けてはならないと厳命してあった。


長女は恐らく辺境伯家を乗っ取るのに必要なのだろうと思われた。


ロードスター辺境伯嫡男の護衛は騎士13名である事が分かっており、事前にブランドル伯爵が別方面で手を回して、隊長以外に手練れの騎士がいない状況である事も把握済みであった。


野盗だけでも50近くも集めたとの報告が上がっており、ディックと組織の厳しい訓練をクリアしている部下4名も合わせれば、万が一にも負けるはずが無いと考えていた。


支部長は考える。

恐らく襲撃自体は失敗したのだろう。


そして野盗と部下は不明だがディックだけは捕まって拘束された。

騎士で1名残ったのはたぶん隊長だろう。


他の騎士がいないのはディックの襲撃で殺せたからか。


徒歩で来たと言っていたので、馬車は壊れたか御者か馬が使えなくなったのかもしれない。


どうやら襲撃は失敗したようだが、騎士も相当数死んでいるので痛み分けか。

護衛を失ったのであれば、ここから辺境伯領まで引き返す可能性が高い。


辺境伯領まで行かれ騎士団に保護されると殺害はまず不可能になってしまう。


支部長は部下に命じて辺境伯嫡男一行の居場所と動向を探らせると同時に、暗殺者ギルド本部に伝書鳥にて状況を報告、さらに上位組織である「闇の女神教団」にも情報を共有して助力を仰いだ。


残った騎士が隊長である若手ナンバーワンのリーンステアだとすると下手な暗殺者では返り討ちにあう可能性が高いが、今いる支部のメンバーではディックが一番の実力者なので対応出来る人員が不足している状況であった。


一度命を狙われている辺境伯嫡男一行が街から出るときは、新たに手練れの護衛を雇う事も考えられる。


その為、殺害するのであれば街にいる間の方が都合が良いだろう。

とりあえず支部長は部下の報告と本部等からの連絡を待つのであった。


夕方前頃になり支部長へ部下からの報告があった。


辺境伯嫡男一行は〈龍の翼亭〉に滞在しており、冒険者ギルドに潜ませていた者の報告では辺境伯領までの護衛依頼を出しているとの事であった。


やはりすぐに辺境伯領まで逃げ帰る予定のようである。

支部長は部下に暗くなり次第、速やかにディックを脱獄させるよう指示した。


少しすると〈闇の女神教団〉の人員が暗殺者ギルド支部に直接訪れてきた。


教団から提示されたのは〈悪魔の身〉と呼ばれる人形の販売であった。

この人形に10人を殺害した血を捧げると悪魔を1体召喚出来るとの事。


教団員の説明では悪魔の種類や強さはバラ付きがあるので厳密に保証は出来ないが、教団本部で行った実験では金級ゴールドランクパーティーが力を使い尽くして何とか倒せる程との事であった。


人形の販売金額は本来は金貨200枚だが、繋がりがある下部組織の場合は特別に金貨100枚だという事である。


暗殺者ギルドのオルスト支部ではブランドル伯爵の代理人から金貨350枚で殺害を請け負っていた。


その中からディックに金貨150枚を渡し、ディックを含めた部下4人の報酬と野盗を雇用する費用にあてるよう指示している。


残り金貨200枚がギルドの収入となるが、そのうち60%を本部への上納金として納めなければならないので支部の利益は金貨80枚であった。


人形を買っても経費として金貨100枚を計上出来るので赤字にはならない。

金貨80枚だった支部の利益が金貨40枚になるだけである。


ギルド支部長は決断し〈闇の女神教団〉から〈悪魔の身〉を購入した。


召喚した悪魔を差し向け、脱獄させたディックとギルドの部下数名で〈龍の翼亭〉を襲撃し、ロードスター辺境伯の嫡男を殺害する。


もう野盗の仕業に見せかける事は出来ないが失敗するよりはマシである。


人形に捧げられた魂は闇の女神様への贄にもなるため、教団としては喜ばしいとの事であった。


教団員が喜々として使用方法を説明してくれる。


まず生け贄を9人まで殺し、死んだ事が確認出来たらその血を人形の口に各人の分を少しづつ含ませる。そして最後の生け贄にその人形を持たせて生け贄の首を切って殺すとその場で悪魔が召喚される。


依り代となる最後の生贄は子供でもかまわない。


召喚された悪魔は儀式の最後に首を切った者の命令にのみ従い、命令の遂行後は姿を消し、闇の女神の下僕となるとの事であった。


早速、教団員に金貨100枚を支払い人形を手に入れた支部長は、部下に迅速に生け贄を集めるように指示した。


生け贄は街裏などにいる浮浪者で良いだろう。酒を奢るとでも言えばホイホイ付いてくる。


だがその日は見つかる浮浪者の数が少なく、いたとしても乗ってこない者もおり9人までしか集められなかった。


報告を受けた支部長は仕方なく孤児院からの誘拐を部下に指示した。




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