第8話 解決と後悔(通貨説明有)
ギルドの会議室で支部長ゴルドー、受付嬢サラを正面にして、
左手前から奥にかけてロッド、アイリス、ジュリアン、ジョアンナ、リーンステアが並び、右手前から奥にかけて〈鋼の剣〉のハルク、エミリア、以下3名が並び着席している。
ギルド支部長のゴルドーが話す。
「では、事情聴取を始めます。最初に断っておきますが、虚偽の発言だと後からわかった場合は厳しい処罰が与えられます。
まず〈鋼の剣〉のハルク、以前の申告ではロッドがパーティーの貴重品を奪取して逃げたという事だったが、それに相違は無いか?」
ハルクが冷や汗をかきながら答える。
「え、えっと間違いありません…貴重品の入ったパーティーのバックパックを持って急にいなくなったのは確かです…」
「貴重品の入ったバックパックというのはこれで良いですか?
本日、ロッド君から預かった証拠品になります」
サラが席の下においてあったバックパックをテーブルの上に置いた。
サラが続けて発言する。
「彼は食料品の入ったバックパックを預かったと言っていますし、現にこの中には堅パンやチーズ、芋などの食料しか入っていません。
それにいなくなった原因としては
厳しい表情でゴルドーが〈鋼の剣〉のメンバーに向かって言う。
「講習でも習ったと思うが、パーティーメンバーを危険な場所に置き去りにする行為、特にメンバーを囮にする行為はギルド規則で固く禁じられている」
「そ、そんな事していない!それにコイツは荷物持ちだったんだ!パーティーメンバーじゃないから関係無い!」
ハルクは慌てながら否定し、苦しい言い訳を展開する。
「もし仮に荷物持ちだったとしても、パーティーメンバーの広義の意味には荷物持ちも入っている。それに荷物持ちだったからといって見殺しにして良い訳では無い!」
ゴルドーが怒りながらハルクの言い訳を論破する。
エミリアが立ち上がりハルクに対して言う。
「もうやめようよ!私達が悪かったんだよ!あの時ロッドを見捨てたじゃない!緊急用の煙玉だって使わなかったし、他に助けだって呼ばなかった。ギルドに嘘の報告までしてロッドを…」
「うるさい!お前は俺と付き合ってるんだろ!俺の女なら俺の味方をしろよ!ロッドロッドっていつも煩いんだよ。だから俺がコイツを
ハルクは自分と付き合っているのにまだこの状況でロッドの味方をしようとしているのが気に入らず激昂して叫ぶが、自分が計画したと白状しそうになりハッ!として口をつぐんだ。
「続きを言いなさい。だからロッド様の殺害を計画したと?」
アイリスが立ち上がりハルクを冷たく睨みつけて発言の続きを促す。
静かに怒ったアイリスから膨大な魔力が溢れ出し、魔力の奔流がギルドの会議室を満たし、それでもまだ激しく流れ続ける。
ハルクは今まで味わった事の無い恐怖に襲われていた。
目の前にいる少女から流れ出る何らかの力は尋常ではない。
さらに少女に睨まれて思わず椅子から転げ落ち、尻もちをつく。
このままでは絶対に殺されてしまうとハルクは本能で感じた。
「…くっ!全部ウソです…ロッドが邪魔だったので…」
ハルクが発言した途端、アイリスから立ち昇って部屋を満たしていた魔力の奔流がウソのように消えて静寂が訪れた。
アイリスも無表情で着席する。
「う……ゴホン。ハルクの申告は嘘であったと本人から訂正があったので、ロッド君の疑いは晴れた。事情聴取とはいえすまなかったな」
「いえ、疑いが晴れて良かったです。サラさんもありがとうございました」
ロッドはそう言ってゴルドーとサラに笑顔で会釈する。
「〈鋼の剣〉のメンバーは取り急ぎ謹慎だ。正式な処分は追って沙汰する」
ゴルドーが宣言し、それを聞き〈鋼の剣〉は全員項垂れる。
「あ、それなんですが特に置き去りにされたとか見捨てられたとか思ってないんで無罪でいいですよ。貴重品を持ち逃げしていない事さえわかってもらえればそれで良いです。もし問題があるようなら厳重注意くらいでお願いします」
ロッドが疑いは晴れたのでもう良いとの発言をする。
「え!ロッド君はそれで良いの?殺されかけたんだよ?」
サラがビックリして発言する。
その他の人もアイリス以外は同様に驚く。
「まあ結果的に死ぬことは無かったんだしそれに…思い出したんです。
ギルドの下働きしか出来ない俺なのに臨時でパーティーに誘ってくれて、その為に皆で物資の調達に行ったり、凄く嬉しかったし楽しかったって。それを思い出したんだ。特に恨んでもいないよ、あの時の嬉しさでチャラかな」
ロッドは最初はサラに、最後の方は全員に向かって説明した。
過去の暗い状況の中、嘘でも誘ってもらえて嬉しかったのだと。
サラはそれを聞いてロッドに歩み寄り、後ろから頭を抱きしめて涙を流す。
「あ!何を!」
なぜかジョアンナが抗議の声を上げる。
ハルクはロッドの言葉を聞き、後悔の涙を流す。
自分がやった事は何だったのかと、なんと自分は醜いのかと…
エミリアも涙を流す。
自分も土壇場で見捨ててしまったので同罪だ。
恨まれてもおかしくないのにロッドは許してくれている…
ゴルドーがしんとなったその場を締めた。
「まあ…ロッド君の言うことは考慮しておこう。完全に無罪にはならないかもしれないがね」
その場はこれで解散となった。
ーーーーー
ロッドは1Fまで降りるとサラに願い出る。
「サラさん、ここにいるアイリスの冒険者登録をしたいんですが、お願いできますか?」
「もちろんいいわよ。こっちに来てこれを書いてくれる?凄い魔力だったわね。その子」
ロッドは受付カウンターに置かれたギルド登録申請用紙に記入する。
名前…アイリスで、年齢…15歳でいいか、出身…近隣の村出身にして、特技…魔法っと。
「これで良いですか?」
サラは記入内容を確認する。
「そうね。これでいいわ。はいこれ、ギルドの登録証明書。あと登録料で大銅貨3枚かかるのと、望めば2週間の新人講習が受けられけどどうするの?」
ここでロッドは金を全く持っていない事に再度気づいた。
以前はギリギリで暮らしていたのでギルドに貯金も無い。
この国の貨幣制度は下記のようになっており、ギルド登録料の大銅貨3枚は日本での3,000円ぐらいになる。
〈通貨〉
・銅貨、日本での100円ほど
・大銅貨、日本での1,000円ほど
・銀貨、日本での1万円ほど
・金貨、日本での10万円ほど
・白金貨、日本での100万円ほど
ロッドがお金を持っていないと悟ったサラが助け舟を出す。
「まだロッド君に支払っていないギルドの給金が同じくらいあるので相殺しましょうか?」
「すみません…お願いします。あと講習については護衛依頼があるので辞退させてください」
ロッドは本当は未払いの給金など無い事はわかっていた。
なぜなら給金は日払いで貰っていたからだ。
後でサラが代わりに支払ってくれるのだろう。
この人には足を向けて寝れないなと思うロッドであった。
「あと護衛の依頼を受けたのですが、ギルドでまだ依頼登録をしていないのでお願いします」
ロッドはそう言うとジュリアンとリーンステアを呼んで二人に記入してもらう。
代理で必要事項を記入していたリーンステアがロッドに尋ねる。
「依頼料はどのくらいでしょうか?」
ロッドは相場を知らないのでサラに聞く。
「…サラさん、ここからロードスター辺境伯領までの護衛依頼の相場はどのくらいでしょうか?」
サラは細かく説明してくれる。
「ロードスター辺境伯領の領都までだと馬車で4日ぐらいだから、普通は6人パーィーで受けてランクにもよるけど相場は一人一日銀貨1枚ぐらいね。
アイリスさんと二人だと銀貨8枚になるけど指名料が10%上乗せされて銀貨8枚と大銅貨8枚。これが依頼料になるわ。
ギルドの手数料が20%だからロッド君たちが依頼遂行後に受け取れるのは、銀貨6枚と大銅貨4枚に指名料の10%分を乗せた銀貨7枚と大銅貨2枚ね」
ジュリアンが相場を聞いて悲鳴をあげる。
「金貨1枚にもならないのですか!安すぎませんか?僕のお小遣いでも月に金貨5枚はありますよ?これじゃあロッドさん達に申し訳が無いです…」
そこまでお金が必要では無いロッドが答える。
「いや、相場通りで良いよ。充分だ」
そこでまたサラが助け舟を出した。
「依頼料の10倍までなら特別報酬を出せるの。これにはギルドの手数料も5%しか掛からないわ。これはどうしても高ランク冒険者に依頼を受けてもらいたい時に使う手なんだけど。
これを最大で使うと依頼料とは別に金貨8枚必要になって合計だと金貨8枚と銀貨8枚と大銅貨8枚になるけど、ロッド君たちへの報酬は別途金貨7枚と銀貨6枚増えるので合計で金貨8枚と銀貨3枚と大銅貨2枚になるわ。
但し、特別報酬は完了後に依頼人からの手渡しになるから貰ったら後からギルドへ特別報酬の申告をして自分で5%分の納入を行う事になるわね」
ジュリアンがサラに礼を言う。
「ありがとうございます。それならまだマシですね。一旦、その金額でお願いします」
その後、事前に決めていたようにリーンステアからもうつ1パーティーを護衛として雇いたい旨を伝え、リーンステアが依頼登録に記入した。
サラが言うには丁度良く
結果は明日分かるという事なので、また明日来る事にして一行は宿に向う事になった。
ロッド達がギルドから出ていこうとするとエミリアが駆け寄ってくる。
「待ってロッド!」
そしてロッドの前まで回り込みエミリアは頭を下げた。
「本当にごめんなさい…あなたを助けてあげられなくて…」
「いや、さっきも言ったけど無事だったんだからもういいよ。過ぎた事さ。
それよりもハルクと付き合ってるんだって?2人共お似合いじゃないか」
ロッドが優しく祝福するようにそう言うとエミリアは焦ったように首を振り、ロッドの腕を掴む。
「違うの、ちが…」
ジョアンナが進み出て機嫌の悪そうな顔をして、ロッドを掴んでいたエミリアの手を振りほどく。
「ロッド様に触らないで下さいませ」
無表情のアイリスも前に出て、エミリアとロッドの間に立ち出発を促した。
「ロッド様、そろそろ参りましょう」
「あ、ああ。エミリアも元気でな」
ロッドはエミリアに別れの挨拶を告げた。
ーーーーー
エミリアは暫くそのまま下を向き立ち尽くしていた。
今になって気づいたのだ。自分がロッドを好きだったという事に。
新人講習の時に話してから、ずっと何となく気になっていた。
同じパーティーとなってからは毎日が楽しくて、エミリアにとって世界は美しく色づき輝いていた。
反対にロッドが死んだと思った時は世界から色が無くったように感じた。
食べ物もあまり味がしなかった。
ロッドの死を受け入れてハルクと付き合うのを決めた後も色は戻らなかった。
今になって思えばロッドと会っている時だけ世界は色づいていたのだ。
何で気づかなかったのだろう好きだという事に。
気づいていれば最初にパーティーから追放された時だってロッドに付いていったはずだ。
そうすれば苦労はしたかもしれないが、今の何十倍も生を感じて生きて行けたはず。例え貧しくてもきっとそれは凄く楽しかったはずだ。
ロッドが取り残された時、何で助けに行かなかったのだろう。
危険な状況でも飛び込んで一緒にいれば、必死になって生き抜こうと思えたはずだ。
二人で窮地からなんとか脱出して笑い合い明日の事を話し合う。
それが実現していれば何と素晴らしい事だっただろう。
だがエミリアは手放してしまった。
見捨てて逃げてしまった。
気づかなかったばかりに大切な人を失ってしまった…
今さら好きだと言えるはずが無い。
その資格も無い…
エミリアは今のパーティーを抜ける事を決めた。
ハルクには別れを告げよう。
そしていつかロッドに胸を張って好きだと言えるような冒険者になろう。
エミリアは新たな決意を抱き、歩き去っていった。
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