第3話 乱入と救出

ロッドは7日間の訓練を終え街に戻るべく大森森を抜け街道に出た。


受動的パッシブ能力である〔遠隔知覚テレパス〕の能力が、少し遠くで大人数での戦闘がある事を感知した。


状況を確かめるべく覚えたての〔遠隔視リモートビューイング〕を発動する。

ロッドの瞳が金色に煌めく。


やがて遠くを見つめるロッドの目に、2つの馬車を囲むように乱戦が繰り広げられている光景が見えた。


馬車を守るようにプレートメイルを着た12、3名ほどの騎士達が、その数倍の野盗と思われる集団に襲われている。


少し離れた位置に野盗を指揮している者も見えた。


「5kmぐらい先の街道沿いで馬車が野盗に襲われている」

ロッドは皆に状況を簡単に説明する。


そのまま少し戦いを見守っていたが、馬車側の騎士達は多勢に無勢でほぼ倒されてしまったようで、最後まで一人戦っていた長髪の女騎士も敵指揮官との戦いで倒れたところを複数の野盗達に組み伏せられていた。


さらに見ていると身なりの良い少年と少女、よく似ているので兄弟であろう二人が馬車の外に引きずり出された。


少女は震えて兄に縋り付き、兄の方は目を閉じた状態で青い顔をしている。


続いて野盗とは思えないほど良い装備を着た指揮官の男が、組み伏せられて鎧も剥がされた女騎士の上半身の衣服を乱暴に破った後、何事か囁いて嫌らしく笑う。


男はそのまま馬車から出された少年の方に歩き、部下に指示して少年と少女を引き離した後、少年を蹴り倒してニヤリと笑うと腹に剣を浅く突き立てた。


少年の顔が苦痛に歪む。


女騎士が組み伏せられた状態で顔を歪ませ必死で何かを叫ぶ。

少女も泣き叫びながら片手を少年に向け必死に伸ばす。


そして男は徐々に剣を深く付き入れてゆく…少年は剣を手で押さえ苦痛で叫ぶように口を開く。


ロッドはこの光景を見て胸糞悪い気分になった。


なんの事情かは知らないが、まだ大人とは言えない年頃の少年を大人数で襲い、残酷に殺そうとしている。


護ろうと戦った女騎士がその後どうなるかも容易に想像出来る。


所詮は赤の他人だが、ロッドには前世の倫理観があるので見てしまった以上、このまま無視は出来そうに無かった。


「気に入らないな……ちょっと行ってくる。皆はここで待機しててくれ」


ロッドはそう言うと少年の前をターゲットとして〔瞬間移動テレポート〕を発動した。



ーーーーー


ジュリアンと妹のジョアンナは馬車に揺られていた。


自領を出て4日、騎士団の一小隊を護衛として引き連れ、父の待つ王都に向かう途中であった。


幼い頃に高熱を出して生死をさまよったジュリアンは、運良く命は助かったものの目の光を失ってしまった。


ランデルス王国の辺境伯である父親は回復方法を懸命に探したが、失った光を取り戻せる方法は見つからなかった。


この世界の回復魔法は傷をある程度修復できるが、一般的に知られる魔法では病気や身体の部位欠損などは治せない。


唯一、薬草などで病気治療に効果を出せる場合があるが、個人差も激しく副作用もあり安定して治せるものではなかった。


だがジュリアンが15歳になったこの時、職務で王都に滞在している父親に親戚である伯爵家から良い薬師が王都にいるという知らせを受けた。


父親は喜びすぐにジュリアンが王都に来るように手配した。


母は数年前に他界していたため、一人にしては可哀想だと考えてジョアンナも一緒に呼び寄せた。


馬車と並走して騎乗し、二人を護衛しているのは辺境伯騎士団でも指折りの実力があり、若くして騎士に叙爵されたリーンステアである。


リーンステアは辺境伯家に代々仕えている騎士の家系だった。

幼い頃から女だてらに剣術好きで才能もあった。


父親も喜んで自分の剣術を教え鍛えた結果、領内の同世代では男女問わず敵なしと言われるまでになった。


騎士団の遠征で亡くなった父親の跡を継いだ形で騎士となったがその実力は確かであり、騎士団長から直々の指示でこの護衛小隊の隊長を任されている。


ただ護衛小隊の人員はルーチンワーク的な移動で危険も少ないと思われるため、実力は下位の者で構成されていた。


リーンステアは隊長という目線から団長にもう少し手練を増やして欲しいと願い出たが、不要だとの一言で却下されていた。


リーンステアは個人的な事情もあり強く抗議出来なかったのでこれを許容した。


辺境伯領の領都から王都までは馬車で約10日ほどの行程となる。


騎乗した騎士に周りを警備され、ジュリアン、ジョアンナ、侍女1名が馬車に同乗し、残り1台は荷と侍女1名が乗り込んでいた。


4日ほどかけて他領の街であるオルストを経由し、昼になり一旦馬を休ませる事になった。


全員馬から降りて休憩準備に入ろうと馬車付近に騎士達が集まったところで異変が起きた。


突如、矢の雨が降りそそぐ。


ついで、進行方向の前後を挟むように身を潜め隠れていたと思われる野盗の集団が現れた。


「敵襲!馬車を背にして守りを固めろ!」


リーンステアはそう叫ぶと、被害状況と同時に敵の規模を把握しようと辺りを見回す。


矢で負傷した者はいるがプレートを着込んでいる事もあり、戦えなくはない。

だが2台の馬車の御者は矢に倒れていた。

(御者を狙ったのか)


対して敵は4倍以上で50人近くいる様子。


撤退したいが街道の前後から挟撃されており、御者が殺されたため馬車も動かせない。


数に任せてジリジリと包囲して距離を詰めてくる野盗。

野盗にしては統制も取れている。


敵の指揮官と思しき人物も少し離れた後方に確認した。


「あれは……双剣のディックか、殺し屋の」


リーンステアは騎士団でこの男の手配書を見た事があった。


双剣の使い手であり、かつては冒険者ギルドの高ランクパーティーに所属していたが、パーティーメンバーへの強姦と殺人の罪により世間を追われ、以後は請負殺人を生業としている。


金貨30枚の賞金首でもある。


(くっ!あんな殺し屋までいるとは。この小隊では持たない。何とかジュリアン様達だけでも逃がす道は…)

しかしリーンステアが思考しているうちに戦端が開かれる。


味方には守りに徹するように命じ、リーンステア自身は前に出る。


野盗の一人に狙いを定め、素早い踏み込みと横薙ぎの剣閃で一人目の喉を深く切り裂く。


野盗は目を見開いた顔のまま首から血を勢い良く吹き出してゆっくりと倒れた。


もう一人片付け、3人ほどに包囲されるが全ての剣を避け弾き、突きを繰り出して野盗を倒す。


そうして5人ほど倒したところで気付くと味方の騎士は4、5人しか残っておらず劣勢に陥っていた。


指揮官の男がリーンステアの前に出ながら言う。


「どけ、お前達では勝負にならん。お前達は残りの騎士を片づけろ。くっくっくっ。こりゃあいい女だな」


リーンステアはこの隙に息を整えると、両手剣ツーハンデッドソードを正眼に構えた。


「お前が首謀者か!何が目的だ?」

「俺は雇われただけだ。コイツらと同じようにな。くっくっ」


「誰にだ!言え!」


「言うか、馬鹿が。一つ言えるとすると、お前は俺が倒してジュリアンとかいう小僧は殺されるという事ぐらいだな」


ディックは嫌らしくニヤつきながら答えた。


「そんな事はさせない!」


首謀者を倒せば野盗は散るかもしれない。

そう考えたリーンステアは望みを掛けて全力で飛び込み剣を振るう。


突撃チャージ


ディックは双剣ツインソードをクロスさせて〚突撃チャージ〛の斬撃の勢いを殺しつつ、素早く引いて後ろに下がる。


そして今度はディックが前に出て双剣ツインソードを振るう。

連撃ダブル・アタック


武器回避パリィ

リーンステアが両手剣ツーハンデッドソードを盾のように使い弾く。


何度か剣戟を重ねていると、ディックが少し距離を置き片手を挙げた。


それが合図であるかのように背後から飛んで来た投擲用の短剣スローイングダガーがリーンステアの両膝裏に刺さる。


野盗に紛れていた暗殺組織の部下が定めていた合図で短剣を放ったのだ。

思わぬ痛みに顔を歪めるリーンステア。


「ぐあっ!卑怯な…」


その隙に素早く飛び込んできたディックはリーンステアの右腕を切り裂く。


「甘いな。戦いに卑怯もクソも無いんだよ。くっくっくっ。お仲間はもういないぜ!」


左腕にも斬撃を受けたリーンステアは、とうとう剣を手離して倒れ伏した。

「うぐっ!」


ディックは野盗に指示してリーンステアを取り押さえ、上鎧を剥ぎ取らせた。


そして仰向けにしたリーンステアの前にしゃがみ、服を破り肌をさらけだす。

「お前は後のお楽しみだ。くっくっくっ」


さらにディックは数名の野盗を指差して指示を伝える。

指示された野盗が馬車から少年と少女を引きずりだした。


「少女は丁重に扱って手を出さないようにな。引き離して少年はここに連れてこい!」


「嫌!お兄様!」

少女は離れようとしないが、大人の力には抗えず引き離されてしまう。


ジュリアンはディックの前に連れて来られた。


「さて、これからお前を殺す。俺は人が死ぬところを見るのが好きでな。せいぜい苦しんでから死んでくれ!」


そう言うとディックはジュリアンの腹に浅く剣を突き立てた。


「ぐああっ!」

剣を手で抑え激痛に苦しむジュリアン。


「やっ!やめろ〜!やめてくれ!」

「嫌!やめて!お兄様を殺さないで〜」


それを見たリーンステアとジョアンナも泣きながら叫び声を上げる。


ジュリアンは激痛の中で、自分を心配してくれている声を聞いた。


痛い…凄く痛い…自分はもう死ぬ…お母様の元へ行く…だけどせめて彼女達だけでも助けて欲しいと心の中で必死に神に祈った。



ーーーーー


その時、まるで祈りが通じたかのように、いつの間にかジュリアンの間近に現れた人物がディックを蹴り飛ばした。


もの凄い勢いで飛んで行くディック。

蹴り飛ばしたのは〔瞬間移動テレポート〕してきたロッドである。


ロッドはジュリアンに刺さっていた剣を引き抜くと、すぐさま腹部に手をあて超能力を発動した。


治癒ヒーリング


すると瀕死の重傷であったジュリアンの傷が徐々に治ってゆく。


ジュリアンは急に無くなった痛みに自分は死んだものと勘違いした。

(誰かが自分のお腹に手をあてている。とても暖かい…)


「あの…あなたは神様でしょうか?僕はどうなってもいいですから、アンナとリーンを助けていただけませんか?」


ロッドは自分が苦しみ死にそうな状況においても、他人の心配が出来るジュリアンの事を好ましいと思い、胸糞悪かった気分が少し晴れるのを感じた。


「神ではない…が、承知した。生き残った者は俺が助けよう」


話している間にジュリアンが完治したので、ジョアンナとリーンステアそれぞれに手を向け、超能力を発動する。


物質取得アポート


すると指定された二人が野盗の手を離れ、ロッドの直ぐ側に現れる。


ジョアンナとリーンステアの二人はきょとん?として何があったのか飲み込めないようであった。


ロッドは毛布を1枚指輪のストレージから取り出しリーンステアに掛ける。

リーンステアは前をはだけていた事を思い出し赤面した。


ロッドはしゃがみ込みリーンステアの腕と脚に手を置き治療する。


治癒ヒーリング


傷口から徐々に痛みが無くなって暖かくなり、治ってゆくのを感じて驚くリーンステア。


そして場違いかもしれないと思いつつ問う。

「あなたは治癒魔法使いなのですか?」


この世界において魔法の素養がある者は数十人に1人という非常に少ない割合でしか存在しない。


また、素養があったとしても実際に魔法を行使するには相応の学習と修練が必要になり、その分財力も必要とする。


戦闘や特に回復といった高度な魔法になるとさらなる素養や修練が求められる。


リーンステアの見たところ、少年のような歳の者にこのような回復魔法が使えるとは思えなかった。


「俺は、ただの落ちこぼれ冒険者だ」


リーンステアにそう言うとロッドは立ち上がり野盗の方に向き直る。

蹴り飛ばされたディックが気がついて復活していたのだ。


「お前何者だ!やってくれたな〜小僧。その綺麗な顔を切り刻んでやる!」


ディックは言葉ほど頭に血がのぼっておらず、裏ではある程度冷静にロッドを分析していた。


(一体何処から現れた?身なりは良いが貴族か?体格は華奢だ。少女のようにも見える。だが俺を蹴り飛ばせるぐらいの力があるのだ、男のはず。歳は若そうだが見た目通りの歳ではない?だとしたら危険か…)


ディックがお尋ね者でも今まで捕まっていないのは、暗殺者ギルドに所属しているからであるが、狡猾でずる賢い為でもあった。


何かがおかしい!と身の危険を敏感に感じ取ったディックは、まずは直接戦わず野盗をけしかける事で様子を見ることにした。


「お前ら全員で一斉にかかれ!」


リーンステアは毛布を片手で押さえつつ起き上がり、もう片方の手で落ちていたディックの剣を拾い、ロッドに願う。


「私が死んでも時間を稼ぎます。お二人を連れて逃げて下さい!」


今度こそ皆を逃がす!と覚悟を決めて踏み出そうとするリーンステアを、ロッドは片手を横に出して制する。


「その必要は無い。助けると約束したんでね」


ロッドは手のひらを上に向け〔サイコキネシスの玉〕を1つ生成した。

白く輝く玉は掌から離れ、緩やかに上昇する。


上昇させながら〔遠隔知覚テレパス〕の応用で、敵は赤い点、敵でない者は青い点として感知する。


(実戦で使うのは初めてだからどの程度力を込めれば良いかわからないな…とりあえず保険で敵でない者に〔サイコバリア〕を掛け、敵の首領はターゲットから外しておくか)


大勢の野党達は突如現れた輝く玉に気を取られ、立ち止まって見上げる。

ジュリアン、ジョアンナ、リーンステアは青白い半円形の膜に包まれた。


ロッドが合図すると〔サイコキネシスの玉〕が弾け、白い人数分の光の矢となって野盗のそれぞれに轟音を立てて突き刺さる。


瞬間的な事であり、逃げる暇などない。


光の電撃で痺れるように痙攣した野盗達は煙を吐き一人の例外も無く地面に倒れた。


ロッドは敵でない者に被害が及んでいない事を確認した後、〔サイコバリア〕を解除した。


=============== 〔サイコバリア〕

サイコバリアとはサイコエネルギーを強い強度で発生させた防御膜で物理攻撃、魔法攻撃などを完全遮断する技である。

通常は半円形のドーム状に展開するが形状は容易に変化可能である。

注意事項としては持続させている間は常時精神力が消費され続けるのと、精神攻撃には無力な点である。

サイコバリアを使用しながらの攻撃も可能だが、身体強化系の超能力との平行使用はサイコバリアのエネルギー使用割合が高い為、今は成功していない。


=============== 〔サイコシャワー〕

ロッドがサイコシャワーと名付けているこの技は訓練中に思い付いた広範囲の殲滅技である。

とにかく一度に大勢倒したいとサイコエネルギーを玉状に詰め込み、その後拡散させて殲滅する。

目で見て当てていた時は精度が悪かったが、今回実験的に〔遠隔知覚テレパス〕で敵の位置感知を併用したら予想通り百発百中の技となった。

==============================


その後、時が止まったように辺りが静まり返る。

誰もピクリとも動かない。

動けない…


ディックのこめかみから冷や汗がだらだらと流れ、口端がピクピクと痙攣する。


(な、なんだこれは。今回の襲撃には野盗だけでなく暗殺組織の訓練された者も少し混ざってる。それを…50人近くを一撃で倒すとか…化け物か?)


リーンステアも驚愕で口を開け、硬直していた。

このような魔法は見たことも聞いたことも無かった。


広範囲の攻撃魔法の事は知識で知ってはいたが、味方には被害を出さず敵だけを撃破出来る魔法など…凄すぎる…


ジョアンナは単純にロッドを格好良いと思った。


馬車が襲われて兄と無理やり引き離され、いつも優しい兄が剣を突き立てられ殺されそうになった。


怖くて悲しくてもう駄目だと思った。

そんなところに颯爽と現れて皆を救け、大勢の野盗を撃退してくれた。


その事を考えると自然と頬が熱くなるのを感じた。

(男の子…よね?)


ジュリアンは目が見えないので、一体何が起こったのか分からなかったが、リーンステアの声がしていたので自分は前と変わらず生きているという事だけはわかった。


そして、なぜだかわからないが、もう大丈夫という気がしていた。

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