第7話

 土の匂いと、変異動物特有の炭のような焦げた匂いがする。

 右手を伸ばし、左手で右手を包むように構える。


 目を開いて変異動物を視認する。

 左右に四本ずつの足を持ち、どの足にも関節が二つある。

 足は硬い殻に覆われていてこげ茶色。足先は尖っている。

 足の集う場所には、大きく膨らんだ赤い毛の生えた胴がある。

 そして正面についている顔は他の攻撃的な変異動物でもよく見る肉食獣風だ。

 赤い毛が生えた顔に充血した八つの目、その下にある鼻は異常に長く、口より先に伸びている。

 その口は人間の顔なら丸々収まる大きさで、ギザギザの歯が多く生えている。

 八つの足で地面を抉り、走ってくる変異動物の名前は土蜘蛛。

 森の中で土に埋まり生きている肉食変異動物だ。


 口から涎を垂らしている顔を見ながら、少し下にある頭と胴体の境目を狙う。


 段々近づいてきて重い体を一度地面に押し付けた。

 飛ぶ為の予備動作を見て祈力を込め、引き金を引いた。


 少しの衝撃の後に、土蜘蛛を見て弾倉を引き出した。

 放たれた弾丸は訓練時の解剖によると、土蜘蛛の頸椎を砕き、胴体にある胃を貫く。そのまま直腸を貫いて弾丸は排出される。弾丸が着弾して胴体を貫き続けられたのは、祈力のおかげだ。


 土蜘蛛は地面に突っ張っていた足を伸ばし、口からは黒い舌が垂れている。充血した目は瞼が半分落ちて眠たげな眼をしていた。


 危険は去った。

 薬室に残った弾を遊底を引いて排出する。その弾を弾倉に戻した。

 銃をホルスターに戻し、ナイフを取り出す。

 食材を捌く時間だ。


 私の好物である土蜘蛛は可食部が少ない。

 頭には糸状の小さな生き物が数え切れぬほどいて、食べられない。膨らんだ胴体も紐のような生き物がいて食べられない。唯一食べられるのは八本の足だ。


 足一本が大きいから、関節で三つに割り、夕飯、朝食、昼食になるだろう。

 ナイフを私が選んだ一番いい足の根元に突き刺す。

 赤々とした血が刺した箇所から滲み始めた。


 一周するように切り込みを入れると動くようになる。

 次は根元を持ち、切り込みを入れた胴に足を押し込み、回しやすい方向に半回転させる。


 そうすると足がスルスルと外れて、持ち帰る事ができる。

 この時、足に紐状の生き物が付いてきていないか確認する必要がある。付いてきていれば根元の一部を切り落とさないと可食部が減っていく。


 土蜘蛛の体はそのままにする。基本的に変異動物は人間を襲う敵だが、変異動物同士で争うこともある。土蜘蛛の体には糸状の生物が生きている。土蜘蛛を他の変異動物が食べることで、糸状の生物は捕食者の体内に移動する。そして捕食者の体に異常を起こすのだ。

 そうして変異動物の数が減る。増える方が多いが、手を下さないでいいだけ楽になる。


 戦果を持ってキャンプに帰る。

 隠していた箱を取り出して、焚火の準備をする。

 ナイフの柄頭にある蓋を開けて、黒っぽい棒を取り出す。

 黒い棒を火口に向け、ナイフで勢いよく擦ると火が付く、急いで枝を持ってきて、火を大きくしていく。


 火の準備が整った為、食事の用意を始める。

 土蜘蛛の足を関節で割って三つに分ける。今日は足先を頂くことにした。

 ナイフを殻に当てて上から石で叩く。

 数度叩くと殻に真っ直ぐ亀裂が入った為、殻を剥いていく。


 殻を剥いていくと、出てきたのは何本もの筋が寄り集まった身だった。


「今日のは身がしっかりしてるな」


 身が綺麗な事を確認して、ちょうどいい大きさの枝を身を貫くように刺す。

 刺したものを火が当たる状態で地面に固定する。

 これを他二本も繰り返し行い、明日の食事の準備をする。


「後は焼けるのを待つだけ」


 周囲はまだ明るいが、陽が暮れ始めている。

 寝床の準備をしなくては。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る