第4話


 町が見えてくると入り口には子供達とダレルさん夫婦、院長がいた。ブラッドは涙を拭いながらこちらに手を振っている。

 片手でおんぶして手を振り返しているとウィルも起きて手を振り始めた。


「ブラッドー! きれいな石みつけたよ!」


 町に着いてからの事を考えると苦笑いしか出てこないが、微笑ましい光景であることに変わりはない。

 案の定、町に着いてウィルを下ろすと、母親に頭を叩かれていた。


「あんた、アルにお礼言った?」

「アル、ありがとう」


 痛みから頭を擦りお礼を言ってくれた。


「アル、ホントにありがとう。うちの子が大事なく帰ってこれたのは、アルのおかげだよ」

「ありがとう。君がブラッドに話を聞かなければ何が起こっていたか。本当にありがとう」


 ウィルとダレルさん夫婦からのうれしい言葉だ。

 清書にもある。『自らが死なぬのなら、人に尽くしても悔いはない』


「いえいえ、地教会員ですから町の人の為になるのであれば満足です」


 清書では『私が強くあって弱きを守れるのなら、どれだけよかったろう。私は弱い』と理想が書かれている。

 ブラッドがいつ、ウィルへ謝りに行くのか見ていると、ウィルが動いた。


「ブラッド、石捨ててごめん。新しい石あげる」

「石捨てたのは許さない。でも怒ってケンカしてごめん」


 許さないんかい!

 子供って私よりも複雑だ。


「どうしたら許してくれるの?」


 ウィルも必死だ。せっかく元の関係に戻れると思ったのに、許されないなんて。


「今から孤児院の遊戯室でアルと遊ぶんだ。ウィルも来てくれたら許す」

「母さん父さん、行っていい?」


 ブラッドすごいよ、お前はすごい。

 友達と遊びたいからって、子供同士の関係性を人質に親を交渉の場へ引きずり出し、否定させ辛くするなんて。


「いいよ。終わったらすぐに帰って来なさい」

「アルも今日最後だから存分に遊んで来なさい」

「ダレル夫妻、うちのブラッドがご迷惑をおかけしました。今後このようなことが無いようにしっかりと言い聞かせておきます。これからもウィルと仲良くさせてやってください」

「もちろんです。オスカー司祭、こちらこそよろしくお願いします」

「お願いします」


 院長はブラッドを連れてきて一緒に頭を下げていた。

 親身になってくれる院長だから、皆に好かれているのだろう。私も、もちろん好きだ。

 その後、皆と一緒に孤児院へ帰り、院長は他の教会員と食事の準備に行った。

 私は予定通り遊戯室で皆と遊ぶ。


「アル、人形遊びしよ!」

「オニゴッコ、オニゴッコ!」

「積み木は?」

「皆、何したい? 話し合って決めて」


 子供の頃から清書に則った教育をしていれば、皆が地教会員になりたいと思った時になりやすいだろう。私のように。

 それから話し合いで決まったのはオニゴッコだった。


 新時代から始まった遊びで地教会が保有している資料にある遊びらしい。

 オニと呼ばれる変異動物は寄生型で触れた相手に寄生することから、この遊びが始まったと聞いた。オニのフリをする遊びらしい。

 いつもしているように私がオニで始まる。


 子供達はウィルを入れて十一人、歳は十六歳から五歳までいる。こういう場合、狙うのは十六歳の子だ。一番足が速いから逃げると皆追い付けない。優しいから当てられに行くだろうが、偶には本気で逃げてもらわないと遊びじゃない。


「行くぞ」


 そうして始まったオニゴッコは、院長が呼びに来るまで終わらなかった。


「ウィル、またね」

「ブラッド、皆、またね!」


 ウィルの母親は迎えに来ていたようだ。


「アル、またね」

「はい、出来れば会いましょう」


 まあ、会うことはないだろう。戦闘司祭はそういうものだ。


「さあ、みんな手を洗っておいで」


 院長に言われ、子供達と一緒に孤児院裏手の井戸に行き、手を洗う。

 教会と最も近い遊戯室は旧時代の建物だが、その隣の食堂からは木で出来た建物だ。


 食堂には人数分の皿が長机の上に乗っていた。院長と私、子供十人と教会員三人の十五人分だ。

 皆がいつも通りの席に座ると、院長は鍋を片手に食事をよそって回る。


 今日は変異動物の肉を入れた変異牛乳煮込みだ。

 変異動物の肉はどの変異動物か分からないが、院長が貰って来たものだから大丈夫だろう。

 変異牛乳は旧時代にいた牛という生き物が巨大になり、異形化したものから取ったものらしい。


 実際見たことはないが、訓練所で見た資料によると巨大、異形になっても家畜として扱えて畜産家で富を築くものもいるらしい。

 院長が席に着き、皆の顔を見回す。


「今日がアルにとってここでの最後の食事だ。アルのこれからを皆でお祈りしよう」


 そう言って食事前の祈りをする。両手を机の上に置き目を閉じる、それだけだ。

 この祈りは各々何に対して祈ってもいい。

 食事を作ってくれた人、食材そのもの、誰かの幸福、誰かの安全。

 私は、またここに帰ってこられるように祈った。


「それではいただこう」


 院長の声で皆一斉に食べ始める。

 隣り合う者同士で話して、楽しく食卓を囲んでいる。


 訓練中も食堂で食べる時は訓練生同士楽しく食事をしていたが、やはり家は格別だ。

 私の守りたい者達が楽しく笑って成長できる場所、食事を終え、私はもう一度祈った。

 皆の成長と安全を誰にも害されないようにと。

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