第2話

 ○

 

 孤児院に着くと早速、明日の準備を始めた。

 机と椅子しかない寝転がれない小さな私の部屋。


 その床に大きな箱が置かれている。

 訓練で何度となく使った金属製の箱だ。

 箱についている留め具を四つ外し開けると、装備が入っていた。

 旧時代の小型爆弾、毒薬。この二つは自決用だ。

 他には外套、キャンプで使う厚手の大きな布。旧時代の施設から作られた長期保存が可能な糧食。飲めない水を飲めるようにする水筒。空から降り注ぐ見えない力で動く腕に付ける小型の時計。頑丈な旧時代ナイフ。二丁の銃の予備マガジン旧時代製、小さな金属の箱だ。


 確認後、ベルトを外して付いている銃をホルスター毎、箱の中に入れる。

 皆との別れを惜しむ時間だ。

 最年長という事で与えられていた部屋を出て、皆がいるだろう遊戯室に向かう。

 この孤児院は教会と同じ建物の中にあり、旧時代の大きな建物の一部から作られている。

 教会は旧時代の建物で孤児院は一部だけが旧時代のものだ。

 遊戯室はその一部で、ゆっくりと動く大きな取っ手の付いたスライドドアを開ける。


「帰ったよ」

「アル!」


 迎えてくれた子供達は九人だった。

 皆はこの周辺に住む人達と少し違う。

 髪の色が茶、白、赤と金色ではない。私も黒色だ。

 それに私は訓練生の中でも特別背が低かった。他の者は私より頭一つ分以上は大きかった。


「あれ、ブラッドは?」


 いつも活発な十歳の男の子、ブラッドがいない。


「あそこ」

 十六歳の最も年齢が高い子は遊戯室の隅を指差した。

 隅で積み木を積み上げて倒してを繰り返しているブラッド。何かがあった時はいつも一人でそうしている。


「ブラッド。何があったんだ?」


 ブラッドの傍でしゃがみ込む。

 積み木遊びをしていた手を止めて、こっちを見たブラッドは悲しそうな顔をしていた。


「ウィルと喧嘩した」


 悲しいだけじゃなく、怒りもあるのだろう。それでも答えてくれるだけ、ありがたい。


「ウィルって隣のダレルさん家の?」

「うん」

「どうしてケンカになったの?」

「ぼくの持って行った石捨てたんだ。こんなの、きれいじゃないって」


 昔の私が石の綺麗さを分かったかというと分からなかった。十歳にして石の美的感覚を備えているとは。筋肉トレーニングをしていた俺とは差がありそうだ。


「それでケンカになったわけか。ブラッドはどうして今、楽しく遊べてないと思う?」

「楽しく?」

「ああ、他の子達はこれから私と何をして遊ぼうかって考えてるみたいだぞ」

「ウィルと喧嘩したから?」

「ケンカしたのは結果だよ。これからウィルと遊べるか分からないとか、先の事が心配で今、楽しくないんだ」


 ブラッドには難しい話だろうか。普通の十歳には人生の目的などないだろうから。


「ウィルと遊びたい。でも石を捨てたの許せない」

「よし、それならウィルに謝ってもらおう。そしてケンカしてしまったことをこっちが謝るんだ。相手ばかりに謝らせていると嫌な気持ちになるからな」

「うん……。謝ってもらって謝る」


 感覚的に理解したのかもしれない。


「それなら行こう。どこで遊んでたんだ?」

「教会の近く」


 そう言って出て行くブラッドを追いかける前に皆へ声を掛けた。


「院長に何があったか伝えておいて」


 急いで部屋まで戻り、護身用の銃を持って玄関に向かうとブラッドが待っていた。


「早く行くよ!」


 子供は行動が素早い。さっきまでの悩みはどこへ行ったのか元気いっぱいだ。

 走るブラッドの後を追って孤児院を出る。

 教会の近くと言われて案内されたのは、北出入り口近くの柵だった。


「ここで遊んでた」


 ブラッドはそう言っているのだが、ウィルはいない。


「どこに行ったか分からないなら、聞いて回ろう」


 そう言って出入り口を守る門番の下に行こうとすると、ブラッドは私の手を掴んだ。


「どうした?」


 バツの悪い顔をしているブラッドを見ると大体分かった。


「えっと……」

「教えてくれ、ブラッド。もしかしたらウィルと、遊べなくなるかもしれないぞ」

「ホントは、町の外で、遊んでた」


 少し嗚咽の混じったブラッドの答えに一瞬焦ったが、子供の前で焦ってはならない。


「どこで遊んでた?」

「向こうの方」


 そう言って示されたのは北出入口から見える川の上流。景色がきれいで訓練の時、よく行っていた。

 目を閉じて、祈りをするように意識を集中する。

 感じる先は川の上流だ。川のせせらぎ、湿った土の匂い、そして疲れ切ったような足音と耳障りな羽音が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る