第1話 何のために竜は哭く


 そいつは蛙の怪人だった。

 必死に逃げていた。

 やったのは強盗。

 そうでもしなきゃ怪人は生きていけない。

 そう思ってたのに。

 が現れた日から世界は変わった。

 討伐班に抗う怪人が増えて来た。

 飛蝗の怪人なんか伝説と化している。

 彼はそんな奴らに交じるのはごめんだったのだ。

 必死に食料をコンビニから強奪して逃げて来た。

「へへっ、へへっ! こ、これでしばらく、くいっぱぐれ――!?」

 現れる討伐班のパトロール。

 不運な事にいつもと違う経路で警邏けいらしていたのだ。

「嘘だろ!?」

 急いで擬態するがもう遅い。

 既に正体を見られている。

「こちらA班! D地区で怪人発見! 発砲許可願う!」

 その時だった。

 火球が飛来する。

 討伐班の車に直撃し。

 それは爆散する。

 暴風。

 舞い降りるは凶器。

「こちらA班! 第三号飛来! 繰り返す第三号飛来!」

 第三号、そう過去に二回、竜種の怪人は出現した事がある。

 人間の尽力で以て竜種は撃退された。

 しかし、は何度でも宇宙から飛来してくる。

 その度に怪人か人間かを選ぶ。

 今までは人間が勝って来た。

 しかし、今回は少し毛色が違うようだった。

 その竜種は積極的に動かない。

 ただこう宣言した。

「俺は誰も救わない。俺は誰も裁かない。俺は俺の友を殺した者達を許さない。これは私刑である。そして俺は弱者が殺される事を良しとしない。これは私情である。故に俺は誰の味方でもない。俺は俺の正義の味方である」

 その意図に反意を示すか、賛意を示すか。

 それに怪人と人間は二分された。

 蛙怪人はその意図が矛盾している気がして仕方なかった。

 だからどちらにも属さず生きて来た。

 そうして一年が経った。

 なんとか討伐班の警邏ルートを把握し。

 強盗を繰り返しては一人で生きて来た。

 怪人に戸籍はない。

 だから働く事も出来ないし。

 国外にも逃げられない。

 怪人とは。

 自然発生した現象である。

 人間の様に振る舞う現象なのだ。

 だから人間ではない生物の姿を取る。

 これは人間と現象の終わりなき闘争。

 蛙怪人は偶々現れた竜種に助けられた。

 だが彼はただ。

(もうこのルートは使えないな……)

 とだけ思っていた。

 竜種が蛙怪人を見やる。

「お前の手はなんの血で染まっている?」

「お、俺は誰も殺してねぇよ! ただちょっと食べもんを分けてもらっただけだ……生きてくために仕方ないんだ! 同じ怪人なら分かるだろあんたも!」

「……」

 まるで路傍の石を見つめるかのような視線だった。

 興味なし。

 そうもう蛙怪人には興味の欠片も無いという風に。

 弾丸の雨を浴びながら平然としている竜種はただこう吐き捨てた。

「戦う力があるなら抗え」

「……ッ!」

 それに蛙怪人は反論が出来なかった。

 竜種はもう蛙怪人に一瞥もせず、目の前の討伐班へと向かっていった。

 蛙怪人はただその場から逃げ去る事しか出来なかった。

 その後どうなったかなど、知る由もない。

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