第30話 私は悲しみ怒り笑う人間だ!

「本当に動けないんだね」


 上手く口も動かせない私。なので、じーっと見る事しか出来なかった。

 目立つのを承知で、ヒノで空の上を移動する。

 月が良く見える、重い体を持ちながらそう思う。


「⋯⋯」


 会話が出来ない、そう思われる光景だが、ヒノと私は心の中で繋がっており、会話では無いけど話は出来る。

 今からどこに行くとか、何をするとか、そんな内心の会話。

 ま、結局は裕也さん達の為にも家に帰るのたが。


「裕也さん。紗波さん。早く、会いたいよ」


 そう呟いた。ようやく体が動かせる様に成った。

 ドアの前に降り立つと、大人と中学生と思われる人物が立っていた。

 お客とは珍しい、そんな事を思ってしまった。


「世羅?」


「お姉ちゃん⋯⋯! お姉ちゃん!」


 中学生の人が私に飛び付いて来た。ワンワン泣きながら強く締めて来る。

 今の私なら無理矢理離す事は出来るけど、脳がそれを拒絶した。

 分からない。無意識に私は彼女を抱き返した。

 静かに、何も言葉が出ず、ただ涙が流れた。


「え、なん、で」


 体が全部勝手に動く。

 なんで涙が出るのか、なんで抱き返すのか、全部分からない。

 分からないのに、何故か嬉しくて、本当に嬉しくて、涙が止まらない。

 裕也さんと紗波さんが私を受け入れて、理解してくれた時くらいに嬉しい。

 なんで、なんでだよ。

 どうして、こんなに嬉しいんだよ。


 言葉が出ず、口も動かさず、瞬きしないで、ただ涙をダラダラ流す。

 ずっと抱き着いている女の子を見下ろしている。

 ヒノが出て来て、私を含めた二人を包み込んでくれる。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」


「あぁ、久しぶり」


 分かった。ようやく思い出した。

 この女の子は妹だ。


世奈せな、本当に、久しぶり」


「お姉ちゃん、会いたかったよ」


「私も、会いたかった。⋯⋯お父さんも」


 ヒノが退いて、薄らとだが、涙を流しているお父さんを見る。

 スーツ姿、仕事帰りなのだろうか。


「でも、どうして?」


「ニュースを見たんだ。学校のダンジョンが崩壊したって。そして、世羅を見つけたんだ」


「⋯⋯」


「それで心配で」


「そっか」


 なんか、嬉しいな。


「お姉ちゃんの学校、今その事が問題で色々と話題を生んでるよ! ネット掲示板でも荒れてる荒れてる!」


「スマホもう当分使ってないって言うか、使えないって言うか。はは」


「世羅、生活、困ってないか? あいつ、金使い荒いからさ。報告では問題ないって言ってるけど⋯⋯」


 今までの生活がどんどんと浮かんで来る。

 その映像のフラッシュバックが私の心を刺激して、吐き気が襲って来る。

 世奈の頭を撫でながら、涙を拭う。


「ちょ、なんで居んのよ!」


「お前⋯⋯」


 そこに母親と義父が登場する。


「ちょ、何しに来たのよ!」


「世羅の様子が心配で来たんだ。お前、どんな生活をしているんだ!」


「普通よ普通! なんの問題もない!」


「じゃあなんで、世羅がこんなに悲しんでいるんだ!」


「久しぶりに会ったからでしょ! もう帰って!」


「⋯⋯なぁ世羅。俺達と暮らさないか? 世奈も心配してるし、あんな事があったのに連絡が無くて、本当に心配で」


「ちょ、勝手に決めないでよ! 世羅は私のモノよ! 勝手に決めないで! 連れていったら私の今後がどうなると思ってるのよ!」


「そんなの知るか! だいたい今のは世羅の事を一切考えてないだろ! 世羅、教えてくれ。お前はどうしたい。今までの生活を続けるか、俺達と来るか!」


「お姉ちゃん!」


「おいおい待て待て。今は俺の娘でもある。途中からとは言え、俺達の中には絆がある! そうだろ、世羅」


「⋯⋯私の名前をお前が口にするな」


「え」


 今まで出した事の無かったドス黒い低い声を出した。

 四人ともびっくりしている。こんな場所で叫んでいるモノだから、人が集まって来た。

 窓の中からカメラを向ける人すら居る。


「私は、お父さん達と暮らしたい。もう、あなた達とは居られない。はっきり言う。私は、あなた達二人にこれまで育てて貰った恩義を感じてない。感謝する気持ちも無い。あるのは、私から幸せと希望を奪った憎しみと怒りだけだ」


「ふ、ふざけないでよ! それだと私達の⋯⋯」


「今後? 興味無いね。勝手にパチカスに成ったのはあんたらだろ! それに私を巻き込むな! 私は私だ。お前達の将来の生きる為の財布でも家政婦でも奴隷でもない! 世羅だ! 私は人間だ。悲しみ怒り笑う人間だ! そんな私と言う人間を下僕だと勘違いするな!」


 私が人生一番の反抗期を示した。

 誰もが黙り込み、何も言えなくなる。


「⋯⋯」


 めっっっっちゃスッキリしたあああああ!

 もっと言いたい事は沢山あるけど、一番重要な事が言えた。

 それだけでもだいぶ心の曇りが晴れた気がした。


「そう言う事だ」


「は、はぁ? ふざけないで! 親権は⋯⋯」


「俺だぞ?」


「は?」


「忘れたのか? 預ける変わりに養育費は無し。親権は二人とも俺にする変わりに慰謝料無し。家などはお前に、共有財産の四分の三もお前に渡した。忘れるなよ」


「⋯⋯いや、でも、それだと」


「世羅はこれから俺が育てる。それで終わりだ。これ以上は無い」


「⋯⋯」


「ふ、ふざけんな。俺の娘に手ぇ出すな!」


 ⋯⋯この野郎、もしかしてニュースの事見たのか?

 パチンコに行く間に電化製品を扱う店があった気がする。

 もしかして、私の事を知った? それなら、ここまで必死な理由が分かる。

 結局は金なのだ。


「お父さんに手ぇだすなよ」


 私が男とお父さんの間に入り、相手を地面に倒す。

 体術も割と出来るんだよ。鬼のお陰でね。


「行こう」


「あぁ」


「ま、まてぇ」


 再び来そうだったので、私が鋭い眼光を向けた。

 冷たく、無情で冷血な絶対零度の目を。

 ゴミどころじゃない、それ以下のモノを見る目を向けた。

 それだけじゃない。少しでも私が殺気を持つと【魔王の種子】の力が反応して、人を怖がらさてしまう。

 世奈が震えている。


「あ、少し寄りたい場所が」


 お父さんの車でその場所近くの駐車場に止まる。

 車に乗ると分かる。ヒノの偉大さが。


「そう言えばお姉ちゃん、この枕って⋯⋯」


「そう。世奈が私の誕生日の時に薔薇を刺繍してくれた枕カバーだよ」


「嬉しい⋯⋯けどそうじゃない。なんで飛ぶの?」


「知らん」


 飛ぶ原理なんて考えたも仕方ない。

 合鍵を使って目的地に入る。きちんと掃除はしないとな。

 酒とかつまみとかの管理もしないと。当分来ないと考えた方が良い。


「あれ? ここ親父の店じゃないか」


「⋯⋯お、お父さん、今なんて?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る