第29話 ファーストヒューマンフレンド

「正義、ですか。それは勿論、弱い者を守り悪を倒す。ですかね。自分が勇者に成ったのも、それが理由です。自分の思う正義を貫き、そして世界を、弱い人達を救う」


 真剣な眼差しを私に向けて来る。覚悟が決まった綺麗な瞳。世間一般では彼女のような人をヒーローと呼ぶのだろう。

 なんでだろう。とても真っ当で眩しい発言なのに、笑えて来るのは。


「その弱い者、とは?」


「それは勿論、虐げられている人や力が無い者の事です」


「そっかー。そうですか」


 私は立ち上がり、頭を下げる。


「お食事、ありがとうございました。この話はお断りします」


「ど、どうして!」


 机を叩いて立ち上がる。顔を見れば分かる。本気で困惑している。

 どうして好条件な話を、勇者として一緒に戦える仲間の誘いを、断るのか。

 そんな疑問が彼女の中には犇めいているのだろう。


「私は、大勢の人と関わりくないんです」


 出口に向かいながら、補足のために一度止まって振り返る。

 重要な事を言い忘れた。


「それが貴女の正義なら、なんで私は助けてくれなかったんですか? って言うのはおかしいですね。私は正義やヒーローが嫌いです。そのような言葉が、自分を良く見せたい、自分を正当化している言葉にしか、聞こえないんです」


 私はファミレスを後にして、田中さんとの約束の場所に向かった。

 そこには既に田中さんがおり、立っていた。

 少し下を向きながら、何かを考えているかのように眉間に皺を寄せていた。


「こんにちわ」


「⋯⋯あ、こんにちわ⋯⋯って、早くないですか? 学校は?」


「それはこっちのセリフでもありますが⋯⋯休校だったので、先に待ってようと⋯⋯いつもこんなに早いんですか?」


「いや、今日はたまたま、って言うか」


 少し暗い表情をしながら目的地にとぼとぼと向かい始める。

 いつもなら、今回行くダンジョンの内容を話してくれるのだが、今日はそれが無かった。

 私を引っ張ってくれた明るさが今日は無かった。ちょっと寂しいと思うのは、おかしいだろうか。


 ダンジョンに入り、ヒノが元のサイズに成る。

 いつもみたいに乗るのだが、田中さんが少しだけ躊躇した様に感じた。

 いや、心ここに在らずって感じか。


「今日、体調が悪いんですか? 今日は止めますか?」


「⋯⋯だ、大丈夫。行こ」


 いつもみたいに私が適当な物を投げて、田中さんが魔法で倒す。


「た、田中さん! 魔法魔法!」


「あ、ぁ、すみません!」


 珍しく、ボーっとしていた田中さんが慌てて魔法を使ったが、タイミングが遅くてモンスターに避けられた。

 そのままモンスターは壁を進んで来る。


「ヒノ!」


 ヒノからニグロを取り出し、ヒノの上に立ち、相手に向かって垂直に構える。

 先端に力の集中を意識して、相手の攻撃に合わせて進む。


 相手の体を貫通して、反対の壁に足を着ける。

 そのまま体の重心を利用して振り返り、再び跳躍する。

 相手にトドメを刺す為に、回転を乗せて相手の体を切断する。

 その際に、刀には炎が灯る。


「鬼神流、鬼の輪!」


 上下に切断したモンスターの体が滑り、そして落ちる。

 そのままヒノに着地して、鞘に刀を納刀してヒノに入れる。


「つ、強く成りましたね」


「ま、まぁ、はい」


 確かに、あの鬼以来私の技術は上がってる。

 力の扱い方、力の動かし方、筋肉の動き、体の動かし方。

 それらが感覚的に思考的に出来る。


 それから進んでいると、休憩の話になる。

 別に休む程でも無いと思うが、一応休憩は取る決まりだ。

 ヒノが居れば、安全圏は余裕で獲得出来る。

 だが、今回は着地と同時に人の気配が現れた。

 なので、急いでヒノを仕舞おうとしたが、後ろの方からこちらを見ていると分かったので、諦めた。


「紗奈、良くやったな。お前はもう、解放だ。失せろ」


 三人の男がそう言う。その目は舐め腐った、私の大っ嫌いな目だった。

 紗奈⋯⋯誰だろうか。


「⋯⋯」


「田中さん?」


 田中さんがゆっくりと進んで行く。

 あぁ、成程。理解した。

 理解したけど、なんとなく怒りは無かった。ただちょっと、悲しいと思った。

 実は少しだけ偽名だとは思っていた。時々反応が遅れるから。


「田中ァ? こいつは五十新羅いしらぎ紗奈だ」


「成程」


 相手の背後に回り込んだ田中⋯⋯いや五十新羅さん。

 私に顔を見せる事はしなかった。だが、私はきちんと見ていた。

 空中に舞う光を反射していた水滴を。


「はっ!」


 私は【魔王の種子】の力を解放した。人間には確認不可のエネルギーがダンジョンに広がる。


「なんだァ?」


 一人の男が訝しげにしながらも、私に向かって突き進んで来る。


「そのマジックアイテム、俺達が有効活用してやるよ!」


「ヒノが狙いなのか? それは嫌だなぁ」


 相手の攻撃をヒノからニグロを取り出し、抜刀して防いだ。

 かなり重い一撃だが、力を分散させて流せば問題ない。

 そのまま相手の脇腹を薄く、裂いた。


「つっ」


 黒色の閃光が鮮血を飛ばす中、離れた場所から大きな音が聞こえて来る。

 それはどんどんと私達の所に近づいて来る。

 そして、その存在を認識した奴らの顔がどんどんと青くなる。

 面白いと思ってしまう私。道徳心がどっかに出張に行ったようだ。


「解放解除、ヒノ」


 今のヒノのスピードはとにかく速い。

 男共に反応される前に五十新羅さんを回収して飛び立つ。


「え? え?」


「後悔してますか?」


「⋯⋯うん。最初は、別に何も思ってなかった。だけど、鈴木さんと一緒に戦っている中で、どんどん信じる様になって、今では、どうしてこうなったのかなって」


「そっか。実は私の本名、七瀬世羅って言うんです。お互い嘘付きですね」


「そうなんですね」


 あいつらは大量のモンスター相手にどう戦うのだろうか。

 まぁ、どうでも良いや。今日はもう探索を終わりにしよう。


 だが、複数体のモンスターに私達は阻まれた。

 簡単には突破出来ない。いくら私のレベルがもうすぐで三桁に行くと言っても、相手はそんなレベルに近く、しかも6体居る。


「⋯⋯五十新羅さん」


「な⋯⋯に?」


「裏切ったのに、裏切られないって、ないでしょ」


 私は五十新羅さんの首根っこを掴んでモンスターの前に放り投げた。

 今は【魔王の種子】の力も出て無いし、近くの獲物を狙うだろう。

 ヒノに食われ、袴に着替える。


「【鬼人化】【鬼雷刀】鬼神流抜刀術⋯⋯」


 驚愕し、顔が真っ青で腰が抜けて立てない五十新羅さん。モンスターに襲われるその瞬間、雷撃の閃光が走った。


「雷鳴神速斬」


 三秒にも満たない時間で五十新羅さんに襲い掛かっていたモンスターを全滅させた。

 十分以内に出ないと、反動で動けなくなる。


「五十新羅さん。これでお相子ですね」


「う、うぅ」


「ごめんなさいね。一点にまとめた方が、すぐに倒せると思ったので」


 その後、五十新羅さんが泣いたのは言うまでもない。

 ヒノで飛びながら落ち着くのを待った。

 今日から私達は、本当の名前で、そして下の名前で呼ぶように成った。

 私にヒノ以外の友達が出来た瞬間だと言えるだろう。

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