第5話 もう、怖くない()
一度ダンジョンに入って、怖い場面を乗り越えても、結局何一つ変わらない。心も肉体も弱いまま。
だからこそ、私は再びダンジョンを訪れるのだ。
武器なんて無い。前の短剣はきちんと返したし、ゴブリンの棍棒も持ってない。
私の武器であり盾は枕であるヒノだけだ。
唯一の味方でもある。
「枕が武器って、我ながら情けない」
ビクンっと反応して、私に擦り寄って来るヒノ。
それがちょっぴり可愛く思えるのは私だけだろうか? 私だけだろう。
枕が動いて可愛いと思てる私はどうか成っているようだ。
「冗談だよ」
抱き締めて撫でてやると喜んでくれる。
ダンジョン内部を進むとスライムと出会す。
スライムだけならヒノだけでも十分だろうが、レベルが上がって少し身体能力が上がった私が居ればさらに早く終わる。
なので、ヒノを鷲掴みにする。
「行くよー!」
スライムへと走り、ヒノを振り下ろす。
イメージ的には枕投げで屈んだ相手に枕でベシベシ叩く感じだ。
だが、今回のはそれとは訳が違う。
まず、この場でヒノを振り下ろしてもスライムには当たらない距離に居る。
だが、ヒノは自分のサイズを自由に変える事が出来る為、スライムに当たる様に伸ばす事が可能なのだ。
「⋯⋯やっぱりスライムだけなら、簡単だな」
プチッと潰せば終わりだ。
魔石はヒノに食べさせるが、その代わり金に成らない。
ヒノは魔石を食べて成長する可能性があるし、成る可く食べさせておきたい。
勿論、ただの餌って可能性も捨て難いが。
ボリボリと魔石を食べているヒノを見ながら私は思う。
何処で消化しているのかと。
ま、そんなのはこんな現代で些細な事だ。
気にせずスライムを倒して行こう。
スライムを何体も倒しているのだが、飽きて来た。
これと言ったアイテムが手に入る訳でも無く、一時間徘徊しても収入は確実にゼロだ。
「ヒノに食べさせる魔石を減らそうかな?」
すると、ヒノが高速で左回転して否定して来る。
分かりやすくて良いね。
言葉が通じなくても心が通じ合えるってヤツかな。
「枕相手に私は何を考えているんだ。⋯⋯このままでは効率が悪い。分かるね?」
右回転。賢い子?だ。
「なら、少しばかり移動手段を変えよう」
ヒノが大きな絨毯の様に成り、「乗ってくれ!」と言わんばかりに擦り寄って来る。
だが、当然私は拒否だ。あ、少し拗ねた。
「違うんだよ。いくら汚れないとは言え、足蹴にした物を枕にして寝たくないんだ。だから、こうする」
ヒノにしがみついて、浮かぶ。
だらしない格好だが、ダンジョンの天井はかなり高く、ゴブリンに接敵しても大丈夫だ。
いざと成ったらヒノが全身防御して飛んでくれる。
下半身がブラブラするが、上半身に力を入れなくてもヒノが上手い具合を保ってくれるから楽だ。
あれだな。子供が筋肉マッチョの腕にしがみついてブラブラして貰うアレ。
私の場合では前進に持たれている感じだけど。
スライムと出会ったら下ろして貰い、ヒノを振り下ろして倒す。
移動が快適過ぎてやばい件に付いて。
歩きをしていた過去の自分が馬鹿らしくて涙が出るね。無駄な水分を消費したくないので我慢するけど。
警戒しながら歩くのに100メートルおよそ一分くらい掛かる。
だが、ヒノ飛行では一分で300メートルは移動出来る。
これで全力では無いのだ。最高過ぎてやばい。
しかも、しかもよ? 空中に居るので警戒する必要も無い。
完璧過ぎてやばい。しかも、枕だからそのまま寝るのもおっけーである。
流石にしないが。
「空飛ぶ枕⋯⋯ヒノで金儲け出来んじゃね?」
ナイスアイディアだと思う。街中で飛行する乗り物なんて無い。誰でも気安く使えて素早く目的地に到着する⋯⋯ヒノタクシー⋯⋯これは行ける!
ただ、そうなると色々と問題がありそうだな。
「あぁ、ヒノは嫌だった?」
私が持たれているので、私ごと右回転する。
ヒノはタクシーに成るのは嫌らしい。なら諦めるしかない。
「お、スライムの群れだ」
五体くらいのスライムがぴょんぴょんしている。
ヒノが大きく広がり、スライム五体なら包めるくらいには大きく成った。
そのまま浮遊を解除して、落下する。
「枕プレース!」
私は絶叫系とかが得意で良かったと心底思う。
今更だが、ヒノから落ちたら痛いだろう。それだけの高さはある。
レベルが1のままなら下手したら死ねる⋯⋯高さでは無い。骨折は軽くすると思うけど。
そのくらいの高さはあった。
ほんと、この体質で良かった。飛行が難無く出来るからね。
ちなみにスライム達はヒノ越しから蠢いている事が見えたので、ヒノ越しにひっぱたいて倒した。
魔石は漏れなくヒノがバリボリ。
「ヒノは太らない⋯⋯太ってもサイズが変えれるから問題ないのか」
太った方が寄り柔らかく成るかもしれんな。
それから移動していると、再び出会った。
初日に挑んで私にダンジョン攻略なんてするなと言って来た元凶が。
ヒノが無ければトラウマ、或いは私もああなっていた元凶。ゴブリンである。
ゴブリン一体、武器は棍棒。小学生が鈍器を持つ強さだが、身体能力はそれよりも普通に高い。
だからこそ、あのチームが負けているのだ。
「あれ? ヒノが居なければそもそもダンジョンに来てなくね?」
ヒノがざわめくが、私は問題ないと言う。
第一、ヒノが居なければ私はクソサン共に反抗すら出来ない弱者だった。
私に勇気を与えてくれた⋯⋯それだけで私はヒノと巡り会えた事に感謝している。
「トラウマギリギリラインの払拭と行こうか」
私達は少し離れた場所で着地して、私はゴブリンに近づく。
相手も気づいた様で、こっちを見て不審がって居る。
向けられる眼光は昨日の光景を思い出させてくれる最悪の瞳だ。
本能と欲望に満ち溢れたモンスターに私はこれ以上、負けたくない。
もうこれ以上、目を背けたい相手を作りたくない。
「私の糧に成ってくれ。⋯⋯来いよ! 緑人間もどき!」
『ギジャアアアアア』
いやあああ! 本当に来たああああ!
もしかして言葉通じてます? そんな訳無いよね? 無いと言ってくれ。言葉には出さなくて良いからね。
嫌、来ないで。普通に怖いから。お前の顔がどれだけ怖いか分かるか?
ヤンキー顔の男がタトゥーを顔にしているくらいには怖いんだぞ。
「ヒノ!」
私の武器は枕、そして防具は枕、さらに盾も枕!
私に残されているのは枕のみ!
そもそも正面からゴブリンと戦う様な人に私が見えるかね? 見えねぇよ!
確かに怖い。今でも怖い。超逃げたい。
だけど、逃げない。動かない。止まっている。
後は、
「昨日のでゴブリンは窒息死するって知っているんだ。わざわざ拳で戦う馬鹿は居ないよ。⋯⋯お前じゃないだろうけど、昨日の人達の分まで苦しんで逝け。その方が、気が休まる」
そう吐き捨て、ゴブリンが塵となって消えるまで待った。
手でどれだけ剥がそうとしてもヒノは剥がれない。
徐々に酸素が消え空気が吸えずに窒息死。
苦しんで死ぬ。
残ったのは魔石と棍棒だった。
「はは。流石」
一体なら、もう怖くない(嘘)。
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