第4話 相棒の価値

 朝食を取り、学校へと向かう。私は成る可く早く家を出るようにしている。

 両親と顔を合わせたくないのだ。


「枕⋯⋯まだ名前決めて無かったな」


 ちなみに学校まで付いて来そうだったので、成る可く小さくして適当な紐を使ってキーホールダーにした。

 これなら偽装として完璧だろう。枕と言う不可思議な所を除けば。


「なんで神器が枕なんだろ。かっこ悪いなぁ」


 そんな事を呟くと、枕が動き出した。「ごめんごめん冗談」と謝ったら収まった。

 この枕、かなり言葉を理解する。


「名前なぁ。ヒュプノスから取って『ヒノ』なんてどう?」


 我ながら厨二臭い⋯⋯右回転してくれたので、枕の名前はヒノで決定だ。

 我ながらのネーミングセンスに笑いが零れる。


「⋯⋯私が笑うって、らしくねぇ」


 そもそも不謹慎だろ。昨日あんな光景見た後なのに⋯⋯考えるの止めるか。


 学校に早く行く事は基本的にメリットがあったりするが、デメリットもある。

 その一つが朝練の人達と被ると言う事だ。


「世羅ちゃんおはよう!」


「あーうん。おはよう。滝宮君」


「貴音だよ? 相変わらず早いね〜」


「そうだね」


 そんな何時もらしい会話。同じで代わり映えの無い会話。

 退屈でくだらない会話。

 私は別に学校が嫌いではない。登校の時間は毎日面倒だ。

 電車も同じ。しかも、付いて来るから最悪だ。同じ道なので仕方ないけど。

 いっそヒノで飛ぶか?

 いや、枕に乗って移動するのは成る可く避けたい。

 だってその枕を使って寝るんだぜ? 足蹴にしたくない。


「⋯⋯」


「⋯⋯」


 電車の中では会話をも無く、駅から学校に向かう。

 途中で朝練組の女子達の目が私の隣に向けられる。

 その時聞こえた会話があった。


 耳が良くなっているかもしれない。


「なんであの子何時も滝宮君と一緒に居るの?」


「ほんとだよね〜全然不釣り合い。なんか幼馴染らしいけどさ、調子乗ってるよね」


「何時も隣に居るのがフツーとか思ってるのかな? 感じ悪ー」


「ほんとだよね〜」


 聞きたくも無い言葉って良く聞こえるよね。

 なるほど。私の評価ってそんな感じね。

 人気な人の隣に居るだけでそんな扱いなのね。

 待てよ?

 私は何時か忘れたけど、クソサン──クソ三人組──共がコイツの事を好きだと聞いた事がある。

 女の恨みは怖いと言う。


 原因こいつか!

 ま、だからなんだよって話だよなぁ。

 今更突き放したところでサンドバックは変わらないだろうし、家が隣同士だし、妹と仲が良かったと思うからそんな事出来ない。

 はぁ、不便だ。

 寧ろコイツがデブでブスでオタクなら、無二の親友に成れたかもしれん。


「世羅ちゃん。明日の土曜日なにか予定ある?」


「なんで?」


「いや、ちょっと一緒に行きたい所があるからさ。その、明日は午前で部活終わるし⋯⋯だから、その」


「誘ってくれてありがとうね。でもごめんね。明日用事があるんだ」


「そっか。こっちこそ誘ってごめんね」


 ま、嘘だけど。

 部活もやってない私に予定があるとでも?

 友達も居らずひたすら家に引き篭っているガチ勢にそんな暇が無いと?

 ま、面倒臭いので断ったんだけどね。金も無いし。

 あーダンジョンってのが普通の世界なら、空から金が降って来ないかなぁ。


 学校に着いたら私は図書館に行く。教室に居ても暇だしね。何よりも、こっちの方が先に暖房が付いていて暖かい。


「またね」


「うん」


 こう言うどっちつかずの態度が良くないのかな?

 でも、深く関わりたくないけど妹の為にも悪い扱いは出来ない。

 不便なモノだ。私の人生、どこって間違ったのかなぁ。


 昼の時間、私は何時もの場所にクソサン達に案内された。


「何時もの」


「だから、金無い。と言うか、もう止めて欲しいんだけど。私何かした? 何もしてないよね?」


 だが、羽緒は口角を吊り上げてこう叫んだ。


「だからだよ! お前のような誰にも興味が持たれない奴の方が何かあった時も後々困る事ないからなぁ!」


「羽緒悪い子〜」


 花美の声は高く、しかも僕っ子である。色々と狙っているのだろうが、うるさいだけ。


「それよりさぁ。ほら金だせよ」


「ありませんって言ってるじゃないですか。寧ろ返してくれませんか?」


「はぁ。調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 私だって命がすり減る修羅場を体験したんだ。

 今までと違い反論する事が容易に出来た。

 そう、もうダンジョンなんかには行かないが、昨日の経験は私を強くした。

 そう簡単に負けるつもりは無い!


 しかし、元々の運動能力は相手の方が高く、さらにレベルも高い。

 レベルと言うのはあくまで元のスペックの足し算だ。

 つまり、元が弱ければ多少のレベル差なんて意味無いし、レベルも負けていれば尚更だ。

 物理耐性とか衝撃耐性があれば良いのに、私のスキルなんて痛みや精神的苦痛を耐える事しか出来ない。


「うがっ」


「ほら、さっきまでの威勢はどうしたの!」


「うがっ、かば、げほっ!」


 三連撃を綺麗に腹に入れられる。

 こいつら、物理攻撃が空手有段者の美波にやらせるのがウザイ。

 痛いモノは痛いし、苦しいモノは苦しい。

 耐えきれず地面に倒れる。


「ほらどうしたの。もう一回言ってみろよ〜」


 羽緒に頭を踏まれてグリグリされる。テンプレ的な暴行的いじめ。

 漫画とかでもあるけど、これ凄く痛いし髪が汚れる。

 地面に転がる小石とかが頭にくい込み余計に痛い。

 下から見えるスカートの中身も気にならない程に超痛い。そもそも私の恋愛対象は不明であり、何も感じないと思うけどさ。


「あ、花美もなんか言う?」


「そうだなぁ。貴音きゅんから離れたら、少しだけ僕は手加減してあげる!」


 花美は基本的に暴言だけであり、物理的な攻撃はして来ない。

 取引に成ってない。そもそも私から近づいた記憶は無く、交渉自体成立しない。

 なんでこんな理不尽な目に会わないといけないんだ。


「ほら、何か言いなよ!」


「や、⋯⋯め」


 頭がグリグリされると痛みに寄って頭が上手く回らない。

 舌も動かず、止めてと叫ぼうとしても上手く出来ない。

 痛覚耐性頑張れよ。もっと熱くなれよ。


「聞こえないなぁ!」


「ごほっ」


 腹を蹴飛ばされ、一気に空気が逆流する。

 地面を転がり停止すると、クソサン共はもうすぐ昼の時間が終わるから教室に戻って行く。


「はぁ、はぁ」


 私は昼飯なんて無い。そんなモノが食えるなら食いたい。誰か金頂戴。

 少しの間動けない。


「ヒノ⋯⋯」


 結局、私が一番頼れるのは枕なんだなってのが良く分かった。

 枯れた声で唯一出せて、開口一番に出て来たのは枕の名前だ。

 ただ、ヒノは凄い。流石は神器。

 空から飛んで来た。


「か⋯⋯」


 口が、意識が⋯⋯。


 それから数秒後、目覚めた。

 ヒノが回復魔法で癒してくれていた。気絶した時にヒノが私全身を包んでいた。ヒノの一部でも良いので、枕として寝ていたら【睡眠回復】も働く。


「ヒノはどうやって回復魔法が使えるの? 消費する魔力は私の?」


 分からないと言った様子のヒノ。だろうなと思う。

 まだ少し体が痛む。制服も汚れてしまった。

 保健室行く? 行く訳ねぇだろ。

 行ったところでどうなるってんだ。

 別に怪我した訳じゃない。正確には治したんだけど。

 制服が汚れただけだ。


「ヒノ、お前は最高の相棒だよ」


 嬉しそうに動くヒノに笑みが簡単に作れ、撫でる。

 ふかふか枕。私が使っていた時よりも良質の枕へと変わっている。


「枕に名前を付けて会話する私はとてもシュール⋯⋯はは。何言ってんだか。そろそろ授業が始める。遅刻だな」


 枕をポッケを仕舞い、教室に向かう。

 途中でチャイムが無常にも鳴り響き、私は見事に遅刻となった。

 ドアをスライドさせ開けると、皆の目が私に向けられる。


「遅刻だぞ」


「すみません」


「分かったから座れ」


「はい」


 制服はボロボロなのに髪などには汚れ一つ無い事に誰もが不思議がっていた。

 私もびっくりだ。

 髪の汚れを落とそうとトイレの鏡の前に立ったら普通に成ってたんだから。

 びっくりだ。何回でも言える。

 ヒノの力なのは言うまでも無いし、それ以外には考えられない。


 さて、今日の事で私は新たな考えが出来た。

 また、ダンジョンに行こうと。

 たった一晩で人は変わる事は出来なかったよ。無意味だと分かっていても止めて貰うように懇願し、それが余計に相手を上長させてエスカレートする負の循環。

 そんな日々を変える為にも、ついでにまともな食事を毎日食べれる様にする為にも、ダンジョンに行こう。

 私には何時でも助けてくれる相棒ヒノが居るんだから。

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