第3話 勇気も無ければ覚悟も無い

 短剣を持つ手が震えて止まらない。寧ろ良く持てていると褒めて貰いたい。

 覚悟を決めるなんてそう簡単には出来ない。

 だけど、相手は確実に私を殺す気か女性二人と同じ風に使う気だ。

 正当防衛。これは正当防衛だ。


「枕、行くよ!」


 右回転する枕と共に走る。走っているのに老人が歩くよりも遅いスピード。

 足が引き攣る。怖い。行きたくない。戦いたくない。

 別に他人が死のうが何されようが関係ない。

 今逃げれば助かるかもしれない。

 なのにどうして、どうして私は前に進む以外しないんだ。


 目の前に棍棒を強く握ったゴブリンが迫って来た。

 その瞳は金色で、怒りを露わにするシワシワの顔。


「枕!」


 振り上げられた棍棒と共に包まれるゴブリン。

 その光景を見て、残ったゴブリンが私に向かって来る。

 仲間を助けるのでは無く、私を殺しに来ている。


「賢い」


 前に進む事も逃げる事も出来ない。

 覚悟を決めただろ! 動けよ私の足!

 迫って来るゴブリンに合わせて私の震えは強くなる。


「はぁはぁ」


『ぎじゃああああ!』


 肉薄され、振り下ろされる棍棒。それを枕が突進して防いでくれた。

 頭を乗せる方を私に向けて、左回転している。

 否定⋯⋯なんの意味だ。

 私には無理だと言いたいのか? 私には出来ないと思っているのか!

 私は枕にまでその程度の人間だと思われているのか!


 左回転する枕。

 私の思いを受け取った様で否定しているらしい。


「私の考えを良く感じろ!」


 動ける。

 もう、怯えるな。

 相手は確実に私を殺す気だと分かったんだ。


「殺す気がある奴は殺される覚悟も必要」


 私は走る。ゴブリンに向かって。

 枕がゴブリンを壁に押し付ける。藻掻くのが下から見える足の動きで分かる。


「あああああああああああ!」


 怯えを隠す様に叫ぶ。

 枕が空へと飛びゴブリンを解放する。同時に私はゴブリンの腹を刺す。

 人では無いモンスター、化け物を刺した。

 だけど、生物を刺すと言う感覚は私の精神を深く傷付けた。

 トラウマに成りそうだ。日常生活で培ったスキル【精神耐性Lv6】が無ければ気絶してたかもしれない。


 ゴブリンの魔石が落ち、枕が食べる。

 魔石は食べて良いよと言ったが、初の単独撃破(?)の戦利品があっさり食べられるのは、正直悲しい。

 だけど、それよりも、それ以上に、私は恐怖に打ち勝ったと言う希望に酔いしれる。


「あり、がとう」


「⋯⋯」


 服が無理矢理破られ、とある液体でドロドロの女性が手を伸ばす。

 ここで手を取れる紳士が居たら、全力で惚れる。

 私は無理だ。


「⋯⋯」


 枕が左回転を高速でするが、「お願い」と頼むと素直に大きくなって女性達を乗せる。

 ちなみに落ちていた魔石は私達が倒したのは食べられ、他は乗せた。

 そこら辺に転がっている武器や防具、そして男性の死体も丁重に扱う。

 ダンジョンから死体が出るなんて事例は実はかなり珍しい。殆ど消えるらしいのだ。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


「⋯⋯」


「い、いえ」


 感謝されても困る。正直、私はこの二人がこれからどうなろうと、どうでも良かった。

 ああなったのも自分達のミスだし。

 ただ、私でも勝てる様な相手に負けるのだろうか?


「海斗、美沙⋯⋯」


 美沙さんは無事⋯⋯では無いか。


「⋯⋯」


「海斗は⋯⋯」


「無理に話さなくて良いですよ」


「いえ。聞いてくれませんか?」


「そう言うのなら」


「海斗は短剣使いで、私は魔法士、美沙は回復魔法士でした。だけど、私の魔力が空になって、それでもゴブリンなら簡単と思っていたら、美沙が不意打ちでやられて、それに激怒した海斗が振り向いたら、背後から攻撃され⋯⋯海斗だけ、何回も何回も攻撃されて、そして私達は⋯⋯う、うぅ」


「回復魔法の上位者なら、肉体的損傷の治癒は可能です」


「はい。ですが⋯⋯」


「はい。精神的回復は難しいと聞いてます」


「ありがとうございます。あのままされてたら、私もきっと、⋯⋯なんでこんな事に成ったのかな」


 その後、女性は号泣した。

 懺悔の様に二人に謝って、どうしてこうなったのか叫ぶ。


 はぁウザイ。


 どうしてこうなったのか、叫んでも変わらないし知る訳も無い。

 犯人が居るとしたらゴブリンだ。

 私には関係ないし関わるつもりも無い。

 こんな考えをしてしまう自分が嫌いだ。


 肉体的回復なら癌だろうと膜だろうと回復出来る。

 それだけ今の時代の医療はスキルや魔法に依存している。

 だけど、精神的や先天性なモノは魔法でも難しいと聞く。


「⋯⋯美沙、さんでしたっけ? 目を閉じて寝てください」


 そう、本来なら精神的回復は魔法でも難しい。

 だけど、この枕なら出来る。

【睡眠回復】これはこの枕で熟睡する事で体力、魔力、精神、肉体などを完全回復させる。

 勿論精神の場合は安定した所まで戻るって感じだ。


 そして出口、そこで美沙さん達は目覚めた。


「ここは?」


「美沙! 美沙美沙!」


「羽織? そう言えば、あ、あああああああああ!」


 私には何も言えないし何かをしてやれる事も無い。


 二人はダンジョン管理局に連絡し、迎えが来るのを待つらしい。

 確かに、この格好で歩くのは難しいだろう。


「貴女は、今でも普通に喋れてます。無責任な事ですが、きっと立ち直れると思います。頑張ってください」


「⋯⋯うん。ありがとうね」


「感謝なんてしないで下さいよ。それでは」


 なにか変わるきっかけになると思ったのに。

 軽い気持ちでダンジョンなんかに行くんじゃなかった!

 私が行ったからあの二人が助かった? そんな綺麗事誰が言ってくれるんだ!

 助かってない!

 あの二人の傷は治せたとしても感じたモノは何一つ消えない。記憶も感触も消えない。


「はぁ。イヤなモノを見てしまった」


 あれはトラウマモノだ。

 だけど、水くらいは持って行こう。雨水を浄水して真水にしたものだけどね。

 ゲートを通ると、そこには誰も居なかった。死体を運んでほぼ裸の二人が外に移動した? そんな事が有り得るのだろうか。


「夢、だったのかな」


 二度とダンジョンなんか行くか。あんなの消えてしまえ。


 ベットに寝転び、枕が頭の方に来るので立ち上がる。


「寝れない寝れない。今の君は使えない!」


 ガーン、と言う文字が出そうな動きをする。

 だが、良く見て見ると綺麗だ。


「まさか」


 ◆

 七瀬世羅

 レベル:5

 スキル:【神器保有者】【痛覚耐性Lv4】【精神保護Lv1】

 ◇


 ◆

 神器:無名(枕)

 所有者:七瀬世羅

 レベル:2

 スキル:【破壊不可能】【自由移動】【自由意志】【回復魔法Lv2】【催眠術Lv2】【睡眠回復】【サイズ変化】【性質保護】

 ◇


 性質を保護するから汚れなども弾くらしい。便利だ。

 だけど、気持ち的に使えない。


「ごめん。流石に無理だよ」


 しょんぼりする枕。

 そう言えば、無名って事は名前が付けれるのか。

 何か付けたら喜んでくれるかな? そんな事を考え、今日の事を忘れる様に眠った。

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