第2話 殺る覚悟

「家を出ても気づかないのか」


 ジャージに着替えて外に出ても私の存在に気づかない両親。

 家の前のダンジョンの入口──ゲート──に入る。


「ここがダンジョン内部か。はは。画像通り過ぎでしょ」


 私が来ているこのダンジョンの推奨レベルは不明。調べても出て来なかった。

 推奨レベルの大まかな設定はゲートから出ている魔力を測定して測るとか、詳しい事に興味は無い。

 観光地等の人が多く集まる場所程、難易度の高いダンジョンが生成させる。

 ダンジョンは生成され半年経つと中からモンスターが外に出る仕様がある。

 探索者はダンジョンを攻略して消すのが義務となる。


 私は別に探索者じゃない。

 あくまで『遊び感覚でダンジョンに入る愚か者』である。

 警察とかに見つかっても、説教されるだけだ。

 ダンジョンで死んでも気づく人は居ない。

 モンスターに食われる可能性だってある。


 ダンジョンで死んだ事例なんて数えるのも億劫になる程ある。

 そんなのに、初期スキルなんて日常でしか役に立たなかったモノしか持っていなかった私が挑む。


 枕を持って。


「意思疎通は出来るんだよね?」


 右回転する枕。

 肯定を示す時は右回転、否定する時は左回転だ。

 ちなみに脳内指示も可能である。

 この枕、正直使い方が分からない。


「来たっ!」


 最初にエンカウントしたのは可愛らしい動くゼリー。

 スライムと言うゲーム定番雑魚エネミーである。

 私の武器ウェポン防具アーマー道具アイテムは枕のみだ。

 ジャージだって学校指定のだし。


「スライム遅いなぁ。なんか可愛い」


 触ろうとすると、枕に妨害される。

 枕を撫でながら「ごめんね」と言っておく。


「試してみよう。大きく成って、スライムを潰して」


 枕はスライムを包める程には大きくなり、スライムを包み込んだ。

 そのまま力一杯小さくなっている。

 スライムの中は透き通って見えており、中にあったのはモンスターの心臓である『魔石』だけだ。

 スライムは魔石を破壊したら瞬殺出来るらしいけど、そしたら魔石が手に入らない。

 ただ、重要なのは肺などの器官が無い事だ。

 窒息死は狙えないので、枕を地面に置いて座る。

 後は私の体重で潰れてくれたら良い。


「⋯⋯終わった?」


 枕がぴょこぴょこする。可愛い。

 退いて、枕が開くとそこには魔石が会った。


「倒した⋯⋯意外と簡単」


 魔石を受け取ると、枕が魔石を凝視(多分)して来る。

 魔石を枕に突き出すと、右回転を高速でする。


「良いよあげる」


 枕は枕カバーのチャックを開けてパクパクさせる。


「この中に入れれば良いの?」


 右回転⋯⋯私は枕カバーの中に魔石を入れた。

 チャックが閉まり、パクパクと枕が動く。


「⋯⋯え待って、食べてる? もしかして食べてらっしゃる?」


 ルンルンに右回転する枕。


「いやあああああ! 1000円が枕の餌に⋯⋯そんな、1000円、1000円、うま棒100本分が⋯⋯」


 悲しいオーラを出していたら、顔を覗いて来る。

 その姿に私はクスリと笑った。

 やっぱり、日頃愚痴を言っている枕なだけあって、とても気が緩んだ。


「一割冗談だよ。ごめんね〜怒ってないよ〜よしよし」


 冷静に考えたら私は何をしているんだろうか?

 神器と言う名の空飛ぶ枕を愛でている? 撫でている?

 遂に私も頭がイッたか。


「晩御飯食べてないからお腹空いたな。お金も無いけど⋯⋯奥に行こうか」


 それからスライムを見つけては体重潰しで倒す。

 疲れたら壁際に寄って、壁を使って私を覆い隠す様に枕を大きくする。

 破壊不可能の完全な守り壁を手に入れた私。

 寝床も用意出来、とても柔らかく暖かい。


「会話出来たら良いんだけどねぇ」


 敷いている枕を撫でる。心做しか枕の繊維が揺らめいた気がした。


「移動再開するか」


 寧ろ会話出来ない方が良いのかもしれない。

 動物と同じだ。いや違うか。相手は枕ぞ?


 洞窟の迷路の様な空間を枕と共に進んでいると、短剣が落ちていた。

 遂にまともな武器ゲットだ。


「え?」


 短剣を手に持つと、ヌルッとした感覚が手に着いた。

 ゆっくりと右側を向くと、道が進んでおり、私の足元には赤い液体型の絨毯が敷かれていた。

 新しい絨毯のようだ。


「うそ、でしょ?」


 そんな訳ない。寧ろそうであってくれたらどれだけ良かったのだろう。

 男性の死体が、完全に生きてない瞳が、私を見て来る。

 十中八九あの人の短剣だろ。


 ごめんなさい。短剣盗むつもりなんて無かったんです。

 だからそんな目で見ないでよ!


「はぁはぁ」


 呼吸が早くなる。ドクドクと成る心臓の鼓動はそれ以上だ。

 私を落ち着かせる為に枕が後ろから抱き締めて来る。

 それが人肌なら少しは落ち着けたのだろうか?

 いや、枕の方が良いか。落ち着けた。


「はぁはぁ」


 晩御飯食べてなくて良かったって今本気で思う。

 もしも食べてたら、吐いた物に固形物が混じってる。

 死体の男性に近づく。


「なんだよこの血の量。それに、モンスターは人間食うんじゃないのか」


 私は心の何処かでゲーム意識があったのかもしれない。

 魔物の事をモンスターと言っているのがいい例だ。


「たじゅうげでぇ」


「⋯⋯」


「へ?」


 曲がり角に死体はあり、曲がった後の道を見る。


 アダルト系のビデオだのアニメだのゲームだの漫画など。媒体はどうでも良い。

 そんな中、ゴブリンと言う存在が居る。

 ゴブリンは通常のゲームでは雑魚扱いされるエネミーだろうが、アダルト系はどうだろうか?

 強そうな女性なら問答無用で勝ち、集団で襲う。

 それがその世界の設定なら、ただの物だろう。

 だが、だけど、それがもしもこのダンジョンにも適応されるとしたら?

 目の前で起こっている現状を説明するには十分だろうか。


『ぎじゃあ?』


「いやあああああああああ!」


 私が見たものは三体のゴブリンに犯されている女性二人だった。

 十四体のゴブリンの死体と思われる魔石が転がっている。

 やばい吐きそう。吐ける物なんて無いのに吐きそう。

 助けてと懇願して手を伸ばして来る一人。

 そして、涙を流して固まっている虚ろな女性。

 私にどうしろと?


 さっきまでいじめられてイラついて愚痴って寝てた女子高生にどうしろと?

 助けろ? 助けれるか。

 こちとら人間の死体も血も初めて見たんだよ?


 ゴブリンがこっちを見て笑って来る。イヤな笑みだ。

 余っていたゴブリンが女性の顔から手を離してこっちに来る。

 武器は持ってない。

 だけど、無償に怖かった。

 足が震えて立てない。手を使っても立たない。

 ジリジリ迫って来る絶望と言うなのゴブリン。

 なんだよ。この世界はそっち系なのか?

 小学生にも優しくあれよ。小学生に見せても大丈夫なレベルにしろよ。


「いや、来ないで」


 絞り出した声がこれか。

 ああ、終わった。

 今は夜、助けなんて来る筈が無かった。


 ⋯⋯だけど、助けは来た。

 いや、助けてくれる存在は隣に浮いていた。

 ゴブリンに向かって飛来する枕。


「危ない!」


 なんで私は女性よりも枕の方を心配しているんだろうか。


 だが、私の心配とは裏腹に枕はゴブリンの顔を包み込んだ。

 その光景を唖然と見るゴブリン二体と私。

 それから数十秒後、ゴブリンは死んだ。

 魔石になった。ゴブリンは人に近い見た目をしている。

 肺が存在する。

 空気の吸えない人間は窒息死する。それを枕は私の指示無しで行った。


 他のゴブリンは私に咆哮して、武器を持って立ち上がった。

 ダンジョンに入って来て後悔している。なんでこんな目にあったのか。

 覚悟を決めたつもりになっていた。でも、何処かでゲーム感覚に成っていた様だ。


「はぁはぁ」


 だけど、枕のお陰で少しだけ気持ちが楽に成った。

 言ったら悪いけど、私はあの二人の様な目にあいたくない。

 怖いし、そんな性癖も無いし。

 それに相手はモンスターだ。化け物だ。

 だったら迷う事なんて無い。


 ヤラれる前に殺る!

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