勇者と少女は死神と共に

雪のつまみ

勇者と少女は死神と共に

「こんなの体のいい追放じゃない!」


 視界の隅で金の髪が跳ねる。隣に立つ幼馴染みのステラ、いつもの気配に微睡みに身を任せようと決める。


「ちょっと聞いてる?」


 訂正、彼女はご立腹である。故郷の皆が原因らしい。助けてもらったのに死神とは何様だ、とは彼女の言い分。

 しかし、その扱いも当然だろう。村人も優しいのだ。すぐ追い出さずに、留め置いてくれた――勇者と聖女の候補とはいえ

 視線を戻せば、報酬だけでも請求しておけば――とか、もう少し贅沢な食事を――とか呟いている彼女に苦笑して


「一緒に来てくれて助かったよ、光や浄化の魔法は使えないし」


 話を変えようと告げると


「治癒でも結界でも任せなさい!」


 と桜の杖を手に元気に帰ってくる。

 その返事に秋の日溜まりで昼寝日和だな、と決める。

 今度こそ……という呟きと。一瞬の曇りには気づかないふりをしながら



 ※※※




 一人でレイを思う時、私はいつもこの光景を思い出す。記憶の一番初め、錆び付いた世界

 雨の降る満月の夜。モンスターが押し寄せたのだ魔物暴走スタンピードの発生である

 このご時世魔物暴走スタンピードで消滅する村など、辺境では珍しくもない。

 ただ、自分達の番がくるなど、誰が思っていただろうか。

 周辺では少し大きめの「女神の加護ありし平和な村」それだけが特徴の村だったから。

 勇者の故郷、それだけの長閑な村、そうなっていただろうに。

 混乱と絶望に陥る村の中、猟師は弓を手に取った。

 お父様は剣を持ち、お母様は杖を掲げる。

 剣に映った白銀の髪、当然のようにレイもいた。

 私は教会の小部屋に隠れ、息を潜め、震えるばかりだった。


 爆音が鳴り、何かが倒れる重い音が響き、叫び声が上がり、どれ程時間が経っただろうか。

 悲鳴が聞こえ、それも静かになり、村人の声が聞こえ、そうして漸く両親とレイの事が思い出された。

 震える手で戸叩き、体ごと当たり、転がるようにして何とか部屋を出る。

 半壊した建物、倒れた魔物、そして折れた杖が目に入って息が止まった。二人は隣合うようにして倒れていた。

 有りったけの物資、冬越しのそ為のそれをも用いて攻撃し、門が倒され、侵入を許してもなお村人のいる教会を、娘を守ろうと抵抗したのだろう。

 綺麗なのせめてもの救いだろうか。


 唐突に地面が揺れて闇が現れた。逃げろと誰かが言ったらしい。魔物が来たのだ。

 私は怖かったのだろうか、震えていたのだろうか、だがそんな事はどうでも良かった。

 両親も、ましてやレイのいない世界に価値なんて無い。

 瞬間、光が差した。魔物を貫いた刃の主はレイだった。

 月を宿した髪を赤く染めて、瞳に生気はなく、けれども確かに幼馴染みがそこにいた。


「レイ……? 」


 掠れた声でそう呟いたつもりだった。

 けれども上手く声にならず、そうして背を向けた幼馴染みの姿に別の恐怖に襲われる。レイが消えてしまう……

 必死に駆け寄り、抱きしめて治癒魔法をかける。

 微かな、泣きそうな、けれど暖かいレイの声に、心の奥底で安堵を覚えた。何とか繋ぎ止めたのだろう。



 この襲撃で、私達は多くのものを失った。少なくない村人の命、そしてお互いの両親を。

 村には領主の支援が入り速やかに復興した。

 レイは英雄と呼ばれて、それも長くは続かなかった。

 襲撃が二度三度と繰り返され、戦える仲間は、次々に亡くなって行った。レイに力を託して残して、レイを一人残して。

 そのうち、レイの扱いも変わっていった。

 一度目は英雄で、二度目は疑念の目で。

 そうして死神と呼ばれていっても、レイが変わることはもう無い。私達の世界には、もうお互いしか存在しない。



 今のうちにスープを作ろう。とびっきりの美味しいものを。

 勇者でも死神でもないこの時間は、何よりの贅沢品だ。幸せな時間を少しでも長く満喫しよう。

 このままではいけないと、世界を広げるべきだと微かな声がした。



 ※※※



 かつて神が住んでいた、と噂される遺跡群の残る一帯。その山麓に広がる森林地帯の中程。程よく開けた湖で野営する。長閑な湖畔に薪のはぜる音が響く。


「ここで休めて良かったね。森の動物達も随分と気が立っていたから」

「この近辺にいないはずの魔物もいたからな。ゆっくり休んで行こう」

「レイ君が言うなら間違い無いね……凄く綺麗な空」


 二人で横になる。満天の星空が祝福するように瞬く。


「ねえ、何かやりたいことある? 自分だけのささやかな願いごと」

「考えた事なかった。勇者になるだけだったから」

「私は世界を旅してみたい。美味しいものを食べて。絶景を楽しんで。楽しい人生を生きたいもの。聖女になっても、レイ君と」


 なんて幸せな夢だろうか。ステラと楽しい人生を送る。ささやかな、それでいてこの上なく贅沢な願い。


「悪くない……」


 北の一つ星に願いをかける。この幸せがいつまでも続いて欲しい。二人の旅路に幸多からんことを、と。



 ※※※



 

 森と街道の境界に差し掛かったころ、王都までもう一息といったところで悲鳴が響いた。

 顔を見合せて走りだす。勇者ならば、誰かが襲われているならば、必ず助けなければならない。

 街道で座りこむエルフの少女に漆黒の衣を纏う人型が剣を振り下ろすのが見える。

 速度を上げ、地を蹴って間に割り込む。

 不完全な体勢にかかる重い衝撃に、ステラの支援でなんとか受け流す。

 翻る白翼にこれが魔族かと思考が走る。


「なんで魔族が王都近くに?」


 震える声で呟く少女にステラが治癒をかける。桜の杖が白く輝く。


「オ前ラモ運ガナイナ、皆殺シダ」


 斬りかかってくる魔族を魔法と剣で凌ぐ。ステラと二人がかりでならば、さしもの魔族でもなんとかなるようだ。

 叩き潰すような振り下ろしをステラの光盾が逸らす、チャンスとばかりの踏み込みは魔法で牽制され、ならば放った氷針も横にかわされて、脇腹を撫でるのみだった。


「……の風よ、うち据えよ」


 均衡を破ったのはエルフの少女だった。

 苛烈な応酬に気を取られた瞬間、上空より飛来する風の魔弾が敵の左目を掠めた。

 崩れた体勢に剣を押し込むことに成功する。足元を抉る光弾のかいもあって魔族の右腕が落ちる。

 不利を悟ったのだろう、風の散弾を囮に魔族は逃走した。

 ステラが結界で逃げ道を封鎖したが、すんでのところで逃げられた。懐から落ちた赤の魔石――爆弾代わりに良く使われる――が敵の周到さを示していた。

 

「ありがとう、助かりましたわ」

「当然のことだからな。それにこちらも助かった」


 実際、二人だけなら危なかっただろう。ソフィアと名乗る少女の魔法の腕前は、熟練と言って差し支えないものだった。


「私は魔法続いのステラ、でこっちがレイ君ね、少し無愛想だけど仲良くして欲しいな」

「よろしくお願いします。見事な魔法ですが、失礼ながらお二人の年は?」

「15歳だよ、こっちのレイ君は14歳」


 年を答えると驚きが帰ってくる。この年でその腕前はあり得ない、とはソフィアの言。ちなみにソフィアは40――人族に直すと13歳位らしい


「まるでおとぎ話のワンシーンで」

「レイ君格好いいからねー」


 からかうような二人に陽光も暖かくなってくる。

 二人は気が合ったのか、様々な話題で盛り上がる。エルフ名産のドライフルーツを片手に、三人で話しながら進む。石造りの橋を越え、太陽が中天に差し掛かった頃王都には到着した。


 魔族との戦闘を報告した後、再会の約束を交わしソフィアとは別れた。

 王都――石造りの城壁囲まれたこの都市は、冒険者と共に発展した都市である。森や遺跡で手に入る魔物素材は貴重な資源であり研究材料でもある。これらを用いた武具や魔法工学の品は周囲を囲む海や川から輸出され、魔王軍との戦線を支え続けている。



 ※※※



 宿に入り夕刻も近いたころ、ステラの提案で王都の観光に向かう。

 周囲が一望できる展望台に背中合わせで座る。活気のある通り、賑わう商店に走り回る子ども。お酒の入った冒険者の明るい歌声が流れてくる。

 背中の温もりを感じながら無言の一時を楽しむ。


「もっと自分を大切にしなきゃ駄目だよ」


 震える声に、振り向いたステラと視線が合う。


「もっと世界を広げて欲しい、友達を増やして欲しい、勇者でない自分自自身を守って欲しい」


 不安げな瞳に一欠片の決意を込めてステラは語る。


「いつまで隣に居られるかわからない、私はあなた程強くはないし、才能ある聖女ではないもの」


 足りない力は命を燃やして補う。それこそが「勇者」と「聖女」だ。彼女の言葉は多分正しい。

 酷く残酷な、けれど「いつかくる確実な未来」としてステラは予言する。

 衝撃に思考が漂白される。何よりも真っ直ぐなその言葉に何も返せない。

 世界は守らなければいけない。けれども自分の手にはステラだけでいい、それこそが全てだったから。

 自分は変わらなければいけない。このままでは勇者以外何も残らない、本当はわかっていたから。

 夕闇が世界を染めていく。宿に向かう道中、消えて行く人々が目に映った。




 ※※※




 始まりの勇者と聖女が加護を受けたとされる教会。王都内で最も由緒ある教会の前、始まりの広場にて儀式は行われる。候補だった者は広場にて加護を授かり、正式に勇者となる。

 二人で広場に向かう道中ソフィアと合流する。教会が見えて、自然と足が止まる。

 将来を定められたその日から必死に生きてきた。勇者であれと突き動かされて。

 始まりの勇者はどうであったのだろうか。勇者として孤高に生きたのだろうか、最期に後悔はなかったのか。自分はどう生きるべきなのか。

 勇者の最期を幻視する。大切な者を失い、ただ一人魔王軍に立ち向かう姿。全てを失い、それでも勇者であろうとする姿。

 自分には出来ない。勇者として全てを捧げることなど。全てを引き継いだ果てに、必ず壊れてしまうだろう。それがたどり着いた結論だった。

 今日この日、勇者になる日に少し変わろう。運命に抗おうと決意する。

 そうと決めれば後は気楽だった。笑いがこみ上げる。


「レイさん?」

「案外簡単な事だったとおかしくなってね」

「儀式まで随分と時間がある。屋台でも見ていこう」


 吹っ切れた事が伝わったのだろう。ステラの反応も今でになく軽い。


「後ろのアクセサリーが面白いから、そこから一巡りね! 」



 一巡りは出来なかったものの、満足の行く時間だった。アクセサリーなど普段買わないこともあって、新鮮で心踊るようだった。

 会話が弾んだ事もあり、日常の豊かさにも心を配ろうと決める。


 その後3軒ほど巡り、時間になったので教会前へ急ぐ。

 選定の儀においてはは勇者や聖女となるものに、光と共に加護が授けられる。大いなる加護を得て、候補達は正式に勇者・聖女となる。

 広場にて待つことしばし、静謐が辺りに満ちる。天に満ちる輝きが儀式の開始を告げる。


「大いなる加護を与えたまえ」


 聖職者の声が続いた。

 風が止み、鳥の囀りが消える。二人に光差す光景はは神話そのものであった。


 ステラと共に加護を受ける。これをもって儀式は終わるはずだった。

 突如轟音が響く。魔族の襲来である。

 飛来した魔族に対し、四方より炎弾と斬撃が迫る。もとより王都は騎士と冒険者の領域。手練れの者など、掃いて捨てるほどいる。

 対する魔族は斧をふるう、これだけであった。それだけの進撃を誰も止められない。

 圧倒的な暴力の前に聖騎士は大盾ごと叩き潰され、大地に赤い染みが広がる。鉄屑が落ちる音と共に人々が逃げ出してゆく。


 赤の双眸と視線が合う。

 いまだに立てなぬソフィアを背に庇ってステラと共に魔族に立ち向かう。

 負ける気などしなかった。ステラの支援と共に力が湧いてくる。2度3度の衝突で相手の武器に皹が入った。

 魔族を押すその光景に歓声の声が上がる。人々に希望をもたらす勇者と聖女に誰もが見惚れていた。


 後方の爆発音と共に人垣が崩れる。立ち込める土煙を囮に、見覚えのある隻腕の魔族が魔法と共に迫る。前方より振り下ろされるは鈍色の重撃。間に合わない。

 血飛沫が上がる。斧ごと赤眼の魔族を弾き飛ばし、反転する。ただの一振りで隻腕の魔族は崩れ落ちていた。


「レイくん……無事? 良かった……」


 囁くようなステラの声。半身を赤く染めながら、それでも微笑む幼馴染みに声がでてこない。


「約束……ちゃんと自分の人生を生きていくこと……」


 繰り返されるソフィアの治癒。半狂乱ながら繰り返されるそれも、命を繋ぎ止めることは出来ない。呆然とそれを眺めながら。


「一人で全部やろうとしないで仲間を頼ること……」


 失うとしても、まだ先の事だと思っていた。覚悟なんてまだなかった。


「ソフィアとも仲良くね……」


 二人だけで良いと思っていた。隻腕の魔族のことも見逃していた。自分の甘さこそがステラを貫いた。


「後は託しても良いかな。お願いね」


 ステラの瞳を見る。覚悟を決めて全てを飲み込む。


「約束する。全て任せて。おやすみ」


 抱きしめてそう告げる。

 穏やかな最期の顔を見届けて立ち上がると、ちょうど赤眼の魔族も立ち上がるところであった。


「一人では危険です。私も援護を」

「あいつは大丈夫。周囲の警戒をお願い」


 ソフィアの言葉に返しながら敵を見据える。

 魔族は斧を構えてニヤリと笑む。爆発の隙に逃げるつもりなのだろう、左手に赤の煌めきが見える。

 左手に桜の杖を構える、怪訝そうな魔族の顔が映る。照準に狂いはない。

 魔石が深紅に染まっていく。魔族が一歩踏み出す。投擲の構え。

 惨劇を繰り返さないため。決意と願いを込めて言霊を唱える。彼女より託された力を今ここに。


「焼き祓え」 


 深紅の眩耀が魔族の手を離れた刹那、白炎が魔石を包み込む。瞬時に膨れ上がった炎が魔族を焼き清めていった。


 

 ※※※




  真新しいお墓に供わった花。差し込む光に水滴がきらりと反射して朝を告げる。

 桜の模様があしらわれたブレスレットが置かれる。彼女は桜の装飾を好んでいた。


「ありがとう。ステラも喜ぶ」

「あの時助けられたままで何も返せませんでしたから」

「友達が出来るとは思ってなかった。ずっと二人だけで生きてきたから、凄く嬉しかったんだ、僕もステラも」


 続く言葉はすんなりと出てきた。


「一緒に旅に来て欲しい。世界を救う旅に、友達として、戦友として来てくれないか」

「最後までお供しますわ」



 ※※※




「おーい! 二人ともー」


 ソフィアと談笑しながら歩いていると明るい声に呼ばれて顔を向ける。新しくパーティーを組む二人の朗らかな顔に足取りも軽くなってゆく。


「煩くてすまんな。改めて俺は槍使いのクラークだ」

「弓使いのルイーゼだよ」

「魔法使いのソフィアですわ」

「勇者様は有名だからね。なんて呼べば良い? 」


 初めて自分からこの名前を告げる。自分という大切な存在を示すこの名前。光を意味するこの名前を。少しばかりの感傷を込めながら。


「レイ……と呼んでくれ」

 


 



 

 


 

 

 

 

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勇者と少女は死神と共に 雪のつまみ @tsumakichi

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