最終話 惑いの回廊
パルム軍警察本部
「その話本当なのか?」
ダリル・メイ中尉は声を
「おそらく本当ですね。我々はまたやぶ蛇をつついたのかも知れません」
マリス・ローランド少尉は更に声を
余計なことを知りすぎたのかも知れない。
メル・リーナの
だからこそ、様々な情報が集まってくる。
その中に、放置出来ない情報が混じっていた。
メル・リーナがリーナ家の屋敷たちから遠く離れた南区にあるパルムの貧民街で度々目撃されているという情報だ。
「調べておくべきかと思うか、マリス?」
「判断はつきかねます。ですが中尉が必要だと判断されるならば」
その地域は危険過ぎた。
貧民街の中でも最も治安が悪い。
そもそも住んでいる連中に戸籍がなく、大陸各地から食い詰めた流れ者たちが行き着く先であり、住人達は居るのに居ない存在だった。
街を仕切っているのはレジスタンスでも武闘集団とされていたし、まともに言葉が通じる連中ではない。
パルム警視庁も
皆命が惜しい。
「しかし、そんなところに金持ちの令嬢がのこのこ迷い込んだりしたら身ぐるみを
「“何度も通い詰めている”んです。もともとリーナ家は皇族筋だし、フェルベールは元は男爵家です。つまり、“両親とも関係がない”し、関係者がいる筈がない」
そして名門大学学生の立ち回り先ではない。
反政府運動家たちもなかなか寄りつかないような地域だ。
通常ならダリルもマリスも手を引く。
だが、パトリック・リーナもメル・リーナも身柄を
このままではノース・ナガレ少佐の責任問題になる。
「慎重に行こう。俺はレアード、お前はクルツと共に一目で軍警察と分かる格好で乗り込む。当然、銃とナイフは携帯しておく」
「わかりました」
一目で軍警察だと分かる格好なら傷つけたり殺したりすれば問題になると、
危険な夜を避け、昼過ぎという時間帯を狙う。
パルム南区は南端を占める旧家群、歓楽街、工業区、スラム街とが入り交じった市内では一番広い区画であり、はっきり言えば治安に重大な問題を抱えていて、一方で工場労働者たち低所得層が
スラム街はもっと
ダリルたちは指定された地区に踏み込んだ途端に違和感を感じた。
南区の他とは変わらない
しかし治安の悪い地域に特有の
路上には大小便のあともなく、ほとんど
あるいは貴族や富豪、官僚たちの住む整然とした東区を思わせるほどに通り自体は綺麗なものだった。
「
マリス・ローランドはクルツ・ファーラー伍長と互いの死角をカバーしあうようにして慎重に歩み続ける。
同様に少し距離をあけてダリル・メイとレアード・ケッペルス軍曹が慎重に歩みを進めていた。
人の住んでいる気配がほとんどしない。
逆に薄気味悪さを感じて四人は体を寄せ合うようにした。
「聞いていた話とはまったく違うな」とダリル。
「おかしいですね、こうも誰も居ないとなると」とマリス。
聞き込みしようにも誰に話を聞いたら良いというのだ。
通りを進むと奇妙な石畳が広がる通りに出た。
(なんなんだこの
石畳にはなにかの場面のような奇妙な絵のような色鮮やかな彫刻がなされている。
「なんでしょう?まったく見覚えがありませんが
マリスの指摘にダリルは
「ああ、確かにそうだが『懐かしい悪夢』だな。子供の頃にうなされて見た悪夢」
兵士達の持つ槍が
(えっ?)
一緒に歩いていた筈のクルツとレアードの姿がダリルとマリスの視界内から
「クルツ、レアードっ!?」
ダリル・メイ中尉の叫びは薄気味悪い通りにかき消された。
「
慌てて居なくなった二人を探すダリルとマリスの二人は石畳を乱暴に踏みしだいていた。
異なる画の描かれた石畳だが、ダリルとマリスの二人が感じるのはいずれも「得体の知れない醜悪さ」だった。
様々な場面の様々な画に共通するのは根源的な恐怖となにもかもを飲み込む深淵だった。
それに対して生理的嫌悪感しか感じられない。
理由なき恐怖と絶望。
まるで心を縛られ、束縛されることが快楽へと変わり、完全に心を支配される。
二人は無意識のうちにファーバ教団の言う
きちんと手順を踏み、
魂の救済は其処以外にはない。
人ならば誰もが試され、誰もが惑う。
だが、惑うこともまた真理へと到る道筋だった。
神無きファーバの教えと
アレは好奇心につけ込んで体の中に入り、這い回る蛇のようにその身を溶かしていくモノ。
自らを
優越感のうちに他者を
必要も根拠もない上下の概念など意味もなく、ダリルはマリスよりも階級が一つ上だからこそ、部下のマリスに対してより多くの責任を感じ、マリスはその逆にダリルが先達だからこそ自分より多くの経験を積み、なにより美徳を持つからこそ尊敬しているのだという自分たちの常識と認識に身を
わからないものを無理してわかろうとすれば、必然的に想像で補うよりなくなる。
補正された想像が現実で見てきた光景を否定して、真理と真実から遠ざかってしまう。
真実とは人は誰もが一人で、変化は常に起き、どれだけ望んでも元の自分では居続けられず、変わり続けるからこそ、やがては死に至り、再び再生されるからこそ、長い道程の果てにセカイの構造とそこに在る真理に到るのだという確信。
それを垣間見て、自分たちの有り様こそが正しいのだと認知した。
「悟り」への道程は遠い。
だが、其処に到る道は確かにあり、セカイに己が居ること、セカイの一部として在ることが正しいのだと二人は認知していた。
なにも怖れることはない。
決して惑わされるな。
やがては人はヒトとしての姿を保ったまま、
はっとなって目が
「いよう」
二人は聞き慣れた声で我に返り、彼の顔を穴があくほど
「やはり、お前達は来られたな」
「ノース少佐・・・」
このところ苦渋に満ち、焦っているように見えたノース・ナガレ少佐が涼やかな顔でカウンター席の一番奥に陣取り、紙煙草を片手にゆったりと盃を傾けていた。
「やはり『キタさん』の見込んだ部下さんたちですね。“惑いの回廊”を抜けてミセまで来て見せた。大した
次第にはっきりしてきた認識が、ダリルとマリスに二人の部下の消失を認識させた。
「少佐、申し訳ない・・・」
続けて消え失せた部下達の名を思い出し、二人を
ダリルはマリスに視線をやったがマリスは戸惑った顔で首を振った。
「気にするな。お前達はある事実を確認するためここに来た。それだけだし、あの情報は俺がわざとリークした」
こともなげに言うノース・ナガレは
「えっ?」
「つまり、俺は最初からパトリック・リーナも、メル・リーナも捕まえる気がなかったし、
「はい、その通りです。そして誰もが善良で親切だし、助け合うことを当然のこととして生きています。だから今時分は我々の他には誰もいやしません」
ミセのマスターはせっせとグラスを
「私からのお祝いと歓迎の意味での
乾ききっていた二人はそれぞれグラスを干し、マスターはかわりに水を注いでやった。
「以前はそうじゃなかった。ご多分に
よく品の良い中年男のマスターを確認してみると明らかに軍人だ。
それも自分たちに極めて近い存在。
ダリル・メイの脳が急速に活性化していく。
「この俺もそうさ。ノース・ナガレは偽名だ。大陸の北から流れてきたからノース・ナガレ。今でも表向きはそれが役職名だが、その実俺の名はエーベル・クライン。女皇正騎士でサイエス組と呼ばれる分団の一員であり、調査室長グエン・ラシールの監視役であり女皇騎士団副司令トリエル・メイル皇子直属の部下だ」
女皇正騎士のエーベル・クラインという人物についての情報はまったくない。
しかし、レオポルト・サイエス公爵がシーナとアンナという二人の娘と共に起居する屋敷にはサイエス分団の詰め所があるという。
「それじゃ、少佐というのも?」
尋ねたマリス・ローランドも知っているが、女皇正騎士たちは司令、副司令以外は全員が少佐相当官だ。
総勢で20名。
その全員が軍なら高官だ。
「ああ、少佐相当官という意味だ。俺は皇子やイアンと同期入隊した女皇騎士団の比較的古株であり、軍警察の一員として同時に軍警察に入る情報と他所から
「それってつまりは組織のスパイだってことですか?」と不穏当だと認めつつダリルは当惑しながら尋ねる。
「まぁそうだな」
「除名除籍されるまで昇進もしなければ降格もない。元老院議会の認めた『スカートのしもべ』たちの一人?」
マリスは自分たちの
ノーズ・ナガレの責任問題などという心配せずとも良いことで、わざわざ危険を冒して乗り込んだ結果がコレだった。
「その通りだ。なにしろ女皇騎士団という組織自体が出自を問わない。実力、実績、忠誠心主義の集団だからな。そして、俺は最初から組織の主流派じゃない。スパイとして軍警察に身を置き、入る情報で聞き捨てならないものを女皇騎士団に流す役であり、ガセネタを広めてお前達を右往左往させる役だよ」
「それじゃ、パトリック・リーナに対する嫌疑やメル・リーナを拘束しろというのも?」
「そうだ。トリエル殿下の指示でお前達を
「貴方っていう人は・・・」
ダリルは血相を変えてノースあるいはエーベルを
マリスはダリルが
「俺にとって主は女皇陛下と皇弟殿下だけだ。元とはいえ司令だったグエンも、現司令のハニバルも忠誠の対象じゃない。敢えて付け加えるなら、メリエル・メイデン・ゼダ皇女殿下だ。この街の浄化を成した偉大なる女帝さ」
「はい、左様にございます。我らのメリエルさま」
ミセのマスターは穏やかに
「ある時期まで
「はい、そうですなキタさん。はじめ人捜しに来たあの方は
「いったいどういう意味なんです、少佐?」
「惑いの回廊」の内容は分かっている。
心を試される迷路であり、認知を乱される。
「お前達が見てきたもの。アレはここではない東洋世界で実際に用いられた『踏み絵』というカラクリだ。つまり、あの石畳に描かれていたモノはかつて俺たち“ヨーロッパ人”を洗脳支配していたそのものの概念たちだ。だが、お前達二人は“本物のエウロペア”の民だった。だから、本能的に拒絶して子供の頃にみた悪夢のような違和感を感じた筈だ。アレこそが始祖メロウが望まなかった『魂の束縛』だ。アレがすべての歪みの元凶だとさえ、始祖女皇メロウは思っていたんだよ」
始祖女皇メロウの憎しみの象徴?
「“神様に
つまり、メロウの中で人の正しい在りようとはファーバの教えそのものだった。
誰でも道を誤りさえしなければ、真理に至れる。
生きていく上で犯す罪もまた、生きていくが故に避けて通れない「業」。
しかし、「業」と「原罪」とは異なる。
人の良心とは「業」を「業」として認知し、置かれた立場や役目により重ねられていく過程で生じた同じ立場に置かれた他者への寛容だった。
「そうですとも。人は皆等価値であり、差別され
ある日、フラリと現れたメリエルは汚らしかったこの貧民街に試しの場を
どんな方法を使ったかも分からない。
当然の如く、この小さな
往来の中央にあるあの「惑いの回廊」を避けられた者は居ない。
だが、回廊を無事に抜けられた者は昨日までとは異なる自分に目覚めていた。
「まず、自分の置かれた環境をあらため、自主的に浄化する。そうでもしないとこの呪われた都パルムドールは血にまみれた
ゆっくりと
腕っ節では
エーベルは騎士だ。
「少佐が裏切り者だと確信した上で、確かにそうだと認識しても?」
ダリルはやるせない想いをそのまま言葉にした。
「少しも構わないよ。お前達は自分が信じた通りに行動しろ。ヒントは既に与えていて、誰が俺を排除出来るかも示した。その上でお前達がなにを選び取るかはお前達次第さ」
ノースのあるいはエーベルの言葉は「落とし前」とその形とはダリルとマリスが選んでいいという意味だった。
「そうさせて頂きます。勇気をもって踏み込んだ仲間が消えたのに俺たち二人だけが『選ばれた』だとか思いたくはありません」
ダリルの決別宣言に対し、エーベル・クラインは相変わらず涼しい顔をしている。
「そのうち有無を言わさないことになる。
エーベルの言葉を背中越しに聞きながら、ダリルは迷うことなくミセを出ていった。
その後に続きながらマリスはエーベルの真意と言わんとすることを少しでも理解しようとした。
ミセの外はまだ明るかった。
かなり時間が経過してはいたが時計を確認したらまだ夕刻だ。
「中尉、どうするんです?」
ダリルはミセの前でマリスを
「まだこの時間なら国軍本部にラファール少将が居られる。俺はやはりスパイの存在を無視出来ない。取り次いで
「それが中尉の正義なら、私も同感です。軍警察の一員としてやはり聞き捨てならない」
ダリル・メイはあらためて問い直すことはせず、街区の入り口で周囲を確認した後に背後から続くマリス・ローランドの足音を聞きながら国軍本部へと向かった。
受付で面会申請するとエイブ・ラファール少将は意外にもすぐに会ってくれるという。
退勤時刻も近いであろうに軍警察の
通されたエイブの執務室では秘書官のウェルナ・ルセップ中尉とエイブ・ラファール少将とが
「軍警察所属ノース・ナガレ少佐の部下でダリル・メイ中尉とマリス・ローランド少尉です」
「緊急の案件だと聞いている。手短に報告したまえ」
事務的な態度のエイブ・ラファール少将にダリルはにじり寄った。
「はいっ、ノース・ナガレ少佐の正体は女皇正騎士エーベル・クラインであり、我々の組織に潜入中のスパイです」
「うむ、そうだな」
ダリルとマリスは我が耳を疑った。
既にラファール少将は承知していたのだ。
「少将、既にご存じでしたか?」
「配属当時からそうだ。それに軍警察の現場指揮官が女皇正騎士でなんの不都合がある。むしろ頼もしい限りではないか。正騎士たるエーベルには職務に対する重い守秘義務が課せられていて、その気になれば元老院議会にも出入りできる。だいたい我々は互いに敵ではないのだぞ」
言われてみればその通りだ。
「スパイだというのも正確ではないな。正式には連絡員だ。つまり所属組織が異なるので
「ですが、現在捜査中のパトリック・リーナ横領容疑での逮捕令状が出ているのに少佐は捜査妨害を・・・」とマリスが
「しろとヤツに命じたのは
「はいっ、パトリック・リーナ、メル・リーナ、ディーン・エクセイル、スレイ・シェリフィス、そして貴方のお嬢さんルイス・ラファール」
言いながらダリルは真っ青になっていた。
「お前たちはその顔触れになんの疑いも抱いていないのか?軍警察捜査員も質が落ちたものだな。パトリック・リーナを除く4名は国家騎士団と国軍の西部方面軍と合流予定の
「なんですって」
ダリルとマリスは
「ディーン・エクセイルの手配写真を確認して少しも不可解に思わなかったのか?誰かに似ているとは少しも思わなかったのか?」
軍警察内で出回っていた手配写真は史学生ディーン・エクセイルを隠し撮りした近影写真だった。
用意したのはノース少佐だ。
黒縁眼鏡でもっさりとした学生であり、ダリルは
「もう一度よく確認してみろ。眼鏡を外して白軍服を着ていたら誰に見える?」
「マサカっ、フィンツ・スターム少佐・・・」とマリスが泡を食う。
捜査員達の噂話で
だが、新聞報道でよく目にしているスターム少佐に少し似ているなという感想はすぐに笑い飛ばされた。
同一人物である
聞き込みでは名門史学家エクセイル家の
居宅のある南区旧家の
そういえば新聞報道にフィンツ・スタームが
「まっ、一応は合格だな。
「えっ?」
フィンツ・スタームが
公費横領罪への連座容疑者にベルシティ銀行の関係者でなく、パトリック・リーナの親族でもない現職将校の家族たちがいると考える方がどうかしている。
「エーベルからの連絡を受けている。『お前達が
「なんですって?」
「エーベルに信用のおける部下を用意するよう依頼したのはなにを隠そうこの
ダリルとマリスの顔から血の気が引いた。
名前も顔も思い出せないが、極秘捜査に信用出来るから部下達を代表して連れて行ったのだ。
「踏み絵」と呼ばれたあのトラップにかかると“人としての存在そのものが消滅する”。
あの回廊を自由に出入り出来るとは
では実際にあの街区に住む人間達はと考え、エーベルの言葉通り元は流れ者だろうがなんだろうがキチンと定職につき、昼間は
そうした街に変えたメル・リーナこそ本当は何者なのだ?
いったいなんの目的でどのようにしてトラップを仕掛け、街の住人たちの意識をまとめて変化させたというのだ。
あらためてエーベルの言葉を思い返してみると二人ともゾっとさせられる内容ばかりだった。
「女皇国を取り巻く闇は深い。かつてアイラス要塞を任されていた
犠牲者の中には要人もいたし、護衛役の女皇正騎士もいた。
「
そして、実況見分において、エイブ・ラファール
それこそ配属間もない
現在は黒騎士隊の隊長となっているイシュタル・タリスマン中佐(現准将)は中隊長の一人として陽動に引っ掛かってアイラスを留守にしていてアイラスの悲劇に
そのイシュタルも重傷を負わされ、生きていたのが不思議だという程の有様だった。
今もイシュタルは当時負った古傷の数々が痛々しい。
現在の黒騎士隊の実質的な隊長であり、現場指揮官はマイオドール・ウルベイン中佐だ。
ウルベイン中佐が隊のまとめ役や国家騎士団上層部との
現在のイシュタル・タリスマン准将の肩書きは「アイラス要塞最高司令官」であり、黒騎士隊隊長だ。
生き残った黒騎士隊では最も階級が高かったからだ。
なにより《アイラスの悲劇》の生き証人たるが
当時の隊長は二人の中隊長と共に陽動作戦で戦死していた。
もう現隊長のイシュタルには真戦兵を操縦出来ない。
その戦闘中に
緊急無線連絡を受け、飛空戦艦で東部方面軍から
イシュタルたち黒騎士隊はほぼ同規模の傭兵騎士団エルミタージュと交戦していて、多くの死傷者を出したものの部隊の全滅だけは辛うじて
それも戦死した隊長から部隊指揮を引き継いだタリスマン中佐の撤退判断の
その後、
当時の黒騎士隊もほぼ全滅した。
「騎士として生き残って」も除隊や異動を望んだ者たちは多かった。
現西部方面軍の
エイブとイシュタルに
イシュタル中佐同様に
彼等でさえ要塞本体に残存していた守備隊に比べたら、その後について選択の余地が残されていただけマシな方だった。
そうして、出撃、交戦、戦術的退却まで時間としては約3時間半であり、その僅か3時間半で国家騎士団の最大拠点は
「いっそ殺して欲しかった。隊長たちの後を追わせて欲しかった。それでも、隊長から指揮を受け継ぎ、生き残った部下たちを預かる身としてそれだけは出来なかった」とエイブの事情聴取に病床についていたイシュタルは人目も
皮肉っぽく、本心を
事件後、イシュタルが病床から部隊再編を指示し、東部方面軍から異動して着任したマイオドール・ウルベイン大尉(当時、現中佐)が黒騎士隊を再建し、腕のたつ部下達を
鉄の掟と鉄の結束を誇る最精鋭部隊である黒騎士隊。
その歴史は《アイラスの悲劇》から始まった。
事のあらましをエイブ・ラファール少将から聞いたダリルとマリスは
事件にオラトリエスが関与しているならそうと話す。
だが、それすら不明だから
「それはつまりもう
余計な
マリス・ローランドも表情から事件の背後関係を様々に類推しているように見える。
エーベル・クライン・・・C.C.の
この二人なら容易ならない事態を理解し、自分たちの手足となることを喜んでやる。
正義感と
なにより組織や自己の栄達のためでなく、守る術のない
「その通りだ。そして敵は敵だと簡単になど分からん。見た目などで判別などつかんさ。
ダリルもマリスも直立不動になっていた。
疑いだしたらキリがない。
あの街区を危険地帯と称して近付きたがらないパルム警視庁の職員すら簡単に信用などできない。
本当に信用出来るのは、既に遺恨を抱えているエイブ・ラファール少将とエーベル・クライン少佐だった。
エーベルがやさぐれていたと打ち明けたのは、任務に忠実だった愛妻が
だから、ノース・ナガレは男やもめをずっと続け、一人娘の成長を影で見守ってきた。
「捜査には材料が必要になる筈だ。ウェルナが管理しているファイルにこの数年来起きた不可解な事件の捜査資料が整理されている。なにか理由を見つけて
直属の部下という意味は正にそれだった。
軍警察捜査員の立場では絶対に知ることの出来ない機密情報も少将は明かした。
エーベル・クライン少佐はとうに知っている。
それでも涼しい顔をしていたのは余裕ではなく、とっくに覚悟と身構えは出来ているのだと、信頼に値する部下たちに無言で示していたのだ。
(俺たちは俺たちに出来ることをするしかない)
(
ダリルとマリスはエイブ・ラファール少将の執務室を出るとそのままミセに戻り、おそらくは部下達が戻るのを待って一人でグラスを
その際に更に多くの機密情報を知った。
その内容に絶句した。
その翌日の朝刊紙面にて、パトリック・リーナへの横領罪嫌疑が誤報だったと公式発表された。
ダリル・メイ中尉とマリス・ローランド少尉の「女皇戦争」はそうして始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます