ダンジョン対策課によるダンジョン捜索

 ダンジョン対策課のコンピュータサイエンティスト、綾地美鈴は東京の郊外にあるダンジョン前に来ていた。

 彼女はある匿名の人物の助けのおかげで、日本中のダンジョンを発見した経緯がある。発見しただけで中にまでは入っていないが、少なくとも入り口の写真は撮ってある。蔦植物に覆われた緑のドーム、レンガ造りの坑道のような入り口、不法投棄されたガラクタの間から顔をのぞかせる入り口。様々な「入り口」を見てきたわけだが、東京郊外にあるこのダンジョン程、大きくて立派な門を彼女は見た事が無い。このダンジョンは他とは一線を画す何かがあるのではないかと考えるのも自然なことだ。


 幸いにも、このダンジョンは低難易度ダンジョン、つまり最初の数階層は敵がかなり弱いダンジョンであるので、探索は比較的順調に進んでいた・・。しかしそれは過去形。20層、30層と進むにつれ、探索が困難になってきた。


 なお、彼らの現状を「ある匿名の人物」こと赤木歩夢が見ると、「レベル上げをせずにごり押ししても、どこかで行き詰まるよなあ」とコメントするだろう。つまり、彼らは適正レベルの攻略をしていないのだ。

 本来ダンジョンは、3~10人一組で進むことを前提に作られている。「人数を増やして攻略する」のではなく、「一人一人のレベルを上げて攻略する」ことが求められる。

 しかし、ダンジョン対策課の行っている攻略は人数でのゴリ押しだ。最初の内はそれでも問題ないが、それでは結局どこかで壁にぶち当たる。魔法やスキルのある世界において、個々の強さは非常に重要であり、疎かにしてはならない。


 しかし、そんな事情を知らない彼らは、また別のゴリ押しを試そうとしていた。そして、その為に綾地美鈴が呼ばれたのだ。



「こんにちは、綾地さん。今日はよろしくお願いしますね」


「こんにちは、山本さん。こちらこそよろしくお願いします。私、体力が本当に無いので……」


「ええ。我々がしっかり護衛するので、ご心配なく!」


 そうして、綾地とその護衛らはダンジョンに潜った。



 こうして綾地は現在の最前線、40階層に到達した。この階層は敵のレベルが高いことは勿論、足場がぬかるんでいたり、逆にごつごつした岩が行く手を阻んだりと、歩くだけでも大変であり、攻略が困難となっている。


「地下に潜っているはずなのに、なんで太陽があるのかしら?」


「あはは。ダンジョンは本当に不可解な場所ですよね……」


 歩夢なら「ダンジョンってそう言うもんだろ?」と思うような、いわば「ダンジョンの常識」ですら、地球でしか生きた事が無い彼らからしたら、新鮮だ。


「この場所は安全ですので、ここで準備して頂けたら」


「はい、ありがとうございます。それじゃあ、早速準備に取り掛かるわよ~!」


 様々な機材を組み立てる綾地。暫くして、そこにはコックピットのような物が出来ていた。



「ドローン、発射!」


 綾地がパソコンのEnterキーを押しながら叫ぶ。すると、合計10台のドローンが40階層内に放たれた。


「この階層、飛行型のモンスターはいないんですよね?」


「そうですね。ですから、ドローンが落とされる心配はないかと」


 そう。彼らが計画したのはドローンを使った空中偵察。それも、綾地(とその研究仲間)が開発したダンジョン探索に特化した機体である。名を『Ariadnē STR003』、ギリシャ神話に登場する女性「アリアドネー」を由来としている。

 詳しい人ならピンとくるかもしれないが、彼女は迷宮ラビリンスの攻略を行う英雄「テーセウス」に糸を授けた人物である。長い長い糸を入り口に結んでおくことで、帰り道が分かるという訳だ。機体名のSTRはString(糸)を意味している。

 つまり、この機体は、人類(=英雄)に迷宮(=ダンジョン)の道しるべを授けてほしいという願いを込めて作られたのだ。なるほど、理にかなった命名である。

 003は単純に機体のバージョンだ。001と002はお披露目前に、没になったのだろう。



 さて、彼女の作ったドローンは、様々な機能が搭載されている。


 まずは空中写真の撮影と地図の作成。これはまあ、ある意味納得の機能である。


 そして、その写真を使って現在位置の把握、他の機体と連携を取る仕組みが搭載されている。

 「現在位置の把握? 普通じゃん」と思う事なかれ。市販されている偵察用ドローンは位置把握をGPSに頼っているのだが、それはダンジョン内では全く役に立たない。だから、彼女達の作った機体はGPSが搭載されていない。代わりに、超高性能な加速度センサー、様々なカメラ、そして高速な画像処理を行うCPUが搭載されている。それらを組み合わせて、現在位置を寸分狂わずに把握できる仕組みになっているのだ。


 最後に中継地点の作成だ。このドローンには「無線の中継地点」としての機能が搭載されており、10台のドローンが連携しながら通信環境を良く保つ機能があるのだ。

 「そんな面倒なことをしなくても、地面に中継地を設置すればいい」と最初は考えていたものの、それは失敗に終わった。実は、「ダンジョンに放置されている非生命体は数分で吸収される」という特性があるからだ。落とし物、引っかかった弓矢、遺体。そういった物がダンジョンに溜まるのを防ぐべく、ダンジョンはそういった物を吸収する機能がある。地面に設置された無線の中継器も、当然非生命体であるので、吸収されてしまう。

 だから、中継器も空中に浮かす必要があるのだ。


「全体像、とまではいかないが、大半のエリアをマップ化できました」


「ありがとうございます、綾地さん。我々探索部隊の集めた情報と併せて、作戦を建てます」


「がんばってくださいね」



 こうして、特に都市に近いダンジョンを中心に探索が進んでいる。出来るだけ早く、このダンジョンに関する情報を集め、そして。


「可能な限り早く、一般公開したいですね」


「そうですね」


 そう。彼らの目標は、決してダンジョンの宝や資源を独り占めする事ではない。彼らの最終的な目標は、一刻も早くダンジョン内の調査にひと段落付け、そしてダンジョンを一般公開する事なのである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る