ラトソールの夜
「お、この店とか良さげじゃないか?」
ラトソールにて、夕飯を食べる店を探していた俺達は、大通りから少し離れた場所にある
「落ち着いてていい感じ」
「私も賛成! 早速入ろっか!」
◆
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
若いウェイトレスが厨房からひょっこりと顔を出す。
「三人です」
「三名様ですね。こちらにどうぞ!」
案内された席に着き、メニューを眺める。オムライス、ハンバーグ、スパゲッティ。ファミリーレストランを彷彿とさせるメニューだな。
「俺はトマトスパゲッティかな」
「私はハンバーグで!」
「私、オムライス」
「ドリンクはどうする? 俺は水でいいかなーって思ってるけど」
「水で良いわ」
「同じく」
「じゃあ、注文するか。すみませーん」
そして注文してから数分経ってから、目的の物が運ばれてきた。おお!
「「「美味しそう!」」」
「えへへ、ありがとうございます」
「もしかして、お姉さんが作ったのですか?」
「はい、そうなんです。私と友達二人の三人で経営しているので」
「え、凄い! お若いのに、もう経営者?」
「あはは。まあ一応? でも、父と兄が出資してくれて、なんとか経営を開始出来たって感じですけどね。あそこに並んでいる作品は二人が作った物でして、『いつか有名店になった時、俺達の商品を宣伝してくれ』って頼まれてたりするんです。良かったら見て行ってください」
「そうなんですね。見させていただきます」
この世界の若者は凄いなあ。日本では大学まで進学する人が増えてきている分、若い人で仕事に従事している人が少ない気がする。いや、俺達が知らないだけで、探せば結構いるのかな? 分からないや。
その後、ゆっくりと食事を頂き、満腹になってそろそろ店を出ようかと思ったまさにその時だった。酔っ払いが店に入ってきたのは。
「お、良い感じの店じゃんか。ヒック。酒あるか? ヒック」
「は、はい。お酒も各種取り揃えています。どうぞこちらへ」
「エール。一杯。ヒック。つまみになる物も一緒に」
「はい、かしこまりました」
(なんかやな感じだな)
(だね)
(うん。お酒は怖い)
「ヒック、おい! 早くしろ!」
「はい! 少々お待ちください!!」
「ッチ。おせーんだよ。ヒック」グビグビ……
「ご、ごゆっくりどーぞー」
「おい! 店員!」
「はい、なんでしょうか?」
「これ? どういうつもりなんだよ? ああん?」
「な、何か不備がございましたか?」
「ございましたか、じゃねーよ。んだよ、これ? 不味くて食えたもんじゃねーわ!」
おつまみが入っている皿を指さして怒鳴る酔っ払い。
「それは失礼しました。すぐに別の物をご用意させて頂きます」
「たりめーだ。へへ、よく見るとお前、可愛いじゃねーか。わびとしてお酌しろ」
「すみません、そう言ったサービスはしておりませんので」
「ああん? 言う事が聞けねーのかよ? こっちはお客様だぞ? お客様は神様だろう? ああん?」
「他のお客様、他の神様もいますので、どうか落ち着いてください」
「チッ、ごちゃごちゃ言いやがって!」
机を殴りつける酔っ払い。他の客は目を伏せて、怒りの矛先が自分たちに来ないように祈っている。
「他のお客様の迷惑になります。これ以上騒ぐようでしたら、衛兵を呼びますよ」
「なあにが衛兵だ! 悪いのはお前だろうがよぉ?!」
その時、酔っ払いの体内の魔力が動いた。さっきまでは「人物」の魔力反応だったのが、今では「敵」の魔力反応に変わっている。おいおい、マジかよ!
それに真っ先に気が付けた俺は自身に強力な身体強化をかけ、酔っ払いと店員の所へと駆け出した。日本で無意識に発動してしまった身体強化ですら、握力75キロを出せるのだ。意識的に身体強化をかけたら、その効果がどれだけ大きなものか、想像できよう。
酔っ払いは腰から剣を抜いた。それを見て恐怖の表情を浮かべる店員。ベースレベルが幾つかにもよるが、下手すれば一発で生命力が尽きて、肉体にダメージが入るかもしれない。そうなれば、回復魔法では治しにくいし、仮に治ったとしても跡が残るかもしれない。若い女性ならなおさら、それは嫌なはずだ。
俺は移動しながら土魔法を発動。水晶騎士を倒した時にそうしたように、岩の装備品を生成した。今回作ったのは腕を守る防具、いわゆるガントレットだ。
ギリギリ、ウェイトレスと酔っ払いの間に入る事に成功した俺は、剣を腕で受け止めた。
「ああん? んだよ、お前?」
「落ち着いてください。あなたがやろうとした事は普通に犯罪ですよ。仮に彼女にミスがあったとしても、それに怒って暴力を振るえば、悪者は貴方になりますよ」
「ガキが偉そうに! こちとら銅ランク冒険者様だぞ? 舐めてかかったらどうなるか思い知らせてやる!」
忘れがちだが、銅ランクとは『平均的な冒険者』であり、そこそこ強い。冒険者として十分食っていけるレベルという事だからな。
悪さをしなければ、普通に暮らしていけるはずなのに。そんな人が問題を起こすなんて。もったいないなあ。お酒って怖いな。
剣からボオ!と火が噴き出る。魔剣術か? いや、これは剣のスキルだな。魔剣的な物で、別に珍しい物ではない。
「頭を冷やしてください! 『氷水』!」
水魔法を使って、氷水を生成。バシャと彼の頭にかかる。あと、魔剣に灯っていた火が消えた。
「……」
「落ち着きましたか?」
「……」
「?」
「コロス」
「はい?」
「死ね、クソガキ!!」
「あちゃー。逆効果だったか……」
氷水をぶっかけたら酔いが覚めるかなと思ったのだが、逆効果だったみたいだ。酒と怒りで頭が真っ赤になっている。
「『スラァァーシュッ』!」
「『凍てつけ』」
酔っ払いの剣が俺に届く前に、俺は奴の周囲に氷を発生させる。氷に埋まった酔っ払いの完成だ。
◆
その後、衛兵がやってきて、ギャーギャー言っている酔っ払いをドナドナしていった。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「凄くカッコ良かったです!」
「銅ランクを圧倒するなって、キミ、凄いね!」
「いえいえ、気にしないで下さい。僕も冒険者なので、同業者が誰かを傷つけたら、冒険者の信頼に関わりますから」
「「「カッコイイ!」」」
「あはは、ありがとうございます。じゃ、俺達はこれで。これ、伝票と、代金です」
また来てくださいね~という声を聴きながら、俺達はその場を去った。
◆
「お酒は飲んでも呑まれるな、だな」
「うん、うん」
「そうよね~。お酒って怖いわよね。脂肪肝や高血圧の原因になるし、社会的な側面でなら、家庭内暴力の多くにお酒関わっているわ」
「病気なら自己完結してるし、自業自得で済むけど。他人に迷惑をかけるのは困るよなあ」
「でもでも。病気になると医療費の逼迫に繋がるよ? 日本じゃあ、保険制度があるから、病気になったら、7割くらいが税金から支払われる」
「それもそうだな……。自己完結って訳にはいかないのか」
「いっそお酒を禁止したらいいんじゃないかしら?」
「それをやったのがアメリカの禁酒法でしょ? で、結局上手くいかなかった」
「難しい問題だなあ……」
そんな事を話しながら、俺達は宿へ帰って行った。お休みなさい。次起きたら、そこは日本だな。
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