ラトソールの夜

「お、この店とか良さげじゃないか?」


 ラトソールにて、夕飯を食べる店を探していた俺達は、大通りから少し離れた場所にある小洒落こじゃれたお店を見つけた。ガラス細工や鉄器が飾られているので、一見雑貨屋かと思ったが、外にメニューが出ているので、食事処で間違いないだろう。


「落ち着いてていい感じ」


「私も賛成! 早速入ろっか!」



「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


 若いウェイトレスが厨房からひょっこりと顔を出す。


「三人です」


「三名様ですね。こちらにどうぞ!」


 案内された席に着き、メニューを眺める。オムライス、ハンバーグ、スパゲッティ。ファミリーレストランを彷彿とさせるメニューだな。


「俺はトマトスパゲッティかな」

「私はハンバーグで!」

「私、オムライス」


「ドリンクはどうする? 俺は水でいいかなーって思ってるけど」


「水で良いわ」

「同じく」


「じゃあ、注文するか。すみませーん」



 そして注文してから数分経ってから、目的の物が運ばれてきた。おお!


「「「美味しそう!」」」


「えへへ、ありがとうございます」


「もしかして、お姉さんが作ったのですか?」


「はい、そうなんです。私と友達二人の三人で経営しているので」


「え、凄い! お若いのに、もう経営者?」


「あはは。まあ一応? でも、父と兄が出資してくれて、なんとか経営を開始出来たって感じですけどね。あそこに並んでいる作品は二人が作った物でして、『いつか有名店になった時、俺達の商品を宣伝してくれ』って頼まれてたりするんです。良かったら見て行ってください」


「そうなんですね。見させていただきます」


 この世界の若者は凄いなあ。日本では大学まで進学する人が増えてきている分、若い人で仕事に従事している人が少ない気がする。いや、俺達が知らないだけで、探せば結構いるのかな? 分からないや。



 その後、ゆっくりと食事を頂き、満腹になってそろそろ店を出ようかと思ったまさにその時だった。酔っ払いが店に入ってきたのは。


「お、良い感じの店じゃんか。ヒック。酒あるか? ヒック」


「は、はい。お酒も各種取り揃えています。どうぞこちらへ」


「エール。一杯。ヒック。つまみになる物も一緒に」


「はい、かしこまりました」



(なんかやな感じだな)

(だね)

(うん。お酒は怖い)



「ヒック、おい! 早くしろ!」


「はい! 少々お待ちください!!」


「ッチ。おせーんだよ。ヒック」グビグビ……


「ご、ごゆっくりどーぞー」



「おい! 店員!」


「はい、なんでしょうか?」


「これ? どういうつもりなんだよ? ああん?」


「な、何か不備がございましたか?」


「ございましたか、じゃねーよ。んだよ、これ? 不味くて食えたもんじゃねーわ!」


 おつまみが入っている皿を指さして怒鳴る酔っ払い。


「それは失礼しました。すぐに別の物をご用意させて頂きます」


「たりめーだ。へへ、よく見るとお前、可愛いじゃねーか。わびとしてお酌しろ」


「すみません、そう言ったサービスはしておりませんので」


「ああん? 言う事が聞けねーのかよ? こっちはお客様だぞ? お客様は神様だろう? ああん?」


「他のお客様、他の神様もいますので、どうか落ち着いてください」


「チッ、ごちゃごちゃ言いやがって!」


 机を殴りつける酔っ払い。他の客は目を伏せて、怒りの矛先が自分たちに来ないように祈っている。


「他のお客様の迷惑になります。これ以上騒ぐようでしたら、衛兵を呼びますよ」


「なあにが衛兵だ! 悪いのはお前だろうがよぉ?!」


 その時、酔っ払いの体内の魔力が動いた。さっきまでは「人物」の魔力反応だったのが、今では「敵」の魔力反応に変わっている。おいおい、マジかよ!

 それに真っ先に気が付けた俺は自身に強力な身体強化をかけ、酔っ払いと店員の所へと駆け出した。日本で無意識に発動してしまった身体強化ですら、握力75キロを出せるのだ。意識的に身体強化をかけたら、その効果がどれだけ大きなものか、想像できよう。


 酔っ払いは腰から剣を抜いた。それを見て恐怖の表情を浮かべる店員。ベースレベルが幾つかにもよるが、下手すれば一発で生命力が尽きて、肉体にダメージが入るかもしれない。そうなれば、回復魔法では治しにくいし、仮に治ったとしても跡が残るかもしれない。若い女性ならなおさら、それは嫌なはずだ。


 俺は移動しながら土魔法を発動。水晶騎士を倒した時にそうしたように、岩の装備品を生成した。今回作ったのは腕を守る防具、いわゆるガントレットだ。


 ギリギリ、ウェイトレスと酔っ払いの間に入る事に成功した俺は、剣を腕で受け止めた。


「ああん? んだよ、お前?」


「落ち着いてください。あなたがやろうとした事は普通に犯罪ですよ。仮に彼女にミスがあったとしても、それに怒って暴力を振るえば、悪者は貴方になりますよ」


「ガキが偉そうに! こちとら銅ランク冒険者様だぞ? 舐めてかかったらどうなるか思い知らせてやる!」


 忘れがちだが、銅ランクとは『平均的な冒険者』であり、そこそこ強い。冒険者として十分食っていけるレベルという事だからな。

 悪さをしなければ、普通に暮らしていけるはずなのに。そんな人が問題を起こすなんて。もったいないなあ。お酒って怖いな。


 剣からボオ!と火が噴き出る。魔剣術か? いや、これは剣のスキルだな。魔剣的な物で、別に珍しい物ではない。


「頭を冷やしてください! 『氷水』!」


 水魔法を使って、氷水を生成。バシャと彼の頭にかかる。あと、魔剣に灯っていた火が消えた。


「……」


「落ち着きましたか?」


「……」


「?」


「コロス」


「はい?」


「死ね、クソガキ!!」


「あちゃー。逆効果だったか……」


 氷水をぶっかけたら酔いが覚めるかなと思ったのだが、逆効果だったみたいだ。酒と怒りで頭が真っ赤になっている。


「『スラァァーシュッ』!」


「『凍てつけ』」


 酔っ払いの剣が俺に届く前に、俺は奴の周囲に氷を発生させる。氷に埋まった酔っ払いの完成だ。



 その後、衛兵がやってきて、ギャーギャー言っている酔っ払いをドナドナしていった。


「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

「凄くカッコ良かったです!」

「銅ランクを圧倒するなって、キミ、凄いね!」


「いえいえ、気にしないで下さい。僕も冒険者なので、同業者が誰かを傷つけたら、冒険者の信頼に関わりますから」


「「「カッコイイ!」」」


「あはは、ありがとうございます。じゃ、俺達はこれで。これ、伝票と、代金です」


 また来てくださいね~という声を聴きながら、俺達はその場を去った。



「お酒は飲んでも呑まれるな、だな」


「うん、うん」


「そうよね~。お酒って怖いわよね。脂肪肝や高血圧の原因になるし、社会的な側面でなら、家庭内暴力の多くにお酒関わっているわ」


「病気なら自己完結してるし、自業自得で済むけど。他人に迷惑をかけるのは困るよなあ」


「でもでも。病気になると医療費の逼迫に繋がるよ? 日本じゃあ、保険制度があるから、病気になったら、7割くらいが税金から支払われる」


「それもそうだな……。自己完結って訳にはいかないのか」


「いっそお酒を禁止したらいいんじゃないかしら?」


「それをやったのがアメリカの禁酒法でしょ? で、結局上手くいかなかった」


「難しい問題だなあ……」



 そんな事を話しながら、俺達は宿へ帰って行った。お休みなさい。次起きたら、そこは日本だな。





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