地球に魔力がやってきた

引退試合

 時間が経つのは早い物で、加奈と俺は高校一年生になった。姉さんは高校三年生であり、受験勉強に励んでいる。


 地球での生活もさして特別な事は無かった。なんか父さんと母さんが歴史的に重要な遺跡を発見したとかで有名になったりしたが、だからと言って俺達の生活には大した変化が起きることも無い。

 そういえば、三人とも成長期が来て体格が大きくなったので、三人が同じベットで寝るのが困難になった。結局、和室の一つを寝室代わりにして、そこに布団を敷いて寝ている。


 俺達の異世界での生活は色々と変化した。まず冒険者ランクが銀級に上がった。実力もあるしドロップ率も高いのでランクが上がりやすいのだ。

 また、色々な魔物と相対する過程で、色々なスキルの入手に成功した。まあ、詳しくは追い追い説明しよう。



 さて。今日は姉さんの剣道部引退試合がある。俺達の高校の方針で、基本的にゴールデンウィークまでに部活を引退しなくてはならない。なので、まだ四月ではあるが、引退試合が開かれるのだ。


「頑張ってね!」「楽しんで来いよ!」


 と応援するのはお義父さんとお義母さん。自分の娘の晴れ舞台の為に、ちょっと高価なビデオカメラを買ったと聞いた。


「怪我だけはしないようにな。(こっちでは回復魔法が使えないんだからな)」

「頑張ってね。応援してる」


 もちろん俺と加奈も応援に来ている。正直姉さんが無茶しないか心配だ。地球にも回復魔法があればいいのに。


「ありがとね! じゃあ、楽しんでくるわ!」


 開会式がもうすぐ始まるとのことで、姉さんは会場へと向かっていった。俺達は観客席でその様子を眺めている。


 近隣の高校の剣道部に所属する高校二、三年生も集まったそこそこ大きな大会であり、男女合わせて合計40人前後の規模で開かれる。三年生にとっては最後の試合、二年生にとっては先輩と公式の場で戦う最後の機会である。全員、真剣な顔つきである。



「早速姉さんの出番だ」

「おお~」


「ビデオの準備もばっちりだぞ!」


 竹刀を構える姉さん。審判の合図とともに切り込む姉さんの姿は、美しかった。

 高校の体育の授業で男子は全員剣道を習うのだが、そのイントロダクションの授業がこの前あった。その時、先生は「剣道は静と動である」と言っていた。止まって相手を観察し、一瞬で動いて一本を取る。そう言う感じの意味だと思う。(間違っていたらすみません)

 それで言うと、姉さんの動きは常に動であるかのように見えた。もしかするとそれは剣道としては美しくはないのかもしれない。だが、魔物を倒すという実戦においては、型など気にしていては死に直結する。(まあ俺達は、異世界で死んでも生き返るのだが)


 そんな姉さんの動きは剣道らしいとは言い難いのか、なかなか「一本」の判定が下りなかった。実は俺もイマイチ理解できていないのだが、取り敢えず審判に有効と判断してもらう必要があるらしいのだ。

 実戦だったら、とにかく刃で切りつければダメージが入るのになあ。なんて考えてしまうのは、美を貴ぶ剣道とはそぐわない考え方なのだろうか?


「うーん、咲良はめちゃくちゃ上手いように見えるのだが、なんで一本判定がなかなか下らないんだ?」


 と父さんが首を傾げていた。俺を含め、この場にいる全ての素人がそれを思っている事だろう。


 そんな訳で姉さんは「剣道が上手」とは言い難い。だが、相手に一本を取られる事もほとんどない。何せダンジョンの50階層以降は相当のスピードで移動する敵も出現する。そこで訓練していれば、自然と動体視力も上がる……のだろう。


 少し時間はかかってしまったが、最終的に姉さんの一撃が一本判定になった。



「「「お疲れ~」」」


「ありがと~」


 水を受け取り、ごくごくと飲む姉さん。重い防具をつけて動き回るのだから、水分補給が必要なのも納得だ。

 休憩中、父さんが先ほどの疑問、つまり一本判定の有無について尋ねたのだが、姉さんの答えは単純だった。


「分からないわ! 声を出していないとかだったら理解できるのだけど、それ以外で『有効じゃない』って言われてもピンとこないのよね……」


 姉さんが言うには、相手の反撃を喰らわない位置がどうこうとか言うルールがあるそうだが、姉さん自身もよく分からないらしい。俺達にこそっと「魔物相手とは違うって事なのかなあ……」とぼやいていた。



 その調子で姉さんは勝ち上がり、決勝戦までコマを進めた。決勝戦での対戦相手は同じ高校の二年生。


「先輩、よろしくお願いします!」


「よろしくな!」


 最終試合は膠着した。実力がある物同士の戦いという事なのかな? 素人であり、異世界では魔法使いをやっている俺からすると「魔法が使えないと戦闘って大変なんだろうな」なんて思ってしまうのだが。


 そんな試合だったが、試合開始三分が経過したタイミングでそれは起こった。姉さんが「やあああああ!」と声を上げた時、相手の子が怯えるような表情を見せたのだ。その子が怯えている隙に姉さんは渾身の一撃を喰らわせた。

 相手の子はそれをギリギリ防御したのだが、バランスを崩してしまう。しかも、姉さんの剣が重かったのか、相手の子は場外に出てしまったのだ。


「「……」」


 会場が静まり返った。うる覚えだが、場外に出てしまった場合、イエローカード的な事が起きたはずだ。逆に、相手を故意に場外に出した場合もイエローカードが付いた。審判はどう判断するのか。


 審判は悩んだ末に姉さんにイエローカードを出した。マジか。

 曰く、姉さんは「大声を出して怯んだ相手に力任せの攻撃を仕掛けた」と判断したそうだ。だが、切り込む前に声を出す事は必須であり、大声を上げる事はなんら間違っていない。

 その判断に対して姉さんは何も言わずに受け入れたが、相手の子が審判の判断に異議を訴えた。自分が怯えたのが悪かった、と。

 しかし、審判は判断を変えなかった。怯んだことは勿論相手の子の落ち度ではあるが、その時に「一本を決める」のではなく「力任せの攻撃」を仕掛けたとかなんとか言っていた。


「納得がいかない! ちょっとクレームを言ってくる!」


「「父さんは座ってて!」」


 審判の判断に納得が行かなかったのは相手の子だけでは無かったようだが、それはともかく。


 結果、試合は一本無しで終わった。つまり、どちらも有効な一本を出す事が出来なかったのだ。優勝者を決めるにあたって、形式的な勝ち負けを審判が判断する事になったのだが、ペナルティー付きの姉さんは不利だ。最終的に優勝者は後輩の女の子に決まった。



 姉さんは部活のメンバーと打ち上げがあるそうなので、帰りは別々。姉さんが帰って来たのは夕飯後だった。


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