異世界の迷宮事情
ボスを目の前に腰を抜かす俺たち三人。蛇ににらまれると蛙は動けなくなると聞いたことがあるが、正直疑っていた。「威圧だけで動けなくなるなんてないだろう」と。だが、俺達は空飛ぶ女性の放つ圧倒的なオーラで動けなくなっている。
とそこで、空飛ぶ女性から放たれる殺気が突如弱まった。また、手に持っていた剣を鞘にしまって。俺達に微笑んだ。
「はじめまして、異界からの旅人さん。私は『リエル=ヘキサウィング』、このダンジョンのラストボスよ」
ラスボスは地面にすっと降り立ち、穏やかな声色で自己紹介した。彼女は、その存在感こそ強いけれども、殺気は完全に抑えられ、俺達は会話できる程度には回復する。真っ先に回復した俺は、相手を怒らせないように慎重に話す。
「えっと、リエル=ヘキサウィング様。はじめまして。
「うん、よろしくね、アユム君。それから二人もよろしくね。あ、それと私の事はリエルって呼んでね。そんなにかしこまらなくても、獲って食べたりしないから」
リエルさんは苦笑しながら俺達を安心させようとそう言ってくれた。その言葉を聞いて姉さんが回復した。姉さんは状況を整理したいようで、リエルさんに「質問してもいいですか?」と言う。
「
ええ、どうぞ。でも、先にこの場所について説明させて頂戴。おそらくそれで今あなた達が感じている疑問の大半は理解できると思うから。
まず、改めてこの世界へようこそ、異界からの旅人さん。ここはあなた達が生きている世界とは違う世界よ。先に行っておくけど、夢の世界という訳では無いわ。こちらの世界もあなたたちが生きている世界も、両方等しく現実よ。
もう既に魔法を持っているみたいだし知っているとは思うけど、この世界は魔力が満ちていて、ステータスシステムが起動している世界よ。ダンジョンに生息する魔物を倒す事でレベルアップしたり資源を手に入れたりすることができる、便利なシステムね。あ、ダンジョンというのは、魔物が生息している場所よ。基本的に魔物はダンジョン内でしか生息しないわ。まあ、たまに溢れ出したりするのだけど。
扉に描かれているレリーフの絵をみた? ……見たみたいね。あそこに描かれているのはこの世界でステータスシステムが起動した様子を描いているの。上位存在が人にステータスを授け、ダンジョンという修練の場を与えた。そんな様子を現しているの。
」
「なるほど、あのレリーフはそう言う意味だったのですね」
「てっきり、魔物に対抗すべく、神が力を授けたのかと思いました」
「魔物も神様サイドだったって事……ですね」
「
カミ? ああ、なるほど。そう言う概念ね。近いけど少し違うわ。ステータスシステムは『上位存在』ではあるけど、決して生命とかけ離れた者では無いわ。上位存在もまた
ええと。この世界には人々が資源を集めたりレベルアップしたりするダンジョンがあるって話だったわよね。この世界には小規模な物も含めると100以上のダンジョンがあるのだけど、ここもそのうちの一つよ。ただ、このダンジョンだけは他の物とは違って、ステータスシステムが直接管理しているダンジョンなの。それ故に、他のダンジョンとは規模もその役割も異なるわ。
このダンジョンの役割は、その最下層にある『楽園の間』を死守する事。『楽園の間』はステータスシステムが生み出した特別な階層で、弱い魔物しか生息しておらず、人が暮らすには最高の環境なの。そして、ステータスシステムはその楽園に人を呼ぶことができるの。
」
「「「それって……」」」
「ええ。もう感づいたかと思うけど、あなた達がいた洋館とその周囲の環境は『楽園の間』よ。あなた達はステータスシステムによってこの世界に呼ばれたの」
「つまり、姉さんがあの扉に触れた時にリエル様がこちら側に出現しましたけど、あれって本来は、扉の向こう側から挑戦者がやってきて、リエルが楽園を守る最後の砦となるという事だった……のでしょうか?」
そう考えると納得できる。俺達は最初からこのダンジョンの最奥にいたのだ。そして俺達は内側からボス戦の扉に触れた。だからリエルがこちら側に出現した。
「正解よ。扉がまだ開いていないのに、人がこの場にいたから最初は私も戸惑ったわ。まあ、あなた達を見て納得したけどね」
「何の疑問も持たずにあの洋館を使っていたけど、そういう事情があったのですね……」
なにせ幼稚園児の頃からあの洋館を使っているので、いつの間にか「ここは俺達の第二の家」と思っていた。だが実際には、ステータスシステムとやらが用意した場所だったようだ。
「さて。それを聞いた上で、何か質問はあるかしら?」
リエルさんは俺達に問いかける。まず手を挙げたのは俺。早速質問させてもらう。
「質問です。ステータスシステムが僕たちを『楽園の間』に、ひいてはこの世界に呼んだとのことですが、つまりは僕に【夢渡り】を与えたのはステータスシステムという事で合ってますか?」
「合っているわよ」
「なるほど。という事は、この異常なまでの運の高さもそれが原因と考えて良いのでしょうか?」
「半分正解ね。げど、【夢渡り】とは違って運の高さは副次的な物なの。まあ、あまり深くは考えなくてもいいわ」
「ありがとうございます」
次に質問を投げかけたのは加奈だった。
「私たちをこの世界に呼んだという事は分かりましたが、何故呼んだのでしょうか……? なにかしなくちゃいけない感じ……ですか?」
「いいえ。特に何もしなくていいわよ。ぼちぼちこの世界を楽しんでくれたらそれでいいわ。あと、何故呼んだのかについては詳しくは話せないわ。ステータスシステムという生物の利益の為、とだけ伝えておくわね」
「分かりました」
そして最後に疑問を投げかけたのは姉さん。
「そういえば、この世界でアユ君が眠ったら地球に帰る事が出来ますが、万が一こちらの世界で死んでしまった場合、どうなるかって教えてもらえます?」
「その場合も、『気を失った』判定になって元の世界に戻れるわ。ただその場合、次の日は洋館からの再スタートになるわね。それはサクラさんとカナさんも同様で、死んでしまっても平気よ」
「なるほど、ありがとうございます。あと、その眠る、気絶する、死ぬ以外で元の世界に戻る方法ってないですかね? 好きなタイミングで脱出したい時とかあると思うのですが……」
「あーなるほど。ちょっと考えさせてね。……ちょっとそれは厳しいみたいね。代わりに自滅魔法を授ける事は出来るけど、どうする?」
「……怖いですが貰っておきます」
「ちょっと待ってね……。はい、付与したわ」
こうして俺達は自滅魔法を手に入れた。願わくは使いたくないな。
あと、他に気になる事は……。あ、そうだ。
「この場所ってダンジョンの底なんですよね? という事は、強い異世界人がこの階層にやってくるかもしれないという事ですよね? 侵略されたりはしないのですか?」
「そうね。『ダンジョンは必ず外と繋がっている必要がある』というルールがある以上、『楽園の間』を外と切り離す事は許されないの。だけど、今の所、ここまで来た冒険者はいないわね。あ、冒険者っていうのは、この世界特有の職業で、迷宮に潜って素材を集めたりする職業の事よ」
「なるほど。ちなみに、この迷宮ってどのくらい攻略されているのですか?」
「かつて最強と呼ばれたパーティーがいたのだけど、その人達は全員レベル300に到達していて、このダンジョンの500階層を突破したわ。ただ、500階層よりも先がある事を知って『このダンジョンは底が無いんだな』と判断したみたいで、それ以降は探索されていないわね。ちなみに、この世界の人々はこのダンジョンの事を『無限迷宮』と呼んでいるわ」
「えっと、全部で1000階層なんですか?」
「あ、言ってなかったわね。65535階層+『楽園の間』の合計65536階層よ」
「「「わーお」」」
なんと言うか、もはや理不尽だな……。ステータスシステムにとって、楽園の間はなんとしても死守したいという事なのかな。
「もう質問はないかしら?」
「「……」」
俺はもうない。加奈ももうないみたい。だが最後にもう一度、姉さんが手を挙げた。その質問内容とは……
「あの。私達はこのダンジョンの外へはいけませんか? この世界をもっと色々探検してみたいのですが」
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