第6話 キノコ娘と犬王子

 いろいろと頭の痛い結末になってしまったけど、こうなってしまっては仕方ないと諦めた。

 王子に笑顔で駆け寄られた挙句、容赦なく頭を叩いてしまったからか、酷いぐらい注目を浴びてしまった。

 そのため、あの場からはさっさと退散。大勢の(一部刺すような)視線を背中に受けながら、レイシとともに移動することに。


「……まったく。アンタ、自分の立場分かってんの?」

「そういうエリンも、躊躇なく私の頭を叩いたではないですか」

「反射的に手が出たんだから仕方ないでしょ。私だってあんな人目の多い場所でやりたくなかったっての」

「人目がなければ叩くんですね」


 そりゃあね。知り合いが、いやもう歯に衣着せない言い方するけど、弟分が馬鹿やったらそりゃ軽く〆るでしょ。


「それでレイシ。さっきのあれ、ほっといてよかったわけ? 全員唖然としてたけど」

「ああ、いいんですよ。この学園ではありがちな貴族と平民の対立ですし。私がどっちについても角が立ちますし、適当に片方を窘めつつ撤退するのが懸命です。幸いなことに、今回は分かりやすい失言があったので、それでお茶を濁しましたが」

「相っ変わらずねアンタ……」


 なんとも腹黒い言葉に頬がひくつく。昔はもっと純粋だった……わけではないか。普通にクソガキというか、馬鹿犬だったなコイツ。


「それにしても、もうちょいマシなはぐらかし方があったんじゃと思うけどね。アレ、逃げたって言われても仕方のない去り方だったけど?」

「別に構いませんよ。有象無象の評価なんて関係ありませんし」


 貴族の世界ってそんな単純なものだったかなー?


「なにより面倒なんですよ、あの面々は。地味に愛憎入り乱れてて関わってられません」

「というと?」

「ヒステリックに叫んでいたシーメイ嬢は、選民思想を拗らせすぎて平民のことを見下しています。ついでにいうと、未だに空席である私の婚約者の座を狙ってたりも。侯爵令嬢なので、家格的には問題ないのがまた厄介でして」

「あー。そういやアンタ、まだ婚約者決まってないんだっけ? 王族なんだから、さっさと決めればいいのに」

「……エリン、私も怒る時は怒るんですよ?」

「表に出さないだけで、わりと頻繁にキレてるでしょアンタ」

「ぬぐっ……」


 ぬぐっ、じゃないから。あとなんで急に不機嫌になったし。


「んんっ。で、彼女に詰め寄られてた平民のマシュウ嬢。特待生ということもあって、とても優秀なんです。なので王子として交流を図りました。そしたら地味に懐かれまして」

「王子の立場を利用して粉かけたんだ」

「本当に怒りますよ? というか泣きますよ?」

「なんでよ」


 泣くってアンタ……。王子の口から出ていい類いの脅しじゃないでしょそれ。


「マシュウ嬢とはそういうのではありません。彼女も私に恋愛感情なんて抱いていませんよ。完全に親愛です」

「なんで断言できるの?」

「あの場にいた平民の男子、もう一人の特待生であるクローハーツに懸想しているからです。まあ、マシュウ嬢は隠しているようですが、はたから見たら丸わかりです」

「あらま」

「にもかかわらず、クローハーツはそれに気づいていないんですよ……!! 向こうは向こうでマシュウ嬢にゾッコンなので、彼女と交流のある私になにかと突っかかってくるとか本当に……!!」

「……おおう」


 らしくなくレイシが吼えた。でも話を聞く限り、確かに叫びたくなるぐらいには七面倒臭い状況だった。


「ただでさえ面倒な両片思いに巻き込まれてるのに、そこに選民思想を拗らせたシーメイ嬢まで首を突っ込んでくるんですよ!? これがどれだけ面倒か分かりますか!?」

「申し訳ないけど笑っていい?」

「私が泣き叫んでもいいならご自由に!」


 仕方ないからやめてあげよう。声音からして普通に切羽詰まってるというか、愛憎劇に巻き込まれすぎて『憎悪』の感情が湧き出しはじめてる気がする。

 いやでも、本当に香ばしい状況だと思う。劇にしたら絶対に人気出ると思うぐらいには、愉快なことになってるもの。

 他人の恋路ほど見ていて楽しいものはないし、是非とも続報を期待したいところ。


「なんか進展あったら教えてよ。楽しむから」

「私のことアレコレ言いますけど、エリンも性格が大概アレですよね!?」

「当たり前でしょ。こちとら、常識と良識がキノコの毒素で破壊されてるフェアリーリングだもの。そりゃちょっと人と違くもなるって」

「キノコのせいにしてんじゃないですよ! そもそも害があるなら食べなきゃいいじゃないですか! 味がよければ毒キノコだろうが平然と食んでる時点でおかしいんですよ!」

「美味いもの食べちゃ悪いかって話よ」

「毒キノコを食べるなって話なんですよ!」


 キャンキャンうるさいなぁ。本当にもうこの馬鹿犬は……。


「そもそも文句があるなら寄ってくんじゃないよ。いっつもアンタの方から絡んでくるじゃん。最近はまた御山を登れるようになりたいとか言い出すしさぁ」


 私のことを見掛けると、存在しない尻尾を振りながら駆け寄ってくるだけでも頭が痛いってのに。最近は変な妄言まで吐くようになったし。

 どんだけ私に懐いてんのよアンタ。私は確かにアンタの姉貴分だけど、ご主人様では断じてないっての。


「あ、そうですよ! 霊山の案内の件はどうなりましたか!? 体内魔力の操作や解毒魔術の腕は、宮廷魔術師長から太鼓判押されるほどにはなりましたが」

「即効で却下に決まってんでしょうが。王族の自殺幇助なんかしたら、私まで縛り首になるじゃないの。誰がやるかそんなこと」

「なっ!? エリンが出した課題じゃないですか!」

「そりゃ確かに言った記憶はあるけど、どれだけ昔のことだと思ってんの!? 小さかったアンタをあしらうための名分に決まってるでしょうが!」

「そんな……!?」


 いやいやいや。なんでショック受けてんのこの馬鹿犬は。昔の言葉を一途に信じ続けるとかピュアか。アンタ、性格悪いんだからそれぐらい理解しなさいよ。


「そもそも論として、私が言った課題をクリアしただけで誇るんじゃない。それは御山にための最低条件だから。まともに活動できるようになるわけじゃない。御山はそこまで甘くない」

「っ……」


 変に不満を溜め込まれても面倒だし、手っ取り早く現実を突きつけておくけどさ。

 体内魔力の操作だとか、解毒魔術どうこうとか、宮廷魔術師長を唸らせたとかさ。本当に自信満々で宣言することじゃないんだよ。

 それは本当にスタートラインなんだよ。その程度では、まだ狂いの少ない御山の麓の間際を、死にそうな顔でふらふら歩くぐらいしかできないんだよ。

 下層に一歩でも足を踏み入れたら、その時点で死ぬぐらいの技術でしかない。魔術が達者な人間が活動できる程度の環境ならば、時の王がわざわざ汚らしい浮浪児を抱え込もうとするものかよ。


「レイシ、いやレイシール。これはアンタの姉貴分としてではなく、フェアリーリングの時期当主として言わせてもらうけどね」


 さあ、心して聞け馬鹿犬。耳の穴をかっぽじって、その身の深いところによく刻みつけろ。


「──御山を舐めるな。もし今のアンタが足を踏み入れるというのなら、せめてこれだけはこなしなさい。国王陛下に相談し、死亡してもかまわないと同意書に署名し、その上で相応しい報酬を用意してこい。そうすれば、嫌々だけどビジネスとして承ってあげるから」

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