第7話 ブーメランは戻ってくるもの
──自分の発言に後悔をしたことはあるか? 私はある。
「──さあエリン! 言われた通り、諸々用意してきましたよ! これで一緒に霊山を歩いてくれるんですよね!?」
……というか、現在進行形で絶賛大後悔中だ。
「まさかまさかでしょ、こんなの……」
目の前で騒ぎ立てるレイシもとい馬鹿犬と、コイツが突き出してきた紙を見ながら頭を抱える。
その紙に書かれていたのは、長ったらしい文章と、とてもとても見知ったやんごとなき御方の署名。ついでにレイシの署名。
書いてある内容は、端的に言うとこの馬鹿に御山を案内しろと言うもの。ついでに馬鹿が死んでも自己責任だから、私の罪にはならないというもの。
つまり依頼書と同意書だよこの野郎!! この馬鹿犬、マジで私の言った物を全部用意してきやがった……!!
「アンタこれ正気!? これタチの悪いおふざけとかじゃなくて!?」
「悪戯で陛下の名を使えるわけないでしょう。下手したら死罪ですよ?」
「非常識な代物を用意した奴が常識を語るな!!」
その当たり前じゃないですか、みたいな表情は今すぐ止めろ! トンデモをやらかしてる自覚を持て!
「そうは言いましても、用意しろと言ったのはエリンじゃないですか」
「確かに言った。言ったけどね……!?」
ああ、そうだ。否定はしないよ。数日前、ノコッチに配達に行った時。確かに私はそんな内容の台詞を言ったとも。
世間知らずの馬鹿犬王子が、遠回しに自殺したいみたいなことを言ってから、それを窘める意味も込めて強めに叱り飛ばしたよ。
もし認めるのならばと、絶対に不可能な条件を提示したよ。だって達成されない前提の台詞だったから!!
「あそこまで言われれば普通諦めるでしょ! なんで諦めないの!? あの時の落ち込んだ大型犬みたいな表情はなんだったの!?」
「いや、まあ、怒られたのは普通にショックだったので……」
「私はあの説教がまったく伝わってなかったことがショックだよ!! なに着々と自殺の準備整えてきてんの!? アンタそんなにこの世を儚んでたわけ!?」
「違いますよ!? 素敵な女性を妻にもらって、幸せな家庭を築いて孫たちに囲まれて天寿を全うする予定ですよ!?」
「だったら尚更驚きだよ!!」
あと予想以上に庶民的な人生設計にも驚いてる。アンタのそれ、仮にも王子が語る未来としてはとんでもなく薄っぺらくない?
いや、特に生活に不自由しないという前提での、平凡に勝る幸せはないと言われれば頷くけど。流石に王子が抱く願いではないでしょ。
……ダメだ。変なことに思考を割いたら気が抜けた。あとなんかもう疲れた。
「……はぁぁ。いろいろ言いたいことはあるけどさ、キリがないから二つだけ訊く。それだけは答えてレイシ」
「はい。なんでしょう?」
「まず一つ目。本当に陛下にお窺いはしたんだね? ……いや、署名がある時点でそうなんだろうけど。言い方を変える。アンタのご両親は、この無謀を本当に許したのね?」
「はい。かなり渋い顔をされましたが、父上も母上もなんとか説得することができました」
「なんでよ。親なら息子の我儘ぐらいひっぱたいて止めろよ……」
レイシの言葉に、思わず悪態が漏れる。国の最高権力者夫婦に向ける言葉ではないが、それでも言わずにはいられない。
御山がどれほど危険なものなのか、この国の主である陛下たちも分かっているだろうに。霊山なんて言われているが、その実態は法則そのものが異なる異界に等しいというのに。
かつての王が、たまたま環境に適合した人材、フェアリーリングの祖を確保したから。その血を繋ぎ、特性を継承させることに成功したから。こうして代々、この国は御山の恩恵を享受することができている。
だがそれがなければ、御山は人が手を出すことのできない無価値の土地だ。いや、足を踏み入れただけで死にかねないから、呪いの地と言った方が正しいか。
土地そのものが狂っているから、山に火を放ったところで意味はない。対処のしようがない、ただただ危険で不穏な地。
そんな場所に自分の子供を行かせたい親などいるものか。ましてやレイシは、王太子ではないにしろ、将来この国を背負って立つ王子なんだぞ。
「まあ、その辺りはいろいろあるのですよ。自画自賛になりますが、優秀すぎるのも考えものでしてね。継承権の──」
「分かった。面倒なことになっているのは理解したから、もう話さなくていい」
「……そうですか? 別にエリンが聞いても問題ない話ですよ?」
「関係ない。フェアリーリングは政治をしない。関わらない。国王陛下の名のもとに、ただただ粛々と国に御山のキノコを供給するだけ。暮らしが保証されている限り、平民の分を超えるようなことはしない」
これは我が家の数少ない掟の一つ。政治に関わるな、平民の分をわきまえろという戒め。
国王陛下に保護され、直轄地である御山の管理、及びキノコの供給を任されているのがフェアリーリング。
その特殊なお役目故に、我が家は平民でありながらも貴族を優越する特権をいくつか保有している。貴族たちの私利私欲から、御山のキノコという強大な利権を守るために。
だからこれは必要な線引きなんだ。国王陛下という強大な後ろ盾に守られている私たちが、勘違いして増長しないように。
私たちが持つ特権は、お役目に対する報酬として与えられたものではない。お役目を遂行するために必要な仕事道具なのであると。
「だからアンタの望みと、陛下たちの利害が一致してしまったってことが分かっただけで十分。……偉いってのも難儀なもんね」
頷くしかなかった陛下たちを思うと、流石に同情してしまう。息子を死地に送り出すようなものなのに、損得勘定が傾いてしまえば頷かなければいけないなんて。
業が深いというか、なんというか。やっぱり人生はほどほどが一番だなと再確認だ。
「じゃあ次。アンタはなんでそこまで御山に拘るの? 自分の命を賭け皿に載せて、両親に残酷な選択肢を突きつけて、そこまでして御山に足を踏み入れようとする理由はなに?」
「政治的な判断です、って言ったらどうします?」
「ならそれだけ言えばいい。それ以上は訊かないから。ただ誤魔化しにその言葉を使ったのなら、私はアンタを軽蔑する」
フェアリーリングの、我が家の誓いをそんな風に悪用するというのなら、私たちの関係性に致命的な亀裂が入るとだけは伝えておく。
するとレイシは肩を竦め、その後に降参とばかりに両手を上げた。
「エリンに軽蔑されるのは本当に勘弁なので、やめておくことにします」
「……ぬけぬけとほざくじゃないの。だったら早く言ってくれる?」
「ええ。ですが、政治的な理由もほどほどにあるので、その辺りは割愛させていただきます。あくまで個人的な願望だけ」
「それでいいよ。何度も言うけど、フェアリーリングは政治に決して関わらない」
本当に政治的か理由があるのなら、『ある』と伝えてくれるだけで十分だ。逆にそれ以外の情報は不要だから。
「で、個人的な望みってのはなんなわけ? アンタが命を賭けたいと思うほどの理由は?」
「エリンの家にお邪魔したいからですよ」
「……は?」
「だって私たち、幼馴染じゃないですか。なら互いの家に行きたいと思っても変ではないでしょう? 実際、エリンは私の家に来たことありますし」
「そりゃアンタの家は王城だからね!? 立場的にも足を運ぶことはあるけどさ!?」
いや、いやいやいやいやいやいや!? 嘘でしょ!? そんな馬鹿みたいな理由でこんなことする!?
「冗談でしょ!? ただのギャグでしょ!?」
「ガチです」
「ガチなの……?」
ガチだぁ……。幼馴染だから分かる。この馬鹿のこの顔はガチのやつだ。
「ちょっと待ってよ……。つまり陛下、そんな馬鹿みたいな理由でこんな最悪の同意書に署名させられたの?」
「いやまあ、そこは何度も言いますが政治的なアレコレでして。私の願望とお国の利害が一致した感じです」
「にしても気の毒すぎるでしょうよ……」
政治が絡む以上、詳細は知らない&興味もないけど。それにしたってさ、レイシがこんな馬鹿な願いを抱かなければ、そんな提案は上がってこなかったはずでしょ……?
本当に偉い人って難儀すぎる。理詰めで来られると、子供の無謀を一方的に却下できないとかさ……。
「てか、ココじゃダメなわけ? ココも家の一部だし、何度も来てるでしょ?」
「来客用の離れじゃないですか。フェアリーリングの本家は、霊山にあるんでしょ?」
「そうだけどさぁ……」
扱ってる物が物だから、安全と利便性を踏まえて御山の際と下層の境界にフェアリーリングの家はある。
でもそれだと人界と完全に隔絶してしまうから、国が建てた関所の直ぐ近くに来客用の離れを建てている。
今、私とレイシがいるのはこの離れなんだけど、コイツはそれが気に入らないとのこと。
「外様と同じ扱いというのは、私としても思うところがあるのですよ。だからこれまで鍛えてきましたし、これからもっと鍛えたいのです。霊山を完全に踏破できるようになんて高望みは言いませんが、エリンの家で普通に暮らせるぐらいには」
「いやもう、本当にお馬鹿……」
なんでそんな意味わからない願望を抱いてんの? そしてなんで変な方向に思い切りがいいの?
「あとアンタ、我が家をなんだと思ってるわけ? そりゃ替えのきかない一族だし、普通の平民よりは上等な家、てか屋敷に住んでるけどさ。王城のがよっぽど立派だからね?」
「立派とかそういう問題ではないんですよ。これはただ、プライドや覚悟の話なので」
「意味が分かんないんだけど……」
少なくとも、命を張る理由では断じてないでしょうに……。
「はぁぁぁ……。まあ、理由は分かった。納得は全くできないけど、ひとまず理解はしたよ」
アレだ。今の話はわりと冗談寄りで、私が訊いてない『政治』の部分がとても重要なんだろう。そう思っておこうというか、そうであってくれ。
「とりあえず今日は帰れ。いや本当に帰って。考えるの疲れた」
「エリン!? まだ拒絶するんですか!?」
「ちーがーうー。こんな大事、私の一存で決定できるわけないでしょうが。次期当主ではあっても、私はまだ当主じゃないの。責任を負わないとはいえ、アンタの命を預かるんだから家族会議はさせて」
……まあ、国王陛下の名前が使われてる時点で、こっちに拒否権なんて無いに等しいんだけどさぁ! 宮仕えの辛いところだよまったく。
「それを抜きにしても、受ける場合はしっかりとした準備はいる。だからどっちしにろ直ぐには無理」
薬だとか、死ぬ可能性の低いルートの確保とか、もしもの時のショートカットの確立とか。いろいろと準備するものがあるわけ。
「──ただし覚悟しなさない。そっちが無理難題を吹っかけてきている以上、こっちも遠慮なんかしない。吐血とかならともかく、吐瀉物撒き散らしてても同情なんかしないからね。むしろ軟弱者って馬鹿にするから。泣き叫んでもしらないよ?」
「泣き叫んだりなんかしませんよ。むしろ望むところです。目的の達成なら、その程度の恥ぐらい飲み込みますとも」
「その覚悟の先にあるのがお宅訪問って、本当にアンタって馬鹿……」
カッコつけたところで、目的が完璧にショボイせいで滑稽なだけだっての。なにキメ顔でのたまってんのか……。
「まあいいや。ともかく帰れ。ほら帰れ。しっしっ」
「帰りますけど、扱いが雑すぎませんか……?」
「厄介事を持ってきたアンタなんかコレでも十分すぎるわ!!」
いやもう、本当にアレよ。アンタもろとも、迂闊なことを言った過去の私をぶん殴ってやりたいっての! グーで!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます