第5話 学園モノの名シーンと野次馬少女

「──平民は分をわきまえなさい!」


 さて、ヒステリックな金切り声を伴奏に、ここで王立ノコッチ学園が掲げる理念の一つを紹介しよう。それは『学問の徒は平等であるべし』というものだ。

 つまり学園内においては、よほどの大事でなければ生徒の身分なんか考慮されないということ。成績と本人の才覚だけが、学園内での全てということになる。


「レイシール殿下がお優しいから、勘違いしているようですけどね。あなたのような身分の人間が、近寄っていい御方ではないのよ。話しかけるなどもってのほか」


 何故そのような理念を掲げるに至ったかというと、ノコッチに入学できる者は極めて優秀だからだ。

 かつてこの理念がなかった時代、難しい入学試験をパスした将来有望なエリートの卵たちが、身分にまつわるアレコレで学びを邪魔される、または政治ゲームにあけくれて学びを疎かにすることが多々あったらしい。

 歴代の学長、及び教師たちはこれに嘆き、当時の国王に直訴。国王も国の将来を担う若者たちの成長を重要視し、この理念を認めることに。……なお、ちょうどこの辺りの時期に国外からの留学生が増えてきたそうな。直訴にかこつけて、他国の身分のアレコレから逃げる口実を作りたかったんだろうなとは、私の顔見知りであるやんごとなきおっちゃんの言。

 まあともかく。いろいろ長くなったけど、私が言いたいのは極めてシンプル。


「凄いなぁ、あの子……」


 学園内の、それもそこそこ人通りのある場所で、真っ向から学園の掲げる理念に唾を吐くとは。


「学園支給の制服は抜きにしても、髪はしっかり手入れされてるし、肌艶も良さそう……」


 口ぶりからして貴族の娘。それも遠目からではあるけれど、美容に気を配ってる雰囲気がヒシヒシと感じるので、お金に余裕のある家の娘さんだろうか。

 いや、取り巻きらしき存在もいるっぽいし、高位貴族の娘なのかもしれない。


「だからこそもったいないというか、命知らずというか……」


 世間知らずかつ、選民思想に塗れた発言。周囲から蝶よ花よと可愛がられてきたんだろうなと予想。

 だからこそ、自分がやらかしていることに気づいていない。学園の理念に唾を吐く行為自体は……まあ分からなくもない。あくまで理念で、法的拘束力もないし。

 完全に形骸化してるとまでは言わないが、暗黙の了解で身分を尊重することが多々あると聞く。幼い頃から刷り込まれた階級意識は、そう簡単に払拭できないということだ。


「──」


 だがしかし、だがしかしだ。いくら暗黙の了解が存在するとはいえ、それを声高に叫ぶのは駄目だろう。暗黙の了解は暗黙だからこそ黙認されているのだから。

 なにより学園の理念を認めたのは当時の王だ。貴族の娘が、王の決定を正当な理由なく否定するなんて蛮行にすぎる。ましてや王子の目の前でそれをやるなんて……。

 これがあの子と同類のボンクラだったらまだ救いはあったけど、あの王子はそうじゃない。少なくとも、私の知る限りでは。なにかとやんちゃで食えない性格をしているけど、権力や地位に特別な執着があるタイプではないのだ。


「予想通りというか。アイツらしい胡散臭い笑みだこと……」


 甲高い声で叫ぶ少女のすぐ近くで、困ったような笑みを浮かべる顔見知りを見て思う。一見して柔和な性格を印象づける笑みの裏で、どんな毒舌が並べられているのだろうかと。

 レイシール・マイコニア。世界に名だたる大国【マイコニア王国】の第二王子。貴公子と呼ぶに相応しい整った容姿に、類稀な魔術の才で将来を有望視されているのだとか。

 ただそれは表向きの評価。国王陛下直轄の一族ということもあり、王家の方々とも交流のある私は、奴の本性がどんなものかを知っている。

 アイツはやんちゃな犬だ。それも性格の悪い犬。目上の者の言うことはしっかり聞くし、気に入った相手には尻尾も振る。

 ……だが、気に入らない相手、一度敵とみなした相手には容赦はしない。物理的に叩きのめすこともあれば、策をもってじわじわ追い詰めることもある。

 ──レイシールは性格の悪い猟犬だ。認めた相手にだけ人懐っこく、それ以外には興味を持たない、または威嚇する。表向きは取り繕っていようとも、本性はそういうものなのだ。


「さて、どうしたもんか……」


 幸いというべきか、まだあの子はレイシに敵認定されたわけじゃない。正確に言えば、排除しようと思うほどに興味を向けられてない。

 敵認定が曖昧なんだよね、レイシって。よほどの侮辱を受けるか、なんかよく分からない地雷をピンポイントで踏み抜かない限りは、本性が顕になることがない。面の皮が厚いともいう。

 叫んでいる子は、自分なりにレイシにアピールをしているのかもしれないけど。可哀想だが、当の本人は『有象無象の一部から、不愉快な台詞が聞こえてきたなぁ』ぐらいにしか思ってないだろうなと。


「まったく。これだから汚らわしい平民は!」

「そ、そんな……」

「おいお前! こっちが黙ってりゃ好き勝手言いやがって! マシュはただクラスメートに話しかけただけだろ!? なんで関係ねぇお前がしゃしゃり出てくるんだよ!」


 ちょっと楽しそうだな。……いや、私がただの野次馬だからこその感想なんだろうけど。

 いやでも、見世物としてはかなり面白いものなのでは? 状況を私になりに分析した感じだと、発端はレイシと平民の女の子。そこに貴族の子がイチャモンをつけて、更に同じ平民だと思われる男の子が参戦したっぽい。

 本当に劇みたい。あるよね、こういうの。……もうちょっと状況動かないかな?


「おいレイシール! お前も黙ってねぇでなんか言ったらどうなんだ!? お前も元凶の一つだろうが!」


 言ったぁぁ! 平民の男の子がレイシに矛先を向けた! よしよしよし! もっと面白くなれ!


「──そう、ですね。状況がこれ以上ややこしくならないよう、余計な言葉を控えていたんですが……」


 思案していたであろうレイシが口を開いた! これはどうなる!?

 平民サイドの意見に乗って、貴族の子をバツを突きつけるか!? それとも今後の付き合いを考えて、失言を窘めつつもなぁなぁで済ますか!?


「前置きとかいらねぇからさっさと喋れ! お前はどっちの味方をするんだよ!」

「クローハーツ! さっきから思っていましたが、殿下になんという口の聞き方を! 慎みなさい!」

「慎むのは──……エリン?」


 あ、なんかレイシと目が合った。


「エリンじゃないですか! なんで学園に!?」


 ん?


「──失礼。知り合いが困っているようですので、席を外させてもらいます」


 んん!? ちょ、アンタ、こんないいところでトンズラ決めるって言ったか今!?


「ああ、中途半端に切り上げるのはアレですので、端的に。シーメイ嬢、いくら身分について暗黙の了解があるとは言え、あなたの言い分は流石に見過ごせない。マシュウ嬢に謝罪するべきだ」

「そんな!? レイシール殿下!?」


 おまっ、大事な部分をなにサクッと切り上げてんの!? 演劇なら大トリのシーンでしょうが!


「──では失敬」

「あ? おいレイシール!?」

「レイシール様!?」


 そして本当にこっちに来やがった! しかも満面の笑みで!


「エリン! こんなところで会えるなんて思ってもいませんでしたよ!」

「こんのお馬鹿! 空気を読みなさいこの馬鹿犬!」


 反射的にレイシの頭に拳骨を落とした私は、絶対に悪くないと思う!


「……ワンと鳴いといた方がよかったですか?」

「いい加減にしないと麻痺茸食わせるよ!?」


 追加で殴ったけどやっぱりこれ悪くないよね!?

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