第4話 王立ノコッチ学園

「──学園に到着いたしました」

「あ、はーい」


 新種のキノコが入ったケースを小脇に抱え、馬車に揺られること暫く。

 何事もなくノコッチに到着。なお、私は生徒や要人ではないので、正門ではなく業者が出入りする搬入口に降ろされた模様。


「すいませーん。立ち入りの手続きお願いしまーす」

「あいよー。……おや、お嬢ちゃん見ない顔だな。どっかの新人かなんかか?」

「違いますよ。テング商会ってあったじゃないですか。あそこの尻拭いで駆り出された可哀想な娘です」

「テング……あー、あそこか。聞いたよ。霊山のキノコを横領してたんだって? それで罰則喰らったとか」

「そーそー。おかげで次の業者が見つかるまで、御山のキノコの運搬までやんなくちゃいけなくなりまして。とんだとばっちりですよ」

「までって……。まさかお嬢ちゃん、あの【キノコ狩りのフェアリーリング】か?」

「正解です。エリン・フェアリーリングと申します。配達でちょくちょくここに来るかもしれないので、以後お見知りおきを」


 自己紹介と同時に一礼。手続きさえちゃんと済ませれば、名乗る必要もないんだけど。どうせ母さんの使いっ走りで何度かここを利用するだろうし、門番のおじちゃんに憶えられておいて損はない。


「はー。お嬢ちゃんがあのフェアリーリングねぇ。普通の娘っ子にしか見えねぇけどなぁ」

「いやあの、花も恥じらう普通の乙女なんですが。なんですかその言い方」

「おっとスマン。ほら、フェアリーリングってなにかと有名だろ? なにせ死の山なんて呼ばれてる霊山ファンガスに住む、国王陛下直轄の一族だ。すげぇ超人みてぇな見た目なんじゃねぇかって、庶民の間じゃちょくちょく話題に上がるんだよ」

「……有名税と捉えておきます」


 おじちゃんの弁解に思わず遠い目。相変わらずではあるけれど、フェアリーリングの人間をなんだと思っているのやら。

 いや、仕方なくはあるんだよ。いろいろと話題性のある一族の癖して、フェアリーリングって基本的に表舞台に立たないから。

 だって私たち、いくつかの特権を持ってるだけの平民だし。それでいて家が一般人お断りの御山にあるから、まず人と会わないんだよね。

 もちろん買い物とかは王都でしたりもするけど、そういう時にわざわざ名乗ることなんて滅多にないので、どうしても噂だけが一人歩きしてしまうんだよね。

 別に体質以外は普通の人間と変わらないんだけどなぁ。実際、私も外見は普通の十代女子だし? ごつくもないし、ブサイクでもなんでもないし?


「はっはっはっ。悪い悪い。俺も次どっかで話題に上がった時は、普通の人間だってそれとなく訂正するからよ。許してくんな」

「いやまあ、人の話のタネにまで干渉する気もないので、よほどの悪評でもなければ別に構いやしませんけどね。──それより手続きの方を。グレバ教授の研究室にお届けものです」

「おっとスマン。グレバ教授な。……うん。届出はあるな。この新種キノコってやつであってるか?」

「はい。そうだと思います。分析用に三本です」

「あい了解。じゃあ、この書類にサインして。荷物の受け渡しが済んだら、教授からこっちの書類にサインしてもらって、帰るときにここに出してくれな。出入りの際の証明になるからな」

「分かりましたー」


 おじちゃんの指示に従って、渡された書類にサラサラと署名していく。……うーん、流石は世界でも有数の学び舎。セキュリティ周りがしっかりしていると感心してしまう。

 まあ国内外の貴族の子供が通ってたりするから、そりゃ生半可なセキュリティなわけがないんだけどさ。


「ちなみに訊くが、そのキノコってどんなのなんだ?」

「……? 金属質な七色に発光する新種ですけど」

「いやそうでは──待て。なんだそのキノコは」

「ヤバい見た目してますよねー。ま、御山のキノコって半分ぐらいの確率で見た目がアレなんですけど」


 キノコは普通の植物と違って、魔力とかの影響を受けやすいからなー。いろいろと狂ってる御山の影響もモロに受けちゃうんだよね。そのせいで見た目もトチ狂うという。


「……いや、まあ、うん。そういうことじゃなくてな。安全なキノコなのかどうかを訊きたかったんだ」

「何故です?」

「単純な興味さ。テング商会の連中は、毒キノコを運んでる時はかなり張り詰めた雰囲気だったんだよ。ただお嬢ちゃんは平然としてるから、安全なやつなのかなと思っただけだ。……のわりには、見た目がエグいっぽいが」


 ああ、そういう。前の連中との対比で気になったってことね。


「新種なんで詳しくは分かりませんが、ガッツリ毒キノコですよ。粉末にでもして川に流せば、下流域の生き物全滅するんじゃないですかね」

「サラッと怖いこと言うんじゃねぇよ!? そんな危ないもんだったら、もうちょい緊張感持てや!!」

「緊張感は自分の腕に自信がないことの現れってやつですよー。取り扱いに自信があるから、こうして笑っているのです」


 ものすごい勢いで後退るおじちゃんに、思わず苦笑が浮かんでしまう。危険物を前にした人間の反応としては、決して間違ってはないんだけどね。

 とは言え、厳しい顔で運ぶ気にはやっぱりならない。だって私は、この国でも最高峰のキノコの専門家だ。王家にだって猛毒キノコなどを卸してるのだから、むしろ余裕のない姿を見せる方が駄目だと個人的には思っている。


「熟練の職人だって、サラッと凄い物を作ったりするでしょう? プロフェッショナルは肩肘張らないものなんですよ」

「……言ってることも分からなくもねぇがなぁ。ともかく、気をつけて運んでくれよ。くれぐれも下手な問題は起こさないでくれ」

「当たり前ですとも。このキノコ絡みの問題とか、間違いなく死人が出ますし。お偉いさんの子供も通う場所でそんな大事引き起こしたら、私の首が危ないじゃないですか。縛り首なんて勘弁ですよ」

「ならいいがなぁ。──うし。手続きの方は完了したから、もう行って構わんよ。研究室の場所は分かるか?」

「大丈夫でーす。ありがとうございます」

「おう。本当、マジで頼むからなぁ!」


 手続きが完了し、おじちゃんの見送られ……というか念押しされながら、キノコ入りのケースを抱えてノコッチの中に入っていく。

 このままケースをグレバ教授の、薬草学の研究室に運べはミッション完了。せっかく王都に足を運んだのだから、さっさと配達を済ませて買い物と洒落込みたいところ。


「えっと、確かこっちだったような……」


 そんなわけで、早足で敷地内をテクテクテク。配達ではないけれど、何度かグレバ教授の研究室にはお邪魔したことがあるので、その時の記憶を頼りに進んでいく。


「──あなた! 平民の分際でレイシール殿下に擦り寄ろうとするなんて、身の程を知りなさい!」

「んー?」


 なんだろ? 近くでヒステリックな金切り声が聞こえてきたんだけど。なんか顔見知りの名前も添えられてるし。

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