第26話

 ハッチの下は、広大な空間が広がっていた。

 倉庫を居住空間に変えるための、構造スペース。


 おそらくは、出来合いのユニットを倉庫内に落とし込んで作られているのだろう。


 そのユニットを支える梁として何本もの鉄骨が空間を支配していた。

 そして、そこにしつらえられたキャットウォークと階段がいくつか。


 最下段には、潜入用か脱出用かの水中スクーターや水中用のドローンが見える。

 と、いうことは脱出をあきらめていないということだ。


 カンカンカンと足音がする。


 俺は足音に向けて、P210の引き金を引く。

 返事として、44マグナム弾が返ってくる。


 キャットウォークの鉄板をあっさり抜いてくるあたり、そのパワーは伊達ではない。


 だが。

 5.56mm弾を喰らって、平気で走れるとか、それはあり得ない。

 はっきりと血しぶきが飛ぶのを見た。


 それは確かだ。


 だが、思えば何かおかしい。

 イオンの駐車場で銃弾を叩き込んだものの、その直後フェラーリで追ってきた。


 防弾チョッキ? のようなものを想定していたが、あの血飛沫は錯覚ではあるまい。

 だとしたら。


 俺は境界を広げて、フェルナンの一を特定する。

 だが、もう一つ。


 フェルナンだけでない何か、禍々しいものの感覚。

 何かが「ある」


 階段を駆け下りる。

 だが、フェルナンが待ち構えているのがわかる。

 キャットウォークは身を隠すことはできても、盾にすることはできない。


 こんな鉄板、すぽすぽと抜かれてしまう。


 ならば。

 脳内シミュレート。

 行ける。


 階段を無視して、一気に飛び降りる。

 二階分一気に降りて、梁を掴んでキャットウォークに戻り、前転受け身でくるりと回る。

 正面にフェルナン。


 俺は一気にP210の全弾をたたきこむ。

 フェルナンが倒れた。


 少なくとも、胸と腹に三発は手ごたえがあった。


 P210の弾倉を交換してから、ゆっくりと近づく。

 もちろん、銃口はフェルナンに向けたままだ。



 フェルナンは血塗れのまま動かない。


「終わりだ。フェルナン」


 俺は声をかけつつ、キャットウォークに転がった44オートマグを拾い上げ、弾倉を抜き、薬室内の一発もはじき出す。


 そして、放り投げる。



 かんかんかんという音とともに、落ちていく。


「ふ、異教徒め……、終わったつもりか……」

 左手が動いた。

 俺は容赦なく、胸に二発。


 だが、動きは止まらず、左手には何かの筒を持っていた。

 筒。似たような形状のものは知っている。

 注射器だ。

 それを思いきり、身体に突き刺した。


 身体かせびくんと跳ねた。


 禍々しい気がフェルナンを包む。


 知っていた。

 この動きを知っていた。


 インドではアムリタ。中国大陸では仙丹。そして、欧州ではエリクサー、日本では変若水。

 世界中のあちこちに、様々な名前で存在している「不死の霊薬」。


「機関」では封印すべき呪物として取り扱われ、つい先日も、流通する「それの粗悪品」を確保しに行ったばかりだった。



「フェルナン、お前、そんなもの使っていたのか……」

「騎士修道会研究部の成果だよ」


 フェルナンはゆっくり立ち上がった。

 銃弾で切り裂かれて、ボロボロになったカソックを引きちぎる。


 鍛えられた肉体の中の銃創の周囲に、肉芽が盛り上がり、傷を塞ごうとしている。


「騎士修道会内部でそんなものを……。俺たちは、『機関』は、それを封印する立場だろうが!」

「お前は阿呆か。ついでに『機関』どもも間違っている。これを有象無象の阿呆どもに使わせてはいけない。数多増え続ける愚か者に使うものではない。それはその通りだ。だが、使うべき者には使うべきなのだ。この世界を正しく導く者たちには」


 ニヤリと笑った。


「いいぞ、痛みの中、自分自身が復活する感覚というものは」


 俺はP210を構えた。

 フェルナンの動きは素早かった。


 構える前に、腹に一発、拳がやってきた。


「エリクサーを使うと、身体に力がみなぎってくる」


 そのまま左、右のコンビネーション。

 ボクシングの動き。


「偉大なる救世主復活まで、あとわずか。聖母の胎内に救世主の卵子を送り込めば、一年とたたずに、救世主は復活される」


 俺は掌底でさばく。

 だが、遅い。


 顔に一発喰らう。

 そこでラッシュが来る。


 身体を引き締め受けるものの、一発一発が重い。


「そして、救世主の率いる我らが無敵の騎士団。エリクサーにより不死を得た無敵の軍団がこの世界を征するのだよ!」


 舐めるなっ!


 右ストレートを掌底でさばきつつ、そのまま関節を取る。

 肘に負荷をかけ、折りに行く。


「ぬおっ」


 フェルナンはそれを力で引き抜いた。

 そのあおりで、俺は吹き飛ばされた。


 関節は痛いか。

 痛いんだな。


 俺は床を蹴り、フェルナンの懐へと飛び込む。

 胸、顎にそれぞれ掌底を叩き込む。


 正面があいた。

 半身で身体を入れ、そのまま右手を取り、フェルナンの身体を押し上げる。

 ぐるりと回る。


 俺はそのまま頭から叩き落した。

 受け身の取れないように。


 首の折れる音がした。


 フェルナンがどうと倒れた。


 エリクサーと言えど、完全な不死の達成は、まだ聞いたことがない。

 それに、致命傷を負うたびに、エリクサーを注射しているなら。


 殺しきれるか。

 それが問題だった。


「まだまだあっ」

 飛び上がるように、フェルナンが起き上がった。


 折れ曲がった首のまま、両の拳が襲い掛かってくる。


 ならば。


 右腕をとり、関節を極め、へし折る。

「があああああっ」


 ぼろ布のように転がった。


 今度こそ!


 そこに銃声。

 俺の右肩が吹っ飛びかけた。


「うがああああ」


 S&WのM29。

 フェルナンの二挺目。


 骨は持っていかれていない。

 ような気がする。


 だが、肉はごっそり抉られた。


「この首だと、なかなか当たらないものだな」

 フェルナンはゆっくり立ち上がった。


「まあ、もう一本射てば、元に戻る。まあその前に死んでもらうがな」

 一歩一歩近づいてくる。


 立ち上がれ。

 ここでは死ねない。


「邪魔者すべて殺してやるよ。藤倉も、あのわけのわからない女どももな」


 フェルナンはM29の撃鉄を起こした。

 そして言った。


「make my day」

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