第16話

 グルカナイフを構え、迫りくるディエゴを、俺はプロボックスから引っ張り出した錫杖で迎え撃った。

 錫杖は杖だ。

 頭部の輪形にじゃらじゃらとした輪、遊環のついている杖。


 俺たち僧侶にとって、もっとも使い慣れた武器の一つ。

 左右から繰り出されるナイフを杖でさばく。


 さすがに、ヘリの墜落、しかも爆発していれば、警察や消防がやってくる。

 それまでに決着がつけられるか。


 それはディエゴも同じらしく、若干の焦りが感じられる。


「騎士修道会は、それなりに誇りを持っていたと思うんだけどな。こんな子どもを殺そうとするのはなぜだ。それが聖母騎士修道会の教えなのか!」

 その叫びに、ディエゴが返す。

「やかましい、異教徒。お前に何がわかる!」

「わかんねえよ!」


 グルカナイフをはじき返す。


「あの娘は、我ら教会の汚点なのだ。速やかにこの世から消さねばならん」

「汚点とはずいぶんな言いようだな。お前ら一体何をした」

「教会の中の異端どもの悪行だ。我々で始末すべきものだ。貴様ら異教徒の知るべきところではない!」

「そうかい!」


 錫杖を捻って、グルカナイフを弾き飛ばした。

 そのまま、胸元へ一撃、二撃。


「ぐぉおおおおおっ」


 まだ倒れない。


「異教徒ぉ!」

 叫ぶディエゴの喉元を突く。

 まっすぐに打ちぬいた。


「ごふっ」

 ディエゴの身体が宙に浮いた。

 そのまま背中から落ちる。


「勝った……か」


 錫杖に体重を預ける。


「ほう……。ディエゴに勝つとは……な」

 燃えるヘリの向こうから現れたのは、「F2」ことフェルナン・フェルナンデスだった。


 右手には44オートマグ。

 それをおもむろにディエゴに向け、引き金を引いた。


「やぁっ」

 背後で麻耶が叫んだ。

 ここまであからさまな殺しを見るのは初めてだからな。叫び声も上がろうというものだ。


「あんたたち、同じ西方十字教会の仲間じゃなかったのか」

「いやいやいや。よしてくれ。こんな古ぼけた価値観しか持てない旧式の連中と一緒にしないでほしいな」


 古ぼけた価値観。

 まあ、似非革命家みたいなことを、よく言う。


「さ、彼女はもらっていくよ。我々の聖母マリア様を」

「や、何っ!」

 カソックの男たちが麻耶の腕をつかんでいた。

「貴様らっ!」

 駆けだそうとした俺の右足を44マグナム弾が撃ちぬいた。

 もんどりうって倒れる。

「いやぁぁぁぁっ、涼真さん!」

「連れていけ!」

 暴れる麻耶を無理やりつれていくカソックの男たち。


 だが、動けない。

 おそらく、骨も砕けた感じがある。



「さ、異教徒のくせに、いろいろやってくれたな。だが、これで終わりだ。さっさと死ぬがいい」

 勝ち誇った笑み。


「麻耶が聖母とはどういうことだ。このままじゃ気になって夜しか眠れん」

「気にするな。この後、お前は永遠に眠るのだからな」


 44オートマグがこちらを向いた。

「生まれ変わりか」

「生まれ変わり……ではないな。文字通り、聖母マリア様そのものだ」

「どういうことだ」

「言葉通りなのだがな。彼女はマリア様のクローンだ」

「クローン……?」


 クローンとは生物のコピーのことだ。

 その研究自体は古く、1891年には、ウニのクローンが初めて誕生している。

 哺乳類としては、1981年にヒツジのクローンが誕生している。

 現代では新薬の実験用だったり、愛玩用であったり、絶命危惧種の復活であったり、さまざまなクローン技術によるコピー生体が誕生している。


 とは言え、クローンを作り出すには、その生体情報としての遺伝子は必須である。

 2000年以上前の女性のクローンなど……。


「マリア様は、今まで何度となく、この世界に顕現された。そのことを知っているか?」

「聖母の顕現……か」

「その通りだ。マリア様は、世界の各地に顕現され、我々子羊たちを導いてくださる」

「だから何だ。現れたとはいえ、メッセージを伝えるだけの、霊的存在が……」

「マリア様は、我々のために『証』を残してくれたのだよ。涙や血による証をね」


 はたと気づいた。

 聖母の権限の際、マリア像が涙を流すのは珍しい現象ではない。

 血の涙を流したり、キリストの聖痕のように、手のひらから血を流すことも珍しくはない。


「まさか」


「我々は、あらゆる顕現の中から、その生体を拝領したのだよ。もちろん、愚かな裏切り者たちの仕組んだ偽物も大量にあった。だが、その中でたしかな軌跡と思われる顕現で拝領したそれをもとに、我々は12人のマリア様を生みだしたのだ」

「12……人?」

「正しく、聖母を復活せしめんとした我々の試みを、裏切り者どもが台無しにしてくれた。こいつら、聖母騎士修道会の裏切り者どもが、すべての赤子を殺したのだ。いや、すべてではない。ただ、一人を除いて、だ」

「それが麻耶か……」


 繋がった。

 藤倉さんは、おそらくはその戦いに身を投じていたはずだ。

 だけど、殺せなかった。


「藤倉という騎士は、一人残されたマリア様を隠し、育て上げた。教育が不足していることは大目に見よう。無事に育て上げたのだからな」


 ディエゴは聖母のクローンである麻耶を殺そうとした。

「聖母マリアをクローンで作り出したって、何も変わらないだろう。現人神としてあがめるのかい?」

「何を言う。マリア様の本当のお役目はただひとつ。我らが主、イエス・キリストを再びこの世界に生みだすことだ」

「は? お前ら……イカれてるよ」


「そうか、じゃあ死ね」

 44オートマグがこちらを向いていた。

 終わりか……。


 44オートマグに撃ちぬかれる前に意識が遠のいていく。

 フェルナンの笑顔を見ながら死ぬのは最低だな。


 意識が遠のく中、銃声がした。

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